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おかしな友達?
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「すみません。強引な真似をしてしまって……」
お店から出たところで、イケメンにそう謝られてしまった。そのままさっき来た道をゆっくりと並んで歩き始める。身長差は五センチ――以上あるな、やっぱり百八十センチはありそうだ。
「もう少しだけ話したいと思って。あの、本当に、他意はないんですけど……」
俺が女だったら、こんなイケメンにそう言われつつも「でも、もしかして」なんてときめく場面だよな。身長差で見上げるようになる彼は、どんよりした空気を払拭して肩の荷も下りた様子だった。
「この二週間、本当に気が休まらなくて……」
「あー……ブラウニーの売れ行きですか」
「はい。自信はあったんですけどね」
「それは……さっきも言いましたけど、単価の問題だけだと思います。他の焼き菓子は二百円前後なのに、あれは三百五十円だし。あの大きさにした理由ってありますか?」
「……普通の大きさですよね?」
「えぇ。でもやっぱり、他の商品と比べると割高に見えます。あと、限定じゃない普通のブラウニーがないんですよね……」
あー、でも個包装をするからそっちで経費も掛かるな。製菓で使う雑費の程度が全く分からない。個人で作るなら個包装費=百均になるからな。単価は業務用の方が絶対に安いけど。
「あのブラウニーの味に惚れた人間からすると、今年でなくなっちゃうのは勿体ないんですよ。えーっと、雄大さん? は、あのお店で働いて長いんですか?」
「いえ、四月からなのでまだ一年経っていないんです。それまではホテルの製菓部門で働いていました」
専門学校を卒業してからホテルでパティシエとして五年間勤め、今年度に入ってからは親戚のやっているあのケーキ屋さんにやってきた……と。聞いたホテル名は俺も何回か行ったことのある、スイーツ食べ放題で有名なところだった。
「ん? ってことは、今は二十五歳?」
「来月二十六になります」
「じゃあ先輩だ! って、すみません。わかったような口を利いて……」
「いえ! それはっ……というかその、えぇと……」
「あ。俺、名乗ってもいなかったですね。桜井紘夢と申します。六月生まれなので、雄大さんの方が学年一つ上ですね」
「さくらい、ひろむさん……」
「あ、一応これを。会社のですけど、俺の名刺です」
ごそごそとバッグの内ポケットから名刺入れを探り当てて、雄大さんに渡した。会社の個人メールアドレスなんかも載っているけど、まぁこの人なら大丈夫だろう。営業メールをするにしても業種が違いすぎるし。
「ありがとうございます。……あの紘夢さん、口調は楽にしてください。同い年ですし、学校も勤め先も違いますから」
「でも雄大さんは丁寧な口調ですし……」
「これはクセみたいなものです。それに、畏まられるとちょっとお願いがしにくいと言いますか……」
雄大さんの顔が少し強張っている。なんだろう? 無理難題を吹っ掛けられても困るんだけど、でもなんとなく不安そうというか……
「他意はないと言いましたが、あれは嘘です。本当はあの、俺……俺の、相談役になってくれませんか!?」
「…………相談役?」
あまりにも突飛な言葉に、首を捻りながら聞き返したらコクリと頷かれた。相談役――と聞いて頭に思い浮かぶのは、顧問なんとかみたいな税理士や弁護士、あとは産業医とか?
