先生と僕。

あまみや。旧

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第1章 新しい先生

第1話 新しい先生は……?

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 昔から父が嫌いだった。
母を捨て家を出ていった父が。
「紬(つむぎ)、あなたのお父さんはね、お母さんを捨てて家を出ていったのよ。」
憎い。そんな父が、憎かった。

 今はもう、新しいお父さんができてから2年も経っているから、あの人のことは忘れようと思ってる。
「行ってらっしゃい、紬。」
「気をつけてな、紬。」
「いってきまーす! お母さん、お父さん!」
 今日から5年生、クラス替えが少し緊張するけど、友達の雪弥(ゆきや)と同じクラスになれるといいなぁ……、、、

 さて、クラス替えの紙を見る、えと……僕の名前、僕の名前……
「あっ」と声を上げると、僕のクラスは3組、しかも、雪弥と一緒だった。
「おっ、同じクラスだな、紬。」
「おはよう、雪弥。」
 さて、友達と同じクラスなのは良かったけど、先生、いい人だといいな……
去年、5、6年生の担当の先生が結構辞めちゃっから、新しい先生になる確率は高そう……

 新しい先生を心待ちにして、入学式のために体育館へ向かった。
「えー、それでは次は新しい先生を紹介します。」
 新任の先生が僕のクラスの先生になるとは限らないけど、やはり新しい先生となるとどきどきするもので。

ドアが開いて、次々と先生が出てくる。
(綺麗な先生、若い先生、かっこいい先生……今年は沢山いるなぁ……)
その中に、少しだけ、面影を感じる人がいた。
それは、まるで、あの人のような―――




(お父、さん……?)





 いや、気のせいだ。今更、あの人が僕の前に現れるわけ……
うん、そうだ。でも、かっこいい人……
頭がふわふわして、視線はあの人一点を向いていた。
 ぼーっとする僕に隣から雪弥が、
「具合でも悪いのか?紬。」
「……大丈夫だよ。」
大丈夫なんかじゃ、ない、そんな気がした。
「5年3組担任、羽柴 優星。」
聞き覚えのある名前に、少しだけ動揺した。
「……ねぇ、雪弥。もし担任の先生が雪弥のお父さんだったとしたら、どうする?」
ふぇっ?と口を数センチあけ、雪弥は答える。
「うちの父ちゃんは先生には向いてないし、今は普通の会社員だけど、まあ、普通に驚くわな、あと、地味に気まずい。」
……やっぱり、そんな返答になるよな、でも、僕の担任は、僕の元父に似ている気がした。まあ、顔、あんまり覚えてないけど……
確か唯一覚えていたのは、彼の夢が小学校教師だということだけ、だった気がする。
夢を叶えて僕の前に現れるかもしれない、そんなこと、考えたっけ。
お母さんは元父が嫌いだと言っていたから、教えてはあげない方がいいのかもしれない……

バチンっ

(って、馬鹿!何考えてんだよ……あの人が僕の父親?ううん!違う!僕の父さんは、もっといい人だし!絶対に家を出ていかないって、誓ってたし!あんなクソ父親とは違う……!)

と、ほうを両手で叩いた。
隣にいた雪弥に
「どうした!?眠いのか!?」
と、小声で聞かれた。


着任式が終わり、僕らは教室に戻った。
(でも、お母さんが呟いてた、元父さんの名前、確か……優星だったような。)
苗字までは分からなかったけど、名前はそんな感じだった気がする。
「雪弥雪弥、担任の先生ってかっこよかった?」
……は?という顔をした雪弥。
「なんで男が男にかっこいいとかいう感情を持たなきゃいけねーんだよ、別に普通だろ。」
そう、雪弥はあまり人に憧れたり懐いたりしない、冷めた奴。
「いやさ、うん……顔、あんまり見てなかったから分かんなくてさ、かっこいい人だったらいいなーって。」
「はぁ?はっ……!お、お前、まさかホ……」
「なんでそうなる。」
なんて嘘だ。本当は、一番印象に残っている。
「…………」
「紬?」
「月城(つきしろ)優星……」
僕の苗字は月城なので名前と苗字を組み合わせてみる。
(なんか、聞き覚えのある……)

ガラッ
いきなりドアを開ける音がしてビクッとした。
「おっ、先生来た。」
次の瞬間、僕はその先生に目を奪われた。

「え………」

周りがキラキラしているように見えた。
この時の状況を、一言で、

『かっこいい……』

一目惚れだった気がした。

頭の中がふわふわした。でも、後ろの女子がそれを踏みつけるように後ろから、
「きゃーーっ!かっこいーー!」

ビクッとした。
「や、柳田(やなぎだ)さん……」
後ろの席の柳田 美子。
4年生の時も同じクラスで、一言で他己紹介するならかっこいいものに目がない少女だ。
「わ、わかったから、席に座って美子ちゃん!」
「あはは、ありがとう。」

―ッ!

