80 / 82
最終章 夜に咲く花
最後の戦いへ
しおりを挟む
箱館山で敵を撃退したあと。夜更け、土方は、本営へと呼ばれた。その夜、幹部や首脳陣のみ集まり、杯を交わすと言っていたのだが、土方は行かなかった。
市村を見送ったあと、そのまま、新撰隊と共にいた。箱館山に上ろうとする敵が構築しようとしていた陣を襲い、散々に打ち破っている。
土方の直接指揮である。隊士は、いつも以上に奮戦した。京にいた頃は、鬼の副長と呼ばれ、隊士達はいつも土方の眼を恐れ、そのぶん、近藤や山南を慕った。新撰組を大きくするためには必要なことで、土方はそのためにならば鬼にも羅刹にもなれた。しかし近藤は死に、主だった幹部も死ぬか離れるかして、土方は、自分の戦いを始めた。その頃からだろうか。隊士の間に交わり酒を酌み交わしたり、気安く声をかけ冗談を言ったりするようになったのは。ほんとうは、優しい男なのだ。京にいた頃も、隊士一人一人の名や流派はもちろん、生まれた国、家族構成、果ては食い物の好き嫌いまで全て記憶していた。鬼の副長が、自分の全てを記憶していると思えば、隊士は大いに恐れる。しかし、今、隊士を鼓舞し、気遣い、庇い、自ら先頭に立ち戦う土方は、母のように慕われていた。そのような指揮官が、たとえば、ある隊士が望郷の念に駆られ、人知れず涙を流しているところへそっと近付き、
「田舎のお袋さんも、この星を見ているさ」
と言い、酒の椀を差し出し、
「妹の嫁ぎ先は、もう決まった頃かな。きっと、良い縁なんだろう。お前も、頑張らないとな」
と笑いかけられたりしたら、もう、この上官のために死んでやるしかない、と思うものである。
古来、士は己を知るもののために死すべしという言葉がある。土方は、指揮官としては、稀有なほどに適していると言っていい。心を曲げず、殺さず、ありのままの自分を見せていれば、隊士はひとりでに勇奮し、心を一つにして戦うものだ。それが、土方歳三という男なのだろう。
「奉行」
久二郎が、駆け寄ってくる。敵は既に構築中の拠点を放棄し、逃げ去っている。
「いや、ここでは副長だ」
土方は、にやりと笑った。
「皆、よく戦った。それでこそ、新撰組だ。あとは、綾瀬隊長の指示に従うこと」
新撰隊の隊長は、久二郎である。それを、自らの出現により、崩したりはしない。直接指揮は執ったが、あくまで、本部から元副長が加勢に来たという形を崩さない。隊士たちも、土方のその心配りをよく理解している。
「傷を受けた者はいるか。小さな傷でも、まず手当てをしろ。敵の武器、弾薬など、使えるものは、積めるだけ積め。島田、五人選び、南の道に気を配れ。山野、七人で、北の道だ」
久二郎が弾を再装填し、銃剣を外しながら、的確に指示をする。皆、声を上げ、それぞれの作業に取りかかった。
「おい、綾瀬」
土方が、あごで指した先を見ると、樽があった。
「酒樽?なぜ、このようなところに」
「どうせ、酒飲みの薩摩の連中だろう」
久二郎は、もう酒樽から興味を失った。
「蟻通」
土方は、京以来の同志の一人に声をかけた。
「あの樽も、荷車に積んでおけ」
「はっ。あの酒樽を、積みます」
蟻通も、京にいた頃は平隊士として目立たぬ存在であったが、直立し、命令を復唱する姿は、立派な軍人である。
箱館山を降り、帰営し、敵の酒を飲んだ。皆、土や泥で汚れているが、眼の光は強い。談笑の声と、歌と。
それを、久二郎と土方は、眼を細め、見ている。
「土方君。探したぞ」
大鳥である。
「なんです、大鳥さん」
「どこに行っていたのだ」
「どこって。戦いさ」
「なに」
「裏の箱館山に、敵が出た。今、叩いて、戻ったところだ」
「そんな情報は、こちらには来ていない」
「その前に、対処した」
「勝手なことをしてもらっては、困る」
土方の眼の色が、少し変わった。
「奪い返した木古内を勝手に捨て、矢不来に勝手に陣を敷いたあんたが、それを言うかね」
大鳥は、青筋を立てた。
「とにかく、総裁の居室へ。急ぐのだ」
土方は、大鳥が嫌いなわけではない。その頭脳も経歴も認めている。しかし、なんとなく、嫌味を言って、やり込めたくなるのだ。そういう子供っぽさを隠そうとはしない。
土方は、榎本の居室に入った。昔の通り、扉の前で膝をついて名乗りそうになったが、新しい習慣を思い出して、立ったまま扉打をし、土方です、と言ってから、扉を開けた。
「土方君」
