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春はここでも恋の季節?
⑥
しおりを挟む店主が急にいなくなると言う事態にサフは困り顔だったが、使い途のなかった調味料の消費方法がわかったと知ると満面の笑顔に変わった。
そんなに邪魔だったのか、味噌。
確かに壺いっぱいの味噌ともなれば業務用で、一般家庭で使い切るのは年単位になるだろう。
でも料理店やラーメン屋ならあっという間になくなる。味噌漬けを作って売るともなれば、どんどん消費される筈だ。
この味噌、やっぱり返してと言われたら嫌だな。
折角の味噌である。俺も色々と楽しみたい。
シギにも味見をさせたが「うぇ……これ本当に美味いか?」と苦い顔をしていた。
俺の味覚がおかしいと言った雰囲気だ。
外国では味噌ラーメンが人気だと聞いたことがあるが、ここでは違うのだろうか。
「そのまま食う物じゃないからなぁ……あ、そうだ。――サフ! 蕪か大根、キュウリはあるか?」
「えーっと、大根ならあるよ。一本いる?」
「そんなにいらないんだが……まぁ一本もらっとくよ。後、ナイフとまな板があれば貸してくれ」
出来れば今食べ切れるサイズが良かった……まぁ残りは夕飯にでも使おう。
ナイフとまな板を借りて大根を拍子切りにする。それに味噌をほんの少し付けて、シギと、ついでにサフにも試食を勧めてみる。
「水気のある野菜、後はキャベツなんかも味噌で食うと美味い。……味噌は塩気が強いから、チビは大根だけな」
少し太めの切れ端を渡すと、両手に持ってショリショリと音を立てながら食い始めた。
なんだこれ。うちの子供が可愛いんだが……――チラッと見るとシギもサフもこっちを見ている。
わかる。ウサギみたいで可愛いよな。
「商品にイタズラもしないし、良い子だね。そんな髪の色、おれ初めて見たよ」
「緑ってのは余所でも珍しいのか?」
「髪もだけど、その宝石みたいな目も見たことない! ――やっぱり奥さんが魔族なの?」
「へぇ。――あ、これからもこの村に来るならいつかは聞くと思うから、今の内に言っておく。チビは俺が産んだんだ。この村で。相手は……知らない」
知らないと言うか、そもそも存在しないと言うか……そのあたりを説明するには向こうの世界の話になるので、村でされている誤解をそのまま流用した。
ウ○コをしたと思ったらチビを産んでいたなんて、今考えてみても訳がわからない。
あまりの衝撃に、異世界に来た衝撃を感じている暇はなかった。
なにせ俺の分娩を手伝った女性陣には、俺自身も見たことのない秘められた箇所を、余すことなく見られていたのだ。
更に追い打ちを掛けるかのように、俺の胸からジワリと滲む乳を見たマリッサが「吸口がないと赤ん坊が飲めない!」と言いながら乳首をギリギリと捻り上げた。
妙齢の女性に問答無用で――……乳首が千切れるかと思った。あれは泣いた。
そんな思いを立て続けにしたら、誰だって「もう何が起きても気にしない」という境地に達すると思う。
「そうなんだ……――ごめんなさい、もう聞かないよ」
しょぼくれてしまったサフは、絶対にドラマのような〈悲惨な過去〉を想像している。
そうさせたのは俺だが、それ以上の説明は出来ないので謝罪の代わりに頭を撫でた。
薄い茶色のくせ毛はふわふわとしていて、チビのサラサラ髪と違う触り心地が気持ちいい。
「……これ、こうやって食べると美味しいんだね」
「あぁ。こうやって食べるとちょうど良い塩梅だ。オンラ、お代わりくれ」
「食べ過ぎると後で喉が乾くぞ」
「ふむ。ミーショはそうやって食べるんだね――……こんにちは。僕にもくれるかい?」
俺たちの即席試食会に声を掛けてきたのは、金髪碧眼が目に眩しい――――絵本の中の王子様のような、品の良い男だった。
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