聞き覚えのある声だった。

「えへへ、ごめんごめん、紬君も後ろから急にごめんねー」
「だ、大丈夫……」
「……つむ、ぎ?」
「えっ?」
先生が僕の名前を呼んだような気がして、振り向いたけど、すぐに先生は爽やか笑顔を作って、
「じゃあ、まずは自己紹介してもらおうかな。」
…………先生は自己紹介しないのかな。
「先生、自己紹介しないんですか……?」
「先生は最後だ。それじゃ、1番暁美さんから……」
と、それにしても聞き覚えのある声。
(本当に、お父さんなのかな……)
5歳の頃に両親が離婚したから、あまり彼のことは覚えていないんた。
そんな事を考えている間に、
「じゃあ次、月し……」
僕の名前を見て、先生は驚いていた。
「つむ、ぎ……なのか……?」
と、つぶやいた気がしたけど、
「はい、月城 紬君。」
と、すぐに僕の名前を呼んだ。
「月城 紬です。好きな食べ物はオムライスで、特技は料理です。よろしくお願いします。」
「紬君って女子みたいだねー」
という言葉が拍手の中に混じっていた。
料理が得意っていうのは確かにちょっと女子っぽいけど……実際に言われると傷付く。
一応僕も男なんだし、まあ雪弥みたいにかっこよくはないけど……



キーンコーンカーンコーン。
「帰ろー!」「帰りどっか寄るー?」「ばいばーい!」
「雪弥、途中まで一緒に帰ろー。」
「おう。」
と、カバンをしょいながら一緒に帰る約束をする。
「羽柴先生、さようなら。」
「さよなら、雪弥君、紬君。」
「もう名前覚えたんですね……すごい……」
「いや、まだ全員はちょっとな、でも、少しでも早く覚えないと。」
(印象が強い人の名前はすぐに覚えられるし…)
「?先生今何か……」
「いや、それじゃあまた。」
「さよなら……」


やはり、あれは……
「紬……なんだな……」


「羽柴先生ってさ、大人って感じしない?声とかかっこいいし!」
「そうか?どことなく子供らしさがありそうな感じ、するんだよな……独占欲がやばそう。」
「え、どうやったらそんな感じするの……」
「あと、どことなくお前に似てる。」
「えっ」

「紬は、あの男に似ているのかしら。」

母さんのいつかの言葉を思い出した。
「……そんなこと、ないと思うけどな……」
ねぇ、お父さん。
あなたは今、どこで何をしているの――?


「ただいまー、お母さん!」
「おかえり紬。クラスどうだった?」
「雪弥もいて、普通に大丈夫そうだよ、おやつどこ?」
「ふふ、ずっと笑顔だしそんな気がしてた。戸棚に缶クッキーあるから、食べていいわよ。」
「クッキー!わーい!」
「あとねあとね、今日の夜ご飯はなんと!紬君大好きオムライスでーす!」
「オムライス!?」
「だから手を洗ってきてからね、風邪ひいたら大変よ。」
「はーい。」
母さんは優しくて綺麗で、少しマイペースでドジだから不安になることはあるけど、いいお母さんだ。
「……あれ、このクッキー、甘くないね……」
「あっ!それ、ビタークッキーよ、お父さんの好きなやつ。紬のこっちの甘いやつ。」
「……ああ、うん。」
僕だって、苦いの食べられるんだけどな……
「……あ、担任の先生どうだった?新しい人?」
「っ!」
「紬!?どうしたの!?」
ついむせてしまう。
薄々気づいていたけど、彼はきっと父親だ。
お母さんに新しい担任の先生がお父さんなんて気付かれたら、お母さん転校を申し込みそう……
(そんなことしたら、雪弥とも会えなくなるよ……)
ぎゅっと、言葉を飲み込む。
「ご、ごめん、僕、宿題やらなくちゃ。クッキーやっぱいらない!ごめんねー!」
「えっ、つむ……」
鞄を片手で拾うようにして2階へ逃げていく。

