絵本作家は砂糖菓子の夢を見る

宮野愛理

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第一話

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 自宅から三駅離れた先にある喫茶店に、佐藤は呼び出されていた。座席同士が広く室内の外れには喫煙ブースもあるここは、商談などにも向いているビジネスマン御用達の店だ。実際、佐藤もそういった理由で呼び出されている。

「いやー、今回のお話も良かったですよ! 佐藤さん!! 前回分も好評で、このままいけば増刷も視野に入ってくるかもしれません!!」
「あの、横川さん……声が、少し……」

 少しよりも大きな声量が響き渡り、佐藤は萎縮してしまう。向かいの横川は「これは失礼」と呟きながら、周りのサラリーマンへと頭を下げた。

「……いやでも本当に、このお話もすごく良かったです。印刷に出すのが楽しみですね」

 にこにこと笑う横川の手には、先ほど佐藤が手渡した原稿が収まっている。
 佐藤さとう 匠弥たくや。広々としたソファーに肩身狭く座る男は、鳴かず飛ばずで歳だけ重ね、三十二歳となってからようやく芽が出た絵本作家だ。応対している横川は出版社に所属している担当編集であり、長らく佐藤を応援してくれていた相手でもある。
 だからこその声量だろうから、佐藤としても萎縮はするが怒る気にはなれなかった。自身の書いた話がこうやって評価されるのは控えめに言っても嬉しい。

「本当に……ありがとうございます。少しは横川さんへご恩をお返し出来たと思うと、肩の荷が下りました」
「まだ下ろしきらないでくださいよ!?」
「ははは。……あの、ところで……ブライクさんの話は……その、どうだったんでしょうか?」
「あー……熊さんのお話ですよね。題材としては良いんですけど……」

 ブライクという灰色熊が、人間の男と出会う話のおおまかな流れを前回の相談時に預けていた。

「先に申しておきますと、私は好きです。ただ……一般的な絵本として好まれる熊さんって、どちらかというと間が抜けてたりするんです。食いしん坊とか。でもあの熊さんって王子様系じゃないですか」

 そう言われて佐藤はグッと拳を握った。反論だって脳内に山ほど浮かんだ。しかし、「ブライクさんは格好良いんです、素敵な人なんです」と言ったところで、横川を困らせてしまうだけだろう。
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