榎本は、憔悴しきった顔をしていた。それを見て、土方は、いよいよ決戦か。と察した。
「ここまで来たが、どうにもいけない。私は、間違っていたのだろうか」
榎本は両手を組み、そこに顎を置いた。
「なにがいけなかったのだろうか、土方君」
土方は、この最高指揮官を、憐れに思った。順風のときは大風呂敷を広げ、豪快に笑い、些事に囚われない。しかし、逆風になればどうであろうか。一気に消沈し、気弱になってしまう。近藤も、そういうところがあった。
「総裁がそんな風で、どうするのだ」
土方は、慈しむような眼で、榎本を見た。
「総裁、か」
榎本の笑いに、自嘲の響きがある。
「土方君。君に、伝えておかなければならないことがある。今夜、君を待っていたのだが、君は戦いに出ていたというから、こうして、来てもらったのだ」
榎本は、本題を切り出した。
「伺おう」
「我らは、降る」
「くだる、とは、南の戦線を広げるということか。確かに、箱館山が気になる。今夜退けたとはいえ、あそこから砲撃されれば、街は終わりだからな」
「違うのだ、土方君」
今度は、榎本の眼に、憐れみが浮かんだ。
「降伏するのだ。我らは」
「降伏だと」
「そうだ。もはや、戦いは決した。これ以上戦っても、意味がない。我らの国は、終わったのだ」
「馬鹿な」
「いや、本気だ。君たちを、死なせたくはないのだ」
土方は、答えない。
「私は、君たちが、とても好きだ。だから、生きてほしい」
久二郎が市村に抱いたような、土方が久二郎に抱いたような気持ちを、榎本は、蝦夷の国の者として共に戦った全ての人間に対して、抱いていた。それを、土方は感じた。だから、何も言えなかった。
「俺は、戦う」
からからになった喉で、それだけを、言った。
「なに」
「これは、あんただけの戦いではない。俺の戦いでもあるのだ」
「勝手は許さん」
「許されようが許されまいが、俺は、戦う」
「土方君」
「俺を罰するか。あんたに、できるかな」
市村に渡した和泉守兼定の代わりに佩いている、違う刀を抜いた。
榎本は、ため息をついた。
「君は、妙な男だ」
「あんたもな。今になって、降伏など」
「なぜ、そこまでして戦う。なんのために」
土方は、白刃を握りしめたまま、即座に答えた。
「示すためさ」
榎本は、何を、と聞こうとして、やめた。たぶん、自分には理解ができないものを、土方が示そうとしているのが分かったからだ。
「いつ、降るのだ」
「具体的な日取りは、決めていない。しかし、数日のうちだ」
「総裁」
土方は、刀を納めた。
「あんたも、ここまで来たのだ。やるだけ、やってみろよ」
「ここまで来たのだ。できることは、もうない」
「俺たちが、池田屋に入ったときは、七人だった。敵は、二十人を越えていた」
「土方君。昔の話は、やめたまえ」
「いいや、やめぬ。それでも、俺達は勝った。鳥羽伏見では負けた。甲府でも、宇都宮でも、会津でも、海でも。しかし、松前では勝った。二股口でも勝った。今夜も、勝った」
「何が、言いたい」
「勝つか負けるか、戦いが終わってからでないと、分からぬ」
榎本は、吹き出した。
「子供のようなことを言う」
「悪いか」
「いいや、嫌いじゃない」
「ここに、俺たちの国を作ると息巻いていたのは、どこのどいつだ」
「違いない」
「捨てるのか、それを」
榎本は、答えることはできない。
「死ぬかもしれぬ。しかし、それは、その当人の問題だ。誰もが、流されることなく、己の信ずるところに従って、生きることができる。ここは、そういう国ではなかったか」
土方の軍靴の音が、響いた。
「俺は、ゆく。あんたは、降伏したければするがいい。しかし、あんたは、見なければならない。この国の行く末を。そこに生きる者の行く末を。それを終えてから、降伏することだ。今投げ出せば、あんたも、ここにいる皆も、死ぬのと同じことだ」
言い残して、土方は退室した。
その頃、新政府軍は破られたばかりの箱館山の裏手に船をひそかに付け、夜を徹して山越えをしていた。翌十一日の朝には山頂に陣を敷き、砲撃を始めた。さらに同時に四方八方から、四千を越える新政府軍が箱館の街に総攻撃をかけてきた。
大鳥も自ら大砲を発射し、あちこちの戦線に狂奔した。諦めるな、死んでも守れ、と叫んでいた。大鳥は、榎本の意向に従い、降伏を肯んじていた。しかし、総攻撃を受け、榎本が急遽、抗戦の意向を示したため、大急ぎで出戦した。やはり、大鳥の本音も、同じであったのであろう。少なくとも、負けるまでは、戦うのだ。箱館を、自分達の国を、守るのだ。