(ご、ごめんね……お母さん、今日は宿題、ないんだ……)
あの人がお父さんだったら、どうしよう……
でも、本当に、お父さんなのかな……
(わかんない……記憶が、あやふや……)
第一、お父さんは僕のこと、覚えてないのかな……
(もう、寝ちゃいたい……)

「紬、紬!なーに寝てるの!ドアに寄りかかって!重いったら~!」
「ぷあっ!な、なに……?びっくりしたよぉ……」
「ドアに寄りかかって寝てたらドアが開かないじゃない、宿題は?」
「ん……お、終わった。」
「あらそ、じゃあそんなとこで寝てないで部屋の片付けでもしたらどう?」
なんかお母さん、ピリピリしてるなぁ……
「うっ、うん。」
お母さんがこんなにピリピリしてる理由……
「もしかして今日お父さん帰ってこない?」
「えっ、あぁ、そうだけど……お母さん、すぐ態度に出ちゃうから、ごめんね、ピリピリしてた?」
「うんまぁ。でも、仕方ないね、掃除するよ。」
「ええ……」

パタン。

(………お父さんの写真とか、ないかな。)
あるわけないか。




「おはよー」「おはー!」「おはよう」
次の日、僕は何気なく登校した。そこで、
「あ、羽柴先生。」
かばんを握りしめて廊下を1人で歩いていると、先生を見つけた。
「ああ、おはよう、紬君。」
先生は振り向くと、笑顔で挨拶をしてきた。
「おはようございます。」
やっぱり、似てる。
気が付けば昨日からずっと考えている。先生のこと。
特に恋愛対象って訳でもなく、その他の感情もない、わけではない。
(もしかして僕、先生が好きなのかな……)
恋愛対象って訳でもない訳でもないなら、そういうことになるはずだ。
「……紬君って、母子家庭だったりする?」
「えっ」
一瞬空気が止まったかのように、驚く。
「ちがいま、す。」
「……ああ、そっか……そこまで親しくないのに悪い、それじゃ。」
と、振り返った先生を呼び止める。
「先生!」
「えっ」
「あっ、その……新しい、今のお父さんが小2のときにきて、それまでは別のお父さんが……」
「別のお父さんの名前って……」
「えと……よく、覚えてなくて……先生ってもしかしたら……」
キーンコーンカーンコーン。
「あっ、チャイム。」
伝えたいこと、あるのに……
「……あ、紬君。」
「はい!」
「紬君はそのお父さんに会いたい?」


「…………会いたいです。」
憎くてもいい、忘れられていてもいい。
それでも、一度会ってみたかった。
僕を、好きでいてくれているのか、それだけが知れるなら、会いたかった。
憎いとか、恨めしいとか、そんなのはただの文句だったんだ。
違うんだ、違うんだよ、ただ、寂しくて―――
「会いたい……辛い、寂しい……」
「えっ!?紬君!?」
ほうを伝うように、涙が浮かんでくる。
「あ……ごめんなさ……」
「先生紬泣かしたー。」
「んなっ!!」
「あ、雪弥……」
ぐしっと目を擦り、笑顔で「じゃ、またあとでね」と手を振る。
「先生。」
「うわっ!」
「紬に何かしたら○すからなこの変態教師。」
「変態教師!?」
「どうせ惚れちゃったんだろ、手を出したら泣かれたんだろざまあみろ。俺、お前が教師とか認めてねえからな。」
「あ、え、そう……です、か……?」
いきなりすぎてなにがなんだか。


