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現在過去未来、それぞれの後悔
⑪
しおりを挟むどれだけのことを隠しているのか……俺ですら「え?」となっているんだから、娘のイルリオナちゃんはもう衝撃を通り越して諦めの境地らしい。
そんなことを話していたら、ファディーノさんとチビがドアの方向を向いた。バイラムがそのドアを開けると、隣の部屋に残っていたアロイスが「ベルグリッタ様が……」と顔を出す。
「最期の挨拶をしよう、イル」
こくりと頷いたイルリオナちゃんを伴って、ファディーノさんが移動する。俺もそれに続こうとしたら、チビに腕を引かれた。
「尚志……良いの? 嫌なものを知るかもしれない。見るかもしれない。それでも、立ち会う?」
「……短い期間だったけどあれだけよくしてもらったんだ。ご家族が大丈夫と言ってくれてるんだし、俺は立ち会うよ」
先ほどは少々驚いたけれど、年齢のことを考えたらおかしなことじゃない。むしろその状態を隠せるって、姿変えの魔法は凄いとまで思ってしまった。
「ヒサシ。お遣いありがとうね。……会えないと思っていたイルに、最後に会えて嬉しいわ」
イルリオナちゃんの手を握りながら、ベルグリッタ様は弱々しくだけどそう言って笑ってくれた。もうイルリオナちゃんやファディーノさんとの話も終わったんだろう。
あれだけ反発していた彼女が寄り添っているのは、部外者ながら目の奥が熱くなった。
「陛下……私の我が儘を聞き入れてくださいまして、本当にありがとうございました。彼の方の怨念は……我が身をもって封印させていただきます」
「ルティ、僕が来たんだからそこまでしなくて良い。君は安らかに眠りなさい」
「……ディーノ」
小さく、本当に小さく「お願いするわ」と言って、ベルグリッタ様が緩やかに息を吐いた。最後の最後の力で俺たちと会話をしていたんだろう。そのままゆっくりとした呼吸が途切れがちになり、胸の動きも少なくなる。
「母様!」
イルリオナちゃんの声が届いたのか、ふわりと笑ったベルグリッタ様はその表情のまま旅立った。
しんみりとした空気……を感じる前に、そのベルグリッタ様を黒いモヤが包む。どこから現われたのか全くわからない。だが、そのモヤに見覚えがあって息を呑んだ。
隣でチビが手を握ってくれたからなんとか立っていられたが、いなかったら座り込んでいたかもしれない。
「予想通り、のこのこと出て来てくれたね、ベイニット。うちの奥さんを道連れにして尚志くんをどうこうするつもりだろうけど……一人で消えてくれ。きみは僕が嫌いだろうけど、僕もきみが嫌いなんだ」
黒いモヤの端っこを掴んだファディーノさんは、そう言いながらモヤを絡め取っていく。なんというか……綿飴でも作るような気軽さだ。モヤは勿論逃げようとするんだが、それを器用にいなして小さなボール状にしてしまった。
「そのまま天に上がっていれば良かったのに、馬鹿だね」
少しの哀れみを含みつつ、ファディーノさんはそのボールをぐしゃりと潰す。黒板に爪を立てた時のような音が響いたがそれだけだ。見た目の禍々しさのわりに、随分とあっけない終わりだった。
「結局滅するなら、俺がやっても同じだったじゃないか」
「ベルグリッタの心情としては、それを是と出来なかったんだろうね。僕だって彼女が生きてる内ならどうにかして冥府に送っただろうけど……死んでなおルティを苦しめ続けていたんだから、これくらい当然じゃない?」
何が何だかわからない俺とイルリオナちゃんを置いてけぼりにして、チビとファディーノさんは通じ合っている様子だ。これ、あとでちゃんと説明してくれるのだろうか。
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