彼氏にフラれて仕事を頑張っていたら、農園に出向を命じられました!?

佐倉涼

文字の大きさ
上 下
16 / 17

藤森あやめは農家になる(8)

しおりを挟む
「では次の特集です!群馬の石段街で有名な温泉の近くに最近おしゃれなイタリアンレストランが出来たことはご存知ですか?何とそのお店は本場イタリア人シェフの焼く窯焼きピッツァが食べられるイタリアンレストランなんですよ!」

「群馬でイタリア人シェフなんて珍しいですね」

「それだけじゃないんです。そのお店は近くの農家が経営していて、有機野菜をふんだんに使ったお料理が頂けるんですよ。まさに地産地消!使用しているお野菜は店頭でも買えると言うことで、週末になると東京からのお客さんで行列ができるんです」

 軽快なトークを交わしているのは今をときめくお笑い芸人と若手女優の二人組だ。
 二人は群馬の片田舎の道をぶらぶらと歩きながら目的地へと向かう。
 季節はすでに十月で空っ風が吹きすさぶこの土地は秋の気配が満ち満ちていた。夏は過ぎ去り、秋へと移ろうこの季節に二人は何もない田舎道を進んでいた。

「あっ、ありましたね。あちらが今話題のイタリアンレストラン!」

「へえ、おしゃれ!都内にあっても全然違和感がないですよ」

 大仰な手振りのお笑い芸人の言葉に女優の方も相槌を打つ。
 そこに建っていたのは確かに小洒落た雰囲気のレストランで周りからは浮いていた。

「早速中に入ってお話を伺ってみましょう」

 二人はカメラマンやスタッフを引き連れて店へと入って行く。

「わ、石窯がありますね」

 若手女優ははしゃいだ声で言った。窯の前ではちょうど焼きあがったピザが台の上に乗せられたところだった。腕をふるうのは長身のイケメンイタリア人シェフだ。
 そして店にはミルクティーブラウンの髪にバッチリ化粧を施したあやめと、日に焼けた顔に爽やかな笑顔を浮かべる実岡が立っている。

「こんにちは、お話伺ってもよろしいでしょうか」

「はい」

 お笑い芸人の質問にあやめは元気に答えた。

「こちらのお店、オープンして半年以上経つのに連日行列が途切れないとお伺いしました。秘密を聞いてもよろしいでしょうか?」

「丁寧に育てた野菜を惜しみなく使ったイタリアン料理が手頃な値段で食べられるのが人気の秘密です。地元の方々にリピートして頂けるよう、あえて値段は低めに設定しているんですけど、味は東京の一等地に出しているレストランにも引けを取りません。シェフのベルナルドはミラノで料理の修行をして、日比谷で腕をふるっていた人間なんですよ」

「へえ、それは素晴らしい経歴ですね。早速そのお料理をいただいてもよろしいでしょうか?」

「はい、是非とも」

 あやめが言うと両手に皿を持ったベルナルドが笑顔で近づいてきた。

「ドウゾ、ピッツァマルゲリータとほうれん草とベーコンのペペロンチーノデス」

 片言の日本語で言いながらお皿をテーブルへとサーブする。
 お笑い芸人と女優の二人は早速料理を食べると目を見開き、大仰なリアクションをとった。

「このマルゲリータ、ソースのトマトの味が濃いですね!」

「ペペロンチーノは上に乗ったほうれん草がシャキシャキしていてとても美味しいです。ここまでお野菜を育てるのは大変なんじゃないですか?」

 これに答えたのは実岡だ。

「土壌から改良して、化学肥料や農薬を使わずに丹精込めて育てた野菜です。大変ですけれどやりがいがありますし、こうして美味しいと言って食べてくださる人の顔を見ていると作ってよかったと感じます」

