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現在過去未来、それぞれの後悔

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「……チビ」

 部屋にあつらえられた椅子にはチビが座っていたわけだが、相変わらず揺らぎのようなものが見えている。熱気でも冷気でもないけれど、イルリオナちゃんが怯えて俺にしがみついてきた。確かに、あんなものが人から出ていたら怖い。

「尚志、無事? なんかあったんならあの女を殺してくるけど、大丈夫?」
「無事だしそんな物騒なことを簡単に言うんじゃない! あと、そのよくわからないモヤモヤを出すのは止めなさい!」

 怯えているイルリオナちゃんをバイラムに任せて、俺はチビへと近付く。その距離が近くなるたびにモヤモヤが収まっていくから、そのままチビを抱きしめる形で落ち着いた。

「……尚志」
「うん。無事だから。大丈夫だから。まぁちょっとはビックリしたけどな」

  ぎゅうと抱きしめてくる腕が震えている。心配をかけてしまったんだなぁと思うと、少しだけ申し訳なくてあやすように背中を叩いた。
 頭を撫でようにも届かないくらい大きくなったのにチビはまだまだ子供だなと思っていると、そんな俺たちを見ているイルリオナちゃんから「あれは……良いのか?」という声が聞こえてきた。

「その……毎日じゃないから。最近は一緒に寝ていないし」
「今日から寝るから。もう! 目の下に隈が出来てるじゃんか。肌も荒れてる! 折角のモチモチ肌が!!」

 チビ、話がこんがらがるから止めなさい。
 そういえば一緒に寝る寝ないで喧嘩っぽくなったんだった。見た限りではもう怒っていないようだから、この場で蒸し返さなくても良いか。バイラムが「早く元通りの生活に戻ってください」と言っているのは聞こえないことにしよう。
 未だにひっついてくるチビをそのまま引きずるようにして、ひとまず応接セットのような空間のソファーに座った。すでに座っていたイルリオナちゃんと共に、エルメーアがお茶を出してくれたんんだが顔色が悪い。

「ヒサシ様、間に合わなくて申し訳ありませんでした。ベルグリッタ様があのようなことをされるとは思わず……油断しておりました」
「今度から魔法阻害系のアクセサリーを付けよっか? ブレスレットとかなら邪魔にならないよ? ついでに追跡や場所の特定も付与しようかな」
「チビ、そういうのは怖いから止めなさい。――エルメーアも気にしないでくれ。無事だった訳だし、ベルグリッタ様が俺をどうこうする必要もないんだから」

 結果論だとチビには言われてしまったが、会う人会う人を疑うようなことをしたくない。ベルグリッタ様に関してはバイラムの後押しもあったわけだし、エルメーアが気を抜いていても仕方ないだろう。

「なんというか、毒気が抜けるな……お前」

 しみじみとイルリオナちゃんに言われてしまったが、それは褒めているんだろうか。抱きつきながら「そうなんだよねぇ。ま、そこが良いんだけど」と言うチビも、お前は俺のことをなんだと思っているんだ。
 親としての威厳を考えていると、同じく子供に邪険にされているファディーノさんがこちらの部屋へと入ってきた。ベルグリッタ様の容態は落ち着いたらしい。

「イル、どうする? 話すなら多分、これが最後だ。ベルグリッタは一目会えたから良いと言ってるけど」
「……」

 会いたくないといっていた相手、恨み辛みをぶつけたい相手、といってもそれは相手が元気だったならだ。イルリオナちゃんとしても複雑だと思う。

「ついてきてくれるか?」
「……ん? 俺? 構わないけど、こういう時って身内だけのほうが良いんじゃないかな」
「僕としてもお願いしたい。ちょっとやりたいこともあるし――あれについて、魔王陛下はお気づきだったのではないですか?」

 ファディーノさんが来てもゴロゴロ体勢を続けていたチビは、そう問いかけられてもゴロゴロを続けたままだ。その頭をペシリと軽く叩いて座るように促せば、渋々とソファーに腰掛け……もとい、ふんぞり返った。

「滅すことは出来る。実際にそうしようともした。しかし、あの女がそれを拒んだんだ。自分がどうにかするからとな……あなただって、決定打はお持ちではないでしょう? ファディーノ・ザノッティ国家元首」

 今、何か、おかしな単語が聞こえた気がする。ちらりとイルリオナちゃんを見ると、やはり初耳だったのかキョトンとしていた。

「こっか、げんしゅ? え? そんな偉い人をさん付けで話してたよ俺!!」
「長く生きてるだけで押し付けられた役目だし、僕の仕事はなんらかの問題が出た時の相談役ってだけだから気にしないで。あんまり畏まったのは苦手だしね」

 だから様付けは止めてくれと言われてしまった。
 ファディーノさん、森族の国<ノルニーマ共和国>の偉い人だったらしい。

「ごめんね、イル。あそこに引っ込んでから、なんだかそういうことになっちゃって……」
「色々と言いたいことはあるけど、今は止めとく。……はぁ」

 
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