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チビの正体と自分の役割
⑮
しおりを挟む悲しいことに、荷物は本当に少なかった。わざわざ荷造りで戻る必要がないくらい、無かった。
キッチンと言うべき竃に置かれた鍋、食器、その食器を入れる棚も備え付けで、自分で購入したのは割れたり欠けたりしててしまった分しかない。
それだって、次にこの家に住む人間が使うだろう。そう思えば敢えて持っていこうとは思わなかった。
衣服に関してはバイラムから「これはヴェルクトリ魔王国では着用出来ません」と言われてしまったし。
まぁ確かに、王様の洋服と言うには質素だから仕方ない。貧乏っちいとも言える。
素っ裸で移動する訳にはいかないので、服はいま着ている分だけにしておこう。
後は記念として、チビの誕生日祝いのワンピースとパンツ、赤ん坊の時に使っていた小さなスプーン――手持ちの荷物はこれのみ。
本当に着の身着のままで引っ越しをすることになってしまった。
しかも出発してから歩く訳ではないので、さっきいなかった村人まで全員を集めての挨拶が終わったらバイラムの転移魔法を使って引っ越し完了らしい。
向こうの引っ越しって結構大変だったのにな。
異世界って凄いな。
「じゃあ……その……ラウ爺、いつまでも元気で」
「オンラーシもな。……向こうでの生活が嫌になったら、直ぐに戻ってきなさい」
そう言ってくれたラウ爺の気持ちは嬉しいが、「実家に帰らせて頂きます」で簡単に帰れる距離ではない。
しかしレオニダスが「魔族の国近くまで私どもは販路を広げていますよ」と言ってくれたので、出戻りは無理でも家出くらいは出来るようになった。
チビのオマケで行くだけだし、何かの時の避難先があるのは有り難い。
「それに、可能なら魔族の国でも商売をしたいんですよね。その時はよろしくお願いします」
「俺にそこまでの権力はないぞ……?」
「良いんですよ。それにかこつけてオンラーシさんに会いに行くだけですから」
「暫くは無理ですよ。振られたんですから、ご実家でお見合いをするお約束でしょう――……オンラーシさん。短い間ですけれど、坊っちゃんの我が儘に付き合ってくださりありがとうございました」
散々レオニダスの我が儘に付き合わされたデーメルが釘を差した。
どうも結婚にも恋愛にも興味のなかった息子が俺を追っかけ始めたので、それならちょうど良いと失恋した時用に約束させられたようだ。頑張れ。
ゲンナリするレオニダスに聞こえないように「私も楽しかったですけどね」と教えてくれたデーメルは、なかなか良い性格をしている。見合いも、本当に嫌がるならこいつがどうにかするんだろう。
「……これ、餞別に持ってけ」
そう言ったシギが渡してくれたのはブレスレットだった。少し太めのチェーンに、多分だけれどチビの緑色、俺の黒色を模した石が揺れるシンプルなデザイン。
「この人の髪色でもあるし、ちょうど良いだろ」
「シギ……」
バイラムは魔法で色を変えてて、本当は紺色!
言えないけどな!!
「……ありがとう」
「おう。ガッツリ振られたし、オンラが羨ましがるような可愛い嫁さん見つけるわ」
ニヤっと笑いながら言われたが、それについては「嫁に行くでも良いんじゃないか?」と言っておいた。
俺のこの居た堪れない気持ちをお前も実感してくれ。
それも嘘をついているという申し訳無さ……。
皆と挨拶を交わし、子供たちの頭を順番に撫でて、最後だけは笑ってこう言った。
「じゃあな」
チビを抱いて、バイラムに肩を抱かれ、ピカッと世界が光って――……次の瞬間に潰されるとは思わなかった。
「……おい。せめて落ち着いてから大きくなれよ」
「早く元に戻りたかったんだもん」
〝はい、到着〟の瞬間にチビが十七歳の姿になりやがった。
その筋肉って飾りなの? と失礼なことを言われたが、五歳児の体重が一気に数倍になったら誰でも潰れるだろう。
感動的な別れとか、初めての魔法体験とか、ワープ先の確認だとか……考える余裕を与えて欲しい。
――とりあえず、ワープ先の床はふかふかとした絨毯敷き。それだけはわかった。
――――――――――
これにて第一部完! と当時書いておりました。
確かに、ここで一区切りだと思います。
蛇足かもしれませんが、この後閑話を2つ挟みましてヴェルクトリ魔王国での生活が始まりまーす。
ここからも楽しんでいただけますように!
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