そう、叫んでいた。
新撰隊は、弁天台場という台場にいた。そこで海から向かって来る船への射撃を行い、かつ台場を死守するのが役目である。
久二郎は、新撰隊以外の兵の指揮も行い、海に向けては絶え間なく射撃を行わせ、陸からこの台場を奪われぬよう死にもの狂いで戦った。
そこで、箱館の街の方から、火の手が上がるのを見た。
弁天台場の空気が、悲壮なものに包まれる。しかし、久二郎は、叫んだ。
「まだだ。決して、諦めるな。街が焼けても、また建てられる。負けるまで、戦うのだ。死んでも、ここを守れ」
踏まれても、決して折れぬ花。二股口で見た気がするあの花に、久二郎はなろうとしていた。
市村を見送ったあと、そのまま、新撰隊と共にいた。箱館山に上ろうとする敵が構築しようとしていた陣を襲い、散々に打ち破っている。
土方の直接指揮である。隊士は、いつも以上に奮戦した。京にいた頃は、鬼の副長と呼ばれ、隊士達はいつも土方の眼を恐れ、そのぶん、近藤や山南を慕った。新撰組を大きくするためには必要なことで、土方はそのためにならば鬼にも羅刹にもなれた。しかし近藤は死に、主だった幹部も死ぬか離れるかして、土方は、自分の戦いを始めた。その頃からだろうか。隊士の間に交わり酒を酌み交わしたり、気安く声をかけ冗談を言ったりするようになったのは。ほんとうは、優しい男なのだ。京にいた頃も、隊士一人一人の名や流派はもちろん、生まれた国、家族構成、果ては食い物の好き嫌いまで全て記憶していた。鬼の副長が、自分の全てを記憶していると思えば、隊士は大いに恐れる。しかし、今、隊士を鼓舞し、気遣い、庇い、自ら先頭に立ち戦う土方は、母のように慕われていた。そのような指揮官が、たとえば、ある隊士が望郷の念に駆られ、人知れず涙を流しているところへそっと近付き、
「田舎のお袋さんも、この星を見ているさ」
と言い、酒の椀を差し出し、
「妹の嫁ぎ先は、もう決まった頃かな。きっと、良い縁なんだろう。お前も、頑張らないとな」
と笑いかけられたりしたら、もう、この上官のために死んでやるしかない、と思うものである。
古来、士は己を知るもののために死すべしという言葉がある。土方は、指揮官としては、稀有なほどに適していると言っていい。心を曲げず、殺さず、ありのままの自分を見せていれば、隊士はひとりでに勇奮し、心を一つにして戦うものだ。それが、土方歳三という男なのだろう。
「奉行」
久二郎が、駆け寄ってくる。敵は既に構築中の拠点を放棄し、逃げ去っている。
「いや、ここでは副長だ」
土方は、にやりと笑った。
「皆、よく戦った。それでこそ、新撰組だ。あとは、綾瀬隊長の指示に従うこと」
新撰隊の隊長は、久二郎である。それを、自らの出現により、崩したりはしない。直接指揮は執ったが、あくまで、本部から元副長が加勢に来たという形を崩さない。隊士たちも、土方のその心配りをよく理解している。
「傷を受けた者はいるか。小さな傷でも、まず手当てをしろ。敵の武器、弾薬など、使えるものは、積めるだけ積め。島田、五人選び、南の道に気を配れ。山野、七人で、北の道だ」
久二郎が弾を再装填し、銃剣を外しながら、的確に指示をする。皆、声を上げ、それぞれの作業に取りかかった。
「おい、綾瀬」
土方が、あごで指した先を見ると、樽があった。
「酒樽?なぜ、このようなところに」
「どうせ、酒飲みの薩摩の連中だろう」
久二郎は、もう酒樽から興味を失った。
「蟻通」
土方は、京以来の同志の一人に声をかけた。
「あの樽も、荷車に積んでおけ」
「はっ。あの酒樽を、積みます」
蟻通も、京にいた頃は平隊士として目立たぬ存在であったが、直立し、命令を復唱する姿は、立派な軍人である。
箱館山を降り、帰営し、敵の酒を飲んだ。皆、土や泥で汚れているが、眼の光は強い。談笑の声と、歌と。
それを、久二郎と土方は、眼を細め、見ている。
「土方君。探したぞ」
大鳥である。
「なんです、大鳥さん」
「どこに行っていたのだ」
「どこって。戦いさ」
「なに」
「裏の箱館山に、敵が出た。今、叩いて、戻ったところだ」
「そんな情報は、こちらには来ていない」
「その前に、対処した」
「勝手なことをしてもらっては、困る」
土方の眼の色が、少し変わった。
