絵本作家は砂糖菓子の夢を見る

宮野愛理

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第二十八話

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 たったこれだけのことなのに疲れた。

(駄目かもしれない……)

 もう〝死〟を意識することはなくても、気持ちが落ち込むのは別問題だ。

『だからカーテンを閉めっぱなしにすんなって言ってるだろ?』
『ほら、サトー。外は良い天気だよ。少し外に出てみないかい?』

 脳内に響いた声に導かれるように佐藤が締め切っていたカーテンを開けると、目映いばかりの光が差し込んできた。横目に時計を見れば十一時を少し過ぎたところで、そろそろ昼かと考えた途端に少しの空腹を覚える。

「外、出てみるか」

 家の中にはいつもの携帯食やカップ麺しかないし、それなら散歩がてら外で昼食を食べたほうが良いだろう。
 佐藤は、何かに引き寄せられるように動き始める。よくよく見れば髭は伸び放題、寝癖で頭はボサボサの鳥の巣状態で、しかも最後に入浴したのがいつだったかも思い出せない。これではサッと身支度をした程度では無理だと思い、シャワーを浴びて髭をあてた。幸いなことに先ほど見た日差しなら秋とはいえども寒くはないだろう。そう思ってタオルでざっくりと乾かすだけで外に出る。いつの間にか、時計の長針は頂点から少し右に倒れていた。

『サトー、こっちにどんぐりがあるんだぞ!』
『キノコのほうが良いよねぇ? グラタン、シチュー、クリームパスタ……うぅ、また太る』

 また聞こえてきた声に一人だけれど笑みがこぼれる。
 自宅のあるアパートから商店街へと向かう遊歩道の両側にはイチョウが並んでいて、まだ色が変わるには早かった。それでも夏の重苦しい空気がないだけで過ごしやすい。
 ふわりと吹いた風に秋の気配を充分に感じたところで、視界の端に赤いなにかが見える。

(なんだ……?)

 遊歩道から車道へと転がり落ちそうになっているそれを拾い上げれば、少しばかり年期の入った手縫いのマスコット人形だった。頭頂部に縫い付けてある紐がほどけてしまったようで、残念ながら佐藤には直せそうにない。
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