絵本作家は砂糖菓子の夢を見る

宮野愛理

文字の大きさ
上 下
32 / 35

第三十二話

しおりを挟む
「あ、えっと……佐藤匠弥と言います。交番に届けて入れ違いになったらどうしようと思っていたので、そう言っていただけて恐縮です」

 佐藤が名乗ると高松がきょとりと呆けた顔をする。またしても言葉の選び方を間違えたかと慌ててしまうと、高松が「やだ、ごめんなさいね」と笑い始めた。

「最近よく見掛けるお名前と一緒だったからビックリしちゃったのよ。佐藤さんは知ってるかしら? 〝からくちうさぎのロッティ〟って絵本なんだけど、最初はうちの孫のために買ったのに今は私が……って、あら?」

 続く高松の説明に、佐藤の顔に朱が走る。「どうしたの?」と重ねて心配をさせてしまい、気恥ずかしく思いながら自分がその作者だと伝えると高松から「えぇ!?」と歓声が上がった。

「まぁまぁ、ご近所さんだったのね。すごい偶然……でも、そうなの……あなたが……」
「?」
「これも何かの縁だと思って、ちょっと私の昔話に付き合ってくれないかしら? ずぅっと前に出会った人の話よ」

 ティーポットからお代わりのお茶を注いだ高松が、少しだけ遠くを見た。その顔に浮かぶのは郷愁だろうか。

「このお話はね、死んだ主人しか知らないの。娘にも、孫にも、話したことはないわ」

 ぽつり、ぽつり、と高松が話し始める。
 はっきりと年齢は言わなかったが、まだまだ家父長制度が幅を利かせていた頃が高松の少女時代にあたり、女性は高校卒業同時に就職し成人の前後で結婚をするような時代でもあったようだ。たぶん、短期大学への進学率が上がったのは高松よりも更に下の世代だろう。そんな時代でも四年制大学はあったし、女性への門扉も開かれてはいた。とはいえ、父親が反対しているような家庭では進学なんてどだい無理な話で……。

「家を出てまで突き進むことは出来なかったわ。だから図書館で本を読んで、自主勉強をするのが関の山。今みたいに若い女の子が一人暮らしをするなんて、考えられなかったもの」
しおりを挟む
――匿名での感想や絵文字も受付中です――
wavebox
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

処理中です...