「奪い返した木古内を勝手に捨て、矢不来に勝手に陣を敷いたあんたが、それを言うかね」
大鳥は、青筋を立てた。
「とにかく、総裁の居室へ。急ぐのだ」
土方は、大鳥が嫌いなわけではない。その頭脳も経歴も認めている。しかし、なんとなく、嫌味を言って、やり込めたくなるのだ。そういう子供っぽさを隠そうとはしない。
土方は、榎本の居室に入った。昔の通り、扉の前で膝をついて名乗りそうになったが、新しい習慣を思い出して、立ったまま扉打をし、土方です、と言ってから、扉を開けた。
「土方君」
榎本は、憔悴しきった顔をしていた。それを見て、土方は、いよいよ決戦か。と察した。
「ここまで来たが、どうにもいけない。私は、間違っていたのだろうか」
榎本は両手を組み、そこに顎を置いた。
「なにがいけなかったのだろうか、土方君」
土方は、この最高指揮官を、憐れに思った。順風のときは大風呂敷を広げ、豪快に笑い、些事に囚われない。しかし、逆風になればどうであろうか。一気に消沈し、気弱になってしまう。近藤も、そういうところがあった。
「総裁がそんな風で、どうするのだ」
土方は、慈しむような眼で、榎本を見た。
「総裁、か」
榎本の笑いに、自嘲の響きがある。
「土方君。君に、伝えておかなければならないことがある。今夜、君を待っていたのだが、君は戦いに出ていたというから、こうして、来てもらったのだ」
榎本は、本題を切り出した。
「伺おう」
「我らは、降る」
「くだる、とは、南の戦線を広げるということか。確かに、箱館山が気になる。今夜退けたとはいえ、あそこから砲撃されれば、街は終わりだからな」
「違うのだ、土方君」
今度は、榎本の眼に、憐れみが浮かんだ。
「降伏するのだ。我らは」
「降伏だと」
「そうだ。もはや、戦いは決した。これ以上戦っても、意味がない。我らの国は、終わったのだ」
「馬鹿な」
「いや、本気だ。君たちを、死なせたくはないのだ」
土方は、答えない。
「私は、君たちが、とても好きだ。だから、生きてほしい」
久二郎が市村に抱いたような、土方が久二郎に抱いたような気持ちを、榎本は、蝦夷の国の者として共に戦った全ての人間に対して、抱いていた。それを、土方は感じた。だから、何も言えなかった。
「俺は、戦う」
からからになった喉で、それだけを、言った。
「なに」
「これは、あんただけの戦いではない。俺の戦いでもあるのだ」
「勝手は許さん」
「許されようが許されまいが、俺は、戦う」
「土方君」
「俺を罰するか。あんたに、できるかな」
市村に渡した和泉守兼定の代わりに佩いている、違う刀を抜いた。
榎本は、ため息をついた。
「君は、妙な男だ」
「あんたもな。今になって、降伏など」
「なぜ、そこまでして戦う。なんのために」
土方は、白刃を握りしめたまま、即座に答えた。
「示すためさ」
榎本は、何を、と聞こうとして、やめた。たぶん、自分には理解ができないものを、土方が示そうとしているのが分かったからだ。
「いつ、降るのだ」
「具体的な日取りは、決めていない。しかし、数日のうちだ」
「総裁」
土方は、刀を納めた。
「あんたも、ここまで来たのだ。やるだけ、やってみろよ」
「ここまで来たのだ。できることは、もうない」
「俺たちが、池田屋に入ったときは、七人だった。敵は、二十人を越えていた」
「土方君。昔の話は、やめたまえ」
「いいや、やめぬ。それでも、俺達は勝った。鳥羽伏見では負けた。甲府でも、宇都宮でも、会津でも、海でも。しかし、松前では勝った。二股口でも勝った。今夜も、勝った」
「何が、言いたい」
「勝つか負けるか、戦いが終わってからでないと、分からぬ」
榎本は、吹き出した。
「子供のようなことを言う」
「悪いか」
「いいや、嫌いじゃない」
「ここに、俺たちの国を作ると息巻いていたのは、どこのどいつだ」
「違いない」
「捨てるのか、それを」
榎本は、答えることはできない。
「死ぬかもしれぬ。しかし、それは、その当人の問題だ。誰もが、流されることなく、己の信ずるところに従って、生きることができる。ここは、そういう国ではなかったか」
土方の軍靴の音が、響いた。
「俺は、ゆく。あんたは、降伏したければするがいい。しかし、あんたは、見なければならない。この国の行く末を。そこに生きる者の行く末を。それを終えてから、降伏することだ。今投げ出せば、あんたも、ここにいる皆も、死ぬのと同じことだ」
