異世界転移と同時に赤ん坊を産んだ俺の話

宮野愛理

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違う世界でもトイレはトイレ

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 さっき泣いたカラスがもう笑う―――俺はそれを目の当たりにしている。

「へへ、オンラが居てくれて本当に良かった。アランは当てにならないし、他の兄ちゃんたちも絶対にからかうしさ」

 俺の隣をチビを抱きながら歩くユアン。
 夢精という生理反応は知っていても、それからどうしたら良いのかわからず不安だったんだろう。その不安が解消されて、今はニコニコと笑っている。
 今まで洗濯を手伝わなかった息子が、急に「どうやれば良い?」と言い始めたら親は気付く。
 周りの連中だってユアンより年嵩でも子供は子供。解決の糸口より先に、通過儀礼としてはやし立てるのは目に見えている。
 それに対して胸を張るのがフルチンアラン、萎縮してしまうのがユアンだ。
 俺という大人が周りの奴らに一声掛けておけば、そう囃し立てることもあるまい。

 そんな算段をつけている内に、家から一番近い井戸まで辿り着いた。
 俺の足でだいたい十分程の距離。チビを歩かせると倍以上掛かるが、今日はユアンが抱いてくれたのでほぼいつも通りだ。
 洗濯籠と朝の分が詰まったトイレを持っているので、この時間短縮はありがたかった。

「おや、オンラーシ。おはよう。今日はゆっくりだったね」
「おはよう、マリッサ。何か仕事はあるか?」
「私はないけど……もうそろそろ他の子たちが来るから、そっちから聞いとくれ」

 井戸の脇に洗濯物を山と積んでいるのは、四十半ばのマリッサだ。詳しい年齢は知らない。
 三男一女の母だが、既に子育てが一段落している。
 その空いた時間を使い、毎朝早い内から年寄りの家を回って洗濯物を引き受け、他家の女性陣と手分けして洗う―――洗濯婦のような仕事を行なっている。無償で。
 他にも家事に手が回らない家庭へ赴き、料理や掃除を手伝う女性は多い。
 出来ることは出来る人間がやって助け合う、という生活が当たり前になっているのだ。

 村人の殆どが生まれてから死ぬまでここで生活する人間だからこそ、それが可能なのかもしれない。


「おはよう、オンラーシ」
「あら、今日はユアンも一緒なのね? 二人ともおはよう」
「おはよーぉ!!」
「ユアン―抱っこしてーぐるぐるしてー」
「オンラ、水汲みお願い! 今日はうちの子、オネショしちゃって……」

 それぞれの洗濯物を持った女性陣とその子供が集まってくると、井戸の周りはかなり賑やかになった。
 ユアンは早速子供たちに纏わりつかれ、「ぐるぐるは後でね」と言い聞かせている。
 あれ、俺がやると目が回って気持ち悪くなるんだよな。何故子供は平気なのか…

 俺の呼び名が様々なのは、誰も〈大村おおむら 尚志ひさし〉と言えなかったからである。
 どうにも「オンラァシ」と聞こえるようで、それがそのまま定着してしまった。
 更に短縮されて「オンラ」とも呼ばれる。
 俺としては呼び名はどうでも良い。ただ「チビのママ」とか「チビのお母さん」と言われると、どうしても鳥肌が立ってしまう……――チビを産んだのだから《母》なのは間違いないのだけれども。

「おんらぁー」
「おぉ、どうした。リト。……って、ズボンを引っ張るな。落ちる」

 水汲みをしている俺のズボンをクイクイと引っ張り見上げてくるのは、三歳に成り立てのリト。
 片手にズボン、もう片手は口元に当てて、親指をしゃぶっている。

「あんね、あんねぇ――――……ウ○コ、」
「……」
「……」
「…………」

 チュポンと音を立てて親指を口から離したリトの小さな呟きに、さっきまで騒いでいた周りがシン――と静まり返った。
 それぞれがリトを凝視し、次の言葉を待つ。

「――でる」
「っ、……オンラ! 頼んだ!!」
「頼まれたぁっ!!」

 野糞、駄目、絶対。
 リトの体を脇に抱えて井戸から一番近いトイレへと走る俺の背中に、「後から追いかけるねー」なんてユアンの緊張感のない声が届いた。
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