「その……俺のブラウニーに惚れたって言って貰えて、しかも平日に、こうやってわざわざ買いに来てくれて、本当に嬉しかったんです。それで……次の新作を考えないといけないんですけど、ちょっと最近スランプで。紘夢さんは甘い物がお好きそうだし、忌憚ない意見を言ってくれそうだから、その……」
「試作品を食べたりして、感想を言って欲しい?」
「そうなんです!!」
「それはまぁ良い、けど……でも俺はただの甘い物好きで、本当に素人ですよ? 専門的なことや経営のことなんて、全くわからないし……」
「経営のことを考えるのは俺や叔父の仕事です! ……というかその、ご迷惑ですか?」
そうですよね甘い物お好きでもそんなには食べませんよね――なんて悲しそうに呟かれたけど、貴方の思う以上に俺は甘い物を食べまくってます。だから、好き勝手に意見を言うことは何にも問題ないんだけど。
「毎日って言われたら困る。……それに、残業あるとお店の営業時間を過ぎちゃうし、逆に迷惑を掛けると思うんだけど」
「会うのは週イチとかで良いですよ? 平日なら俺は十六時には終わりますし、紘夢さんの会社まで向かいます。むしろ土日は忙しくて難しいんですけど……」
今日は売れ行きが不安で、閉店まで待機していただけとのこと。しかも会社まで来るなんていう程度には切羽詰まっているらしい。でもこのイケメンが会社に来るっていうのはなぁ……申し訳ないけど遠慮したい。万が一、主任が食い付いたらと思うと恐ろしくて仕方がない。先輩と主任の修羅場とか、絶対に見たくないし。
「俺、最寄り駅はH駅なんですよ。路線が同じだし、そこで待ち合わせとかで良い、なら……」
交通費を出させる流れになっちゃうけど、この駅からも近い。「それでも良い?」と確認したら「是非!」と満面の笑顔で頷かれた。なんだろう。この、嬉しくって仕方ないって顔。
そしてその満面な笑顔に、横を通り過ぎた女の人が二度見していた。わかります。この人イケメンですよね――だから隣に居る俺は見ないでイケメンだけを見てくださいね! 明らかにがっかりされたら泣きますからね!!
「大丈夫そうな曜日はありますか?」
「比較的残業がないのは、水曜か木曜……かなぁ?」
「じゃあ水曜にしましょう」
そう言いながら連絡先を交換した。こっちはプライベート用のだ。なら最初からこっちだけで良かったな……なんて思っていたら駅に着いた。相変わらずニコニコしながら「よろしくお願いしますね!」と手を振る雄大さんに手を振り返して、行きとは逆の電車に乗る。
なんだかおかしな友達が増えた。いや、これ友達なのかな? 俺は美味しいお菓子を食べるだけで本当に良いのだろうか……材料費だとか、交通費だとか、雄大さん側の負担が大きいと思うんだけど。まぁそれは今度会った時に確認しよう。
――ピコン
スマホの通知画面に、さっき別れた雄大さんからのメッセージが入った。
『気をつけて帰って下さいね。来週、楽しみにしています』
そして間を開けずに『俺がお願いしたんですから、費用のことは考えないでくださいね』なんて追加メッセージが……イケメンってすげぇ。
お店から出たところで、イケメンにそう謝られてしまった。そのままさっき来た道をゆっくりと並んで歩き始める。身長差は五センチ――以上あるな、やっぱり百八十センチはありそうだ。
「もう少しだけ話したいと思って。あの、本当に、他意はないんですけど……」
俺が女だったら、こんなイケメンにそう言われつつも「でも、もしかして」なんてときめく場面だよな。身長差で見上げるようになる彼は、どんよりした空気を払拭して肩の荷も下りた様子だった。
「この二週間、本当に気が休まらなくて……」
「あー……ブラウニーの売れ行きですか」
「はい。自信はあったんですけどね」
「それは……さっきも言いましたけど、単価の問題だけだと思います。他の焼き菓子は二百円前後なのに、あれは三百五十円だし。あの大きさにした理由ってありますか?」
「……普通の大きさですよね?」
「えぇ。でもやっぱり、他の商品と比べると割高に見えます。あと、限定じゃない普通のブラウニーがないんですよね……」
あー、でも個包装をするからそっちで経費も掛かるな。製菓で使う雑費の程度が全く分からない。個人で作るなら個包装費=百均になるからな。単価は業務用の方が絶対に安いけど。
「あのブラウニーの味に惚れた人間からすると、今年でなくなっちゃうのは勿体ないんですよ。えーっと、雄大さん? は、あのお店で働いて長いんですか?」
「いえ、四月からなのでまだ一年経っていないんです。それまではホテルの製菓部門で働いていました」
専門学校を卒業してからホテルでパティシエとして五年間勤め、今年度に入ってからは親戚のやっているあのケーキ屋さんにやってきた……と。聞いたホテル名は俺も何回か行ったことのある、スイーツ食べ放題で有名なところだった。
「ん? ってことは、今は二十五歳?」
「来月二十六になります」
「じゃあ先輩だ! って、すみません。わかったような口を利いて……」
「いえ! それはっ……というかその、えぇと……」
「あ。俺、名乗ってもいなかったですね。桜井紘夢と申します。六月生まれなので、雄大さんの方が学年一つ上ですね」
「さくらい、ひろむさん……」
「あ、一応これを。会社のですけど、俺の名刺です」
ごそごそとバッグの内ポケットから名刺入れを探り当てて、雄大さんに渡した。会社の個人メールアドレスなんかも載っているけど、まぁこの人なら大丈夫だろう。営業メールをするにしても業種が違いすぎるし。
「ありがとうございます。……あの紘夢さん、口調は楽にしてください。同い年ですし、学校も勤め先も違いますから」
「でも雄大さんは丁寧な口調ですし……」
「これはクセみたいなものです。それに、畏まられるとちょっとお願いがしにくいと言いますか……」
雄大さんの顔が少し強張っている。なんだろう? 無理難題を吹っ掛けられても困るんだけど、でもなんとなく不安そうというか……
「他意はないと言いましたが、あれは嘘です。本当はあの、俺……俺の、相談役になってくれませんか!?」
「…………相談役?」
あまりにも突飛な言葉に、首を捻りながら聞き返したらコクリと頷かれた。相談役――と聞いて頭に思い浮かぶのは、顧問なんとかみたいな税理士や弁護士、あとは産業医とか?