言い残して、土方は退室した。
その頃、新政府軍は破られたばかりの箱館山の裏手に船をひそかに付け、夜を徹して山越えをしていた。翌十一日の朝には山頂に陣を敷き、砲撃を始めた。さらに同時に四方八方から、四千を越える新政府軍が箱館の街に総攻撃をかけてきた。
大鳥も自ら大砲を発射し、あちこちの戦線に狂奔した。諦めるな、死んでも守れ、と叫んでいた。大鳥は、榎本の意向に従い、降伏を肯んじていた。しかし、総攻撃を受け、榎本が急遽、抗戦の意向を示したため、大急ぎで出戦した。やはり、大鳥の本音も、同じであったのであろう。少なくとも、負けるまでは、戦うのだ。箱館を、自分達の国を、守るのだ。
そう、叫んでいた。
新撰隊は、弁天台場という台場にいた。そこで海から向かって来る船への射撃を行い、かつ台場を死守するのが役目である。
久二郎は、新撰隊以外の兵の指揮も行い、海に向けては絶え間なく射撃を行わせ、陸からこの台場を奪われぬよう死にもの狂いで戦った。
そこで、箱館の街の方から、火の手が上がるのを見た。
弁天台場の空気が、悲壮なものに包まれる。しかし、久二郎は、叫んだ。
「まだだ。決して、諦めるな。街が焼けても、また建てられる。負けるまで、戦うのだ。死んでも、ここを守れ」
踏まれても、決して折れぬ花。二股口で見た気がするあの花に、久二郎はなろうとしていた。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇
新撰組のものがたり
琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。
ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。
近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。
町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。
近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。
最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。
主人公は土方歳三。
彼の恋と戦いの日々がメインとなります。
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
忍者同心 服部文蔵
大澤伝兵衛
歴史・時代
八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。
服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。
忍者同心の誕生である。
だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。
それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……
混血の守護神
篠崎流
歴史・時代
まだ歴史の記録すら曖昧な時代の日本に生まれた少女「円(まどか)」事故から偶然、大陸へ流される。
皇帝の不死の秘薬の実験体にされ、猛毒を飲まされ死にかけた彼女を救ったのは神様を自称する子供だった、交換条件で半不死者と成った彼女の、決して人の記録に残らない永久の物語。 一応世界史ベースですが完全に史実ではないです
東洋大快人伝
三文山而
歴史・時代
薩長同盟に尽力し、自由民権運動で活躍した都道府県といえば、有名どころでは高知県、マイナーどころでは福岡県だった。
特に頭山満という人物は自由民権運動で板垣退助・植木枝盛の率いる土佐勢と主導権を奪い合い、伊藤博文・桂太郎といった明治の元勲たちを脅えさせ、大政翼賛会に真っ向から嫌がらせをして東条英機に手も足も出させなかった。
ここにあるのはそんな彼の生涯とその周辺を描くことで、幕末から昭和までの日本近代史を裏面から語る話である。
なろう・アルファポリス・カクヨム・マグネットに同一内容のものを投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる