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春はここでも恋の季節?
④
しおりを挟むその後、シギは「そうか。行商のいる間はオンラが村長の家で寝泊まりすれば良いんだ。チビを盾に取られることもないし安全だ」などと言い出した。
こいつには俺がか弱い乙女にでも見えているのだろうか。
確かにチビを人質に取られたら困るが、それならチビだけを預ければ良い話だ。
「よし! そうと決まればさっそく村長のところに行こう!」
「今は商会のお偉いさんが村長と交渉中だろうが。――バカなことを言ってないで、店に行くぞ。売り切れることはなくてもプオゴは確保したい」
本当にあの赤髪が俺をどうこうしようとしたら……そして、自分だけではどうにもならなくなったら頼もう――そう頭の片隅に入れておいて、テントを回ることにする。
とりあえず今夜の分だけでもプオゴが欲しい。
ちょうど目の端に入ったテントで、店番の少年がプオゴを入れた籠を出しているところだった。
あそこにしようと足を向けると、少年はこちらを見ながらニッコリと笑った。
「どうも! 可愛いお子さんだね。プオゴかい?」
「あぁ。今回はどのくらい持ってきているんだ?」
「詳しい数は知らないけど……お一人様お一つまでって聞いてるよ。でも毎日買っても大丈夫。更に最終日には大売り出し!」
「……つまりいつもと同じってことだな。こいつの分も頭数に入れて良いか?」
一人一つだと俺とチビの分で二個しか買えないので、折角シギがいるんだから頭数に含めたい。
そうしたら三個買える。
買いすぎても腐らせてしまうだけだが、熟れた実から先に出すから最終日は完熟の三歩手前の実が出るから問題ないだろう。
自分でもセコいと思うが、冬の間は我慢していたんだから許して欲しい。
「えーっと、その人って俺たちと一緒に来た人だよねぇ。それって良いのかな……駄目とは言われてないけど……ちょっと待ってて。おっちゃん呼んでくる! 何でもかんでも良いって言うなって、俺、おっちゃんに怒られてるんだ!」
そう言ってテントの奥に引っ込んでしまった。
でも自己判断をせずに上に確認するのは良いことだ。〈報・連・相〉が出来るなら、彼はきっと良い商人になる。
「――んー? なんだ、面倒くさいことを言ってるのはシギの連れか? ……まぁシギは向こうの村で買ってないから、その分をここで買ったってことにしても良いけどよ。なんだい、兄ちゃん。お前さんはシギのコレかい?」
奥から出てきた四十過ぎと思われる男は、そう言いながら親指と小指を立てた。
そのハンドサインはどっかの国の挨拶ではなかっただろうか――……向こうの国の話だが。
横でシギが「ドルド! ちがっ、まだ、そういうのじゃ!」と騒いでいてうるさい。
「シギ、黙ってくれ。――じゃあ三つ買って良いんだな?」
「……シギ、お前さん眼中にねぇじゃねぇか。まぁ俺には関係ないけどよ。――あぁ、三つで良い。ただし他には言うんじゃねぇぞ。今回は特別にだ」
「ありがとよ」
よし。三つゲットだ。
今回ザハーヌ商会が滞在するのは四日間。最終日は大売り出しになるので関係ないが、それまでシギがいるなら毎日三つずつ確保出来る。
「そういやプオゴって、もうちょっと日持ちさせることは出来ないのか? 干したりジャムにするのを考えてるんだが、失敗するのが怖くて試せてないんだ」
「あー……それなぁ……いや、商会でも試したことがあるんだけどよ。どっちも駄目だった。グズグズに溶けちまって、クソ不味い代物になっちまう。元々の木が特殊でな、ちょっと他とは違うんだよ」
「……へぇ?」
そう言えば―――向こうにもある食材はこちらでもそのままの名前だが、チェルやプオゴはこちらでしか見たことがない。
プオゴが桃やプラムに似ているとは言え、〈桃〉はこちらでも通じるのだ。
ただ、甘さが薄く、しかも固い。あれは品種改良をする前の桃なのかもしれない。
「プオゴは土地に魔力がないと育たないんだ。だから昔は採れる場所も数も限られていて、王族や貴族しか食べれなかった……――その苗を『魔力で育つなら自分でも育てられるだろう』って育てた魔力持ちがいてな。その人が栽培方法を確立させたから、俺ら庶民でも手が届くようになったんだ」
「その人が、このザハーヌ商会のご先祖様で、プオゴは今でもうちが一番なんだ!」
おっさん――ドルド――が言ったプオゴの説明を、最後は少年が纏めてくれた。
なるほど。五年近く住んでいてもまだまだ知らないことは多い。
もっと早く聞けば良かったと、得意げに胸を張る少年とドルドを見ながら思った。
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