「なるほど。ここの野菜はこちらのお店でも買えるとか」

「はい、店頭に並んでますので是非ともお土産にどうぞ」

 大きな掌で実岡が店の入り口を示した。二人は席を立って野菜を見始める。

「今の季節はハウス栽培なんですけど。トマトは枝で完熟したもの、ほうれん草は今朝採れたばかりのものを売っています」

「私、お土産に買っていこうかなー!」

「俺も相方に買っていこっと」

 はしゃいだ声を上げる若手女優とお笑い芸人を見ながら、実岡はふと隣のあやめの姿を見た。彼女は取材用におめかしをしており、普段から可愛いが本日は五割増し可愛い。
 店は順調な滑り出しとなり、店で使う分と店頭販売で随分と野菜が捌けた。
 店の評判が上がり口コミが広がると、ネット販売の受注も増えて今や連日の完売となっている。

 全部、彼女が来てくれたおかげだ。

 実岡はあやめとの出会いに感謝した。
 この半年間、極めて安定した天候でこの分なら冬の間の収穫も問題ないだろう。

「では現場からは以上です!」

 お笑い芸人がそう言うと一気に空気が弛緩した。ありがとうございました、と皆で挨拶をする。
 このまま帰るのかと思いきや、意外なことに芸人と女優は席に戻って食事を再開した。

「こんなに美味しい料理を残すのはもったいないですから、食べて帰ってもいいですか?」

「はい、是非どうぞ」

 実岡は少し意外な気持ちがした。てっきり残すもんだとばかり思っていたからだ。二人は嬉しそうにマルゲリータとペペロンチーノを食べている。

「本当に美味しいですよ、このマルゲリータもペペロンチーノも」

「アリガトウゴザイマス」
 
 ゆっくりとであるが日本語を覚えつつあるベルナルドがお辞儀をした。

「お二人で農園を始めたんですか?」

「いえ、初めは俺だけで。後から彼女が来たんです」

「へえ。で、奥様になられたと?」

「いえ、まだそういった関係には……」

「またまたぁ!」

 お笑い芸人は笑いながら実岡のことを肘で小突く。実岡はどうしていいやら、苦笑いを浮かべた。
 この二ヶ月間で実岡とあやめの関係はあまり変化を見せていない。店がオープンしたばかりで忙しかったし、農業の繁忙期とも重なっていた。最近ようやく暇ができたかなというところだ。 
 お笑い芸人と女優の食事も終わり、スタッフと話をしてから取材の人たちは帰っていった。
 実岡はホッと一息つく。

「全国放送、しかも生放送の取材だなんて緊張した」

「私もですよ」

「そう?藤森さんは堂々としてたよ」

「内心では心臓がばくばくしてました。本当、足がいつ震えるかと……」

 胸を押さえて言いながら手近なテーブルへと腰かける。

「これでまたお客さんが増えるといいね」

「そうですね」

 収穫目前の畑を前にして途方に暮れていた時と比べると大した進歩だ。実岡は感慨深くなった。

「なあ藤森さん。農閑期になったら日帰りで温泉行こうか」

 ずっと前にしていた約束を思い出して実岡は言った。

「いいですね、行きましょう行きましょう」

「石段登って、神社に行こう」

「おまんじゅうも食べたいです」

 和やかな会話を交わす。後ろではベルナルドが営業に向けて準備をしている音がした。
 思えばあやめとは出かけたことが一度もない。
 温泉に行って、石段登って神社に行って、まんじゅうを食べて。
 そうしたらこの気持ちを伝えよう、と実岡は心に決めた。

 目の前で無邪気に笑う彼女は二ヶ月前に比べて少し太り、肌ツヤが良くなった。
 うっすらと日に焼けた肌も、だんだん取れなくなって来ている指先の泥も、家で見せるちょっと気の抜けた姿も、全てが愛おしい。

 この生活がいつまでも続くよう、実岡は二人の関係を変える一歩を踏み出す決意をした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ことりの上手ななかせかた

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
恋愛
堀井小鳥は、気弱で男の人が苦手なちびっ子OL。 しかし、ひょんなことから社内の「女神」と名高い沙羅慧人(しかし男)と顔見知りになってしまう。 それだけでも恐れ多いのに、あろうことか沙羅は小鳥を気に入ってしまったみたいで――!? 「女神様といち庶民の私に、一体何が起こるっていうんですか……!」 「ずっと聴いていたいんです。小鳥さんの歌声を」 小動物系OL×爽やか美青年のじれじれ甘いオフィスラブ。 ※エブリスタ、小説家になろうに同作掲載しております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

処理中です...