「その……俺のブラウニーに惚れたって言って貰えて、しかも平日に、こうやってわざわざ買いに来てくれて、本当に嬉しかったんです。それで……次の新作を考えないといけないんですけど、ちょっと最近スランプで。紘夢さんは甘い物がお好きそうだし、忌憚ない意見を言ってくれそうだから、その……」
「試作品を食べたりして、感想を言って欲しい?」
「そうなんです!!」
「それはまぁ良い、けど……でも俺はただの甘い物好きで、本当に素人ですよ? 専門的なことや経営のことなんて、全くわからないし……」
「経営のことを考えるのは俺や叔父の仕事です! ……というかその、ご迷惑ですか?」
そうですよね甘い物お好きでもそんなには食べませんよね――なんて悲しそうに呟かれたけど、貴方の思う以上に俺は甘い物を食べまくってます。だから、好き勝手に意見を言うことは何にも問題ないんだけど。
「毎日って言われたら困る。……それに、残業あるとお店の営業時間を過ぎちゃうし、逆に迷惑を掛けると思うんだけど」
「会うのは週イチとかで良いですよ? 平日なら俺は十六時には終わりますし、紘夢さんの会社まで向かいます。むしろ土日は忙しくて難しいんですけど……」
今日は売れ行きが不安で、閉店まで待機していただけとのこと。しかも会社まで来るなんていう程度には切羽詰まっているらしい。でもこのイケメンが会社に来るっていうのはなぁ……申し訳ないけど遠慮したい。万が一、主任が食い付いたらと思うと恐ろしくて仕方がない。先輩と主任の修羅場とか、絶対に見たくないし。
「俺、最寄り駅はH駅なんですよ。路線が同じだし、そこで待ち合わせとかで良い、なら……」
交通費を出させる流れになっちゃうけど、この駅からも近い。「それでも良い?」と確認したら「是非!」と満面の笑顔で頷かれた。なんだろう。この、嬉しくって仕方ないって顔。
そしてその満面な笑顔に、横を通り過ぎた女の人が二度見していた。わかります。この人イケメンですよね――だから隣に居る俺は見ないでイケメンだけを見てくださいね! 明らかにがっかりされたら泣きますからね!!
「大丈夫そうな曜日はありますか?」
「比較的残業がないのは、水曜か木曜……かなぁ?」
「じゃあ水曜にしましょう」
そう言いながら連絡先を交換した。こっちはプライベート用のだ。なら最初からこっちだけで良かったな……なんて思っていたら駅に着いた。相変わらずニコニコしながら「よろしくお願いしますね!」と手を振る雄大さんに手を振り返して、行きとは逆の電車に乗る。
なんだかおかしな友達が増えた。いや、これ友達なのかな? 俺は美味しいお菓子を食べるだけで本当に良いのだろうか……材料費だとか、交通費だとか、雄大さん側の負担が大きいと思うんだけど。まぁそれは今度会った時に確認しよう。
――ピコン
スマホの通知画面に、さっき別れた雄大さんからのメッセージが入った。
『気をつけて帰って下さいね。来週、楽しみにしています』
そして間を開けずに『俺がお願いしたんですから、費用のことは考えないでくださいね』なんて追加メッセージが……イケメンってすげぇ。
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