「何してたの?遅かったね。」
「変態退治。」
「は?」



「紬、パス。」
「うんっ」

「紬、そこ間違ってる。」
「え、あっ、ほんとだ、ありがとう。」

「紬人参食べる?」
「食べる!」

「紬サッカーしよー。」
「おぅっ!」

「紬、チャイムなるよ。」
「ほんとだ、行こう!雪弥。」

「紬帰ろう。」
「おっけー。」



              ベタベタやな。

少し話したいことがあったから話しかけたかったけど、彼が一人になることは無かった。
(雪弥君……)
主に彼が突っ込んできて、なかなか話しかけることが出来ないのだ。
仮に話しかけることが出来ても、
「ここ教えてくれますーー?」
って後ろからいつでも常備している数学のノートを見せつけてくる。
「そこさっき教えたろ?」
「わかりませんでした。さあ。さあ!」
「は、はい。」
「?それじゃあ……」
と、とたたっと逃げてゆく綾人。
「……えと……それは、ここ間違ってるから……」
「ねぇ変態教師。」
「……それ、先生のこと?」
急に変なあだ名で呼ばれて驚くと、彼は自慢げに言った。
「おぅ。今日1日紬に近寄れなかったろ。」
………ああ、僕は邪魔をされていたというわけか。
(どうりでなにか不自然に沢山絡んでいると思った。)
でも、
「……ううん、まだまだだ。隙、ありすぎだぞ。」
と、意地悪に微笑む。すると彼はきまり悪そうな顔をして、
「……………ちっ、あんたさ、何なの?紬の知り合い?」
えっ、と思わず呟くと、彼は続ける。
「だって紬にやたら絡んでるし、なんか紬も結構あんたと仲良く話してるし。本当何なの?」
何なの?か……
(確かに、まだ彼が自分の息子だとは確信してはいない、だから、なんて言えばいいのか、分からない。)
第一、あまり覚えていないんだ。彼のこと。忘れようとしていた、あんな過去の失敗なんか。
なんて考えていると、目の前の少年は言った。
「……俺、紬のこと、親友だって思ってる。大切な存在だからこそ、知りたいんだよ、あいつのこと。少しでもたくさん。でも、お前がいると紬はお前のことばっか考えてる。そんなの、俺には紬には見えないんだ。紬は、孤独だった俺に笑いかけてくれた。友達になってくれた。だから、俺は、あいつのこと…………」
「雪弥君。」
悔しそうに涙を堪えて話す少年は、目尻に涙を貯めて唇を食いしばり、今にも泣きだしそうだった。
彼の名を呼んで彼を止めると、驚いた拍子に数滴涙がこぼれ落ちた。
ハッとした顔の少年が、一瞬で強気になる。
「あれ?な、なんで俺、汗かいてんだろ……変なの………」
汗などと嘘を言い、袖で豪快に目を擦った。
「先生……そ、そういうことだから!さようなら!」
と、駆け足でその場を去っていく。
「……どうして、彼のことも見てあげられなかったのだろう。」




馬鹿馬鹿馬鹿!俺の馬鹿!
いつもクールなイケメンで通しているこの俺が!!
(どうして……泣いて……)
廊下を走りながら考える。
(寂しかった?紬が他の奴のこと考えてて。嫉妬?この気持ちが、分からない……)
「雪弥!」
後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた。
聞き覚えのある声にハッとして振り向くと、
「雪弥いた!もー、さがしたよ?一緒に帰るって言ってたのに……」
………
「あ……そういえば、帰るって言ってたな。」
と、ポカーンとした顔で返事をすると、
「も~、何言ってんの!?言わなくても4年のときも一緒に帰ってたじゃん!ほら、帰ろ。」
と、彼は少し荒々しく腕を引っ張った。
(……良かった。)
「少しは俺のこと、考えててくれたんだ。」
「は!?当たり前だよ、親友でしょ?」
……
「そっか。」




次の日
「風邪ひいた………」
あの後浮かれて、浮かれまくったら、風邪ひいた。
「じゃあ、ゆっくり休んでてね、お母さん学校に連絡するから。」
「ま゛っ!いまおれがやずんだら、づむぎがあのへんたいきょうじになにざれるが……っ!」
パタン。


「えっ、雪弥、今日休みですか?」
「らしいね。風邪だって。大丈夫かなぁ。」
と、先生と何気ない会話をしていると、
「紬君!紬君って先生と仲良いけど、何話してんの?いつも。」
「美子ちゃん。別に何気ない普通の会話だよ?」
「ほんと~?なんかいかがわしい話してんじゃない?男同士、美子ちゃん可愛いとか美子ちゃん天使とか言ってんでしょ?どーせ!」
「それはないよ美子ちゃん。」
「それは流石の私もしょぼりーぬね。」
と言って友達の元へ去っていく。
「美子ちゃんは少し自分好きなんだよ、確かにツインテール、似合ってて可愛いよね。」
「先生にそういうのは分からないなぁ………あ、そうだ紬君。」
「ん?何?」

「放課後、理科準備室に来てくれないか?」

……先生は、理科の担当でもあって、得意な教科は理科と数学。僕はその言葉に、

「……はい、わかりました。」

少し、嫌な予感がしていた。




「せんせー!教科書忘れちゃいましたー!」
「せんせ、大野君がー」
「せんせー!」
その日の昼休み、僕はずっと先生を見ていた。
(そういえば、先生って先生だったなぁ……)
つい独り占めして二人きりで話してばっかだったけど、先生なんだから他の生徒とも仲良いんだ。
(もしお父さんなら、独り占めできたのかな……)
と、机にほうをつけて考える。
机が冷たくて、少しヒヤッとした。
(雪弥が心配……)
とりあえず一旦先生のことは置いといて、雪弥の事を考える。
昨日も具合が悪かったのではないか、それにしても、進級して3日で風邪ひくなんて、結構おっちょこちょいなんだな、雪弥って……
(放課後お見舞い行ってみるか。)

あ、でも、
(放課後は理科室に行かないと。)
先生から呼ばれたから、ちゃんと守らなきゃね。
「雪弥には電話で体調聞いておこう。」
うん、そうしよう。
「紬君、雪弥君に電話するんだ。」
「えっ」
上をむくと、先生がいた。
「声に出てました?」
「うん。」
………なんか、恥ずかしい……
「あっ、大丈夫です!放課後の約束は守りますから!」
「あっ、それは秘密で!」
……ああ、そっか。そういうのってちょっとひいきっぽいもんね。
「わかりました!放課後、楽しみにしてる!」
と、にこっと笑ってみる。
「………うん。」

……先生はあまり楽しみそうじゃなかったけど。


「紬君と羽柴先生って似てるわよね、仲もいいし……実は血繋がってんじゃないの?」
放課後の前の掃除の時間、美子ちゃんが、そう言った。
「……でも、僕は産まれてからずっと月城って苗字だから、本当のお父さんの元の苗字なんて聞いてなかったんだ。」
「別れ際に聞いておきなよ、もし見つけられた時、困るじゃない。」
なんて言いながらほうきを動かす。
「いや、お父さん出ていくまで何も言ってなかったし、出ていったの僕が寝てる時で……」
「ふーん、じゃあ、羽柴先生の可能性もあるってことね。でも、羽柴先生なら大人だし、覚えてるはずよね……」
と、ほうきをとめ上の空になる彼女に、問う。
「あのさ、美子ちゃん、もし美子ちゃんの親が離婚してて、その親のどちらかが自分の先生だったら、どう思う?」
「……まあ、だったら普通に気まずいわね。三者面談や家庭訪問の時とか特に。お母さんが怖いわ。でも、私のお父さんもうこの世にいないし、ふたりともラブラブだったから、そんなことはないわね。」
苦笑いして、それからすぐにほうきをまた動かし始めた。
「そっか……」
羽柴先生に特別な感情を抱くのはおかしいって自分でもわかってる。
だからそれを、周りの人にはバレないように自然に振る舞わないといけない。
(もし、羽柴先生が僕のお父さんなら……)
放課後の呼び出しって、やっぱりそういうことなのかな……
……あ、そういえば昨日、雪弥の様子おかしかったな……なんか元気がなかったっていうか。やっぱり昨日から具合悪かったのかな……

キーンコーンカーンコーン

「あっ、終わったー!帰ろー帰ろー!」
掃除終了のチャイムが聞こえると共に、沢山の生徒がほうきや雑巾をしまって鞄をしょう。
僕はほうきをしまい、鞄を持って理科準備室へと向かった。


「せーんせっ!」
先生は約束通り理科準備室にいた。
白衣を来て薬品を手に持つその姿は、小学生教師とは思えないくらいかっこよかった。
僕の声に気付くと先生は振り向き、一瞬驚いてから、
「ああ、紬君、掃除お疲れ様。」
と、落ち着いた笑顔で言った。
「ありがとうございます!わぁ……!もうこんなに片付け終わったんですか……?先生、手際いいんですね!」
「ありがとう、鞄、適当なところに置いておいていいよ。」
言われた通りに鞄をおろして隅に立てかけておく。
「それで話ってなんですか?」
「ああ、うん。ちょっとね。」
と言うと、先生は急に真面目な顔になり、薬品を置いた。
薬品を置く先生の横顔を見ていると、やっぱり若くて綺麗な顔をしている。大人とは思えない青年のような先生。この人は一体、僕になんの用があるというんだろう。

「紬君。」

「はい!」
急に名前を呼ばれ、驚いてつい声が裏がえる。
「紬君って、今のお父さん、好き?」
………どうして、そんなことを聞くのだろう。
「……はい、でも、やっぱり本当のお父さんじゃないから……」
少し合わないところもあって、気まずくなることはある。
そう言いたかった。
でも、声がつまって、俯いてしまう。
何かを察したのか先生は、僕の顔を覗き込んで落ち着いた笑顔を見せる。
安心する笑顔。今のお父さんじゃ、感じられなかった。
(どうして……こんなに、安心するんだろう……)
この人は、先生なのに、その笑顔で、安心する、今のお父さんよりも。
俯きながら呟いた。
「どうして、先生は……」
「ん?」

ねえ、先生。

「先生は、どうして僕のお父さんじゃなかったんだろう。」


今とお父さんには失礼だけど、どうして?
僕は本当の父からの温もりを知らない。
だから、こんなにも暖かいのは初めてだったんだ。
この人に頭を撫でられたら、この人に微笑んでもらったら。
僕の心は、きっと暖かくなると思う。
こんな下手くそな伝えた方しかできないけど、先生は一体、僕のなんなんだろう?

「紬君……?」

先生がきょとんとしている。当たり前か。
突然こんなこと聞かれて、唖然とはしてられないだろう。
「あっ、ごめんなさい……!おかしなこと言っちゃって。」
パッと上を向き、謝罪する。
「どうしようもないってことは分かってるんです。でも、本当のお父さんに会いたくて……その、えと……」
ああもう、どうしてはっきり言えないんだろう。
前から疑問だったこと、聞きたいのに。
「あの、先生って……僕の………」


僕の………


次に口を開こうとすると、先生はこれ以上言うなという風に人差し指を前に出した。
そして、意地悪げに微笑んだ。

「せん、せ……?」

なんでそんな顔するの……?

「そっか。」



「変わってないな、紬。」




…………え?




「せんせい……?」



「俺は、月城 優星。月城 紬の、元父親だ。」




…………



「なっ……」


何を言っているのかわからなかった。

願いが叶っていたことの喜び、どうして今更現れたのかというイラつき、何となく察してはいたが、いざとなるとなにも考えられなかった。

「……どうして、黙ってたの……この3日間、僕のこと、知ってたの……!?」
「当たり前だよ。自分の子供のことなんか、忘れるはずないだろ。」
だからって……じゃあ、なんで黙ってた?この3日間、僕をどんな目で見ていた……?

「わかんない……先生のこと、わかんないよ……どうして今更なの?僕は、もっと早く知りたかった!」
知ってたら、どうして先生が父親じゃないの?とか、そんな恥ずかしいこと、言わなかったのに!

「紬だって気付かなかったろ?」
「薄々は気付いてたもん!こんなことじゃないかって……!」
「じゃあどうしてそんなに驚いているんだ?」
そんなの……っ
「普通、どれだけ察していても信じられない真実を突きつけられたら、誰だって同様くらいするんだよ!馬鹿!」
今更現れてなんなんだよ!確かに、会いたいとは言ったけど、心の準備が……

……あれ?心の準備って、なんだ?

好きな人と血が繋がっていたことがショックだった?いや、その前に男同士で教師と生徒だし。
第一、こんな人、僕の記憶には、いなかった……

ううん、少しは、覚えていたのかもしれない。
本能的というのか、心の底に、先生がいたのかもしれない……

「……でも、覚えていないのも、仕方ないよな。なんてったってまだ5歳だったし。“あんなこと”もあれば、しょうがないだろ。」

そう、確かに昔、‘’あんな事”があればそっちに注目してしまい、忘れてしまうのも仕方ないだろう。
(あ、でも、なんでそんなことこいつが知って……?)
“あんなこと”は、僕とお母さんと、あの人しか知らないはずなのに……

いや、それよりも、今の僕には、先生の発言の方が、よっぽど苦しかった。





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