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5章 冬休み。
179.桜庭友里恵
しおりを挟む(未来斗side)
「俺、婚約者がいるんだ。」
聞き間違いかと思った。
そうだと………思いたかった。
「今……なんて」
聞きたくなんてないのに、
答えは変わらないって分かってるのに、
それが嘘だと思いたかったなんて。
……………都合のいいことばっかり。
「………やだ」
少し眉を下げて、海斗が口を開く。
言葉が発せられるのを塞ぐように声を上げた。
「………未来斗」
「やだ…やだよ、俺は」
駄目だ、言っちゃいけない。
海斗を困らせるだけなのに、
「そんなの絶対認めない…ッ!!俺は、ずっと好きだったのに…!」
欲しくない言葉が溢れ出てきた。
お願いだからもうやめて。
(海斗を、)
「未来斗…仕方ないんだよ、これは「そんなの仕方なく無い!!」っ……」
海斗を困らせたくなんてない。
でも、実際出る言葉はそれとは裏腹で。
ほとんど涙声だったと思う。
「だって………、俺の方が好きだったんだよ…?他人の事情でそれが叶わないなんて、酷すぎるじゃん………」
目に涙が溢れて、今にも頬をつたって落ちていきそう。
鼻がツンと痛んで、泣くのは悔しくて必死に零れるのを我慢した。
海斗の表情がどんどん曇っていく。
そんな苦しい表情が霞んで見えないのは、目に溜まる涙に少し感謝したいところ。
「ねぇ……好きだって、俺は海斗の事が………誰よりも」
「未来斗……」
海斗の小さな声が聞こえなかった。
「…も……、………め……」
無我夢中で自分のことばかり話していたら、
「なあ………、
もうやめろよ………」
それが今日最後に聞いた海斗の声。
それは何かを堪えるようにひどく掠れていた。
ただ、
「……………あ………」
あの時の海斗の表情。
………すごく、すごく苦しそうで、
もう二度と、そんなの見たくなかった。
「……ごめん」
それだけ呟いて、俺は
その場から逃げた。
ーーー
辛いなら逃げてもいいんだよ。
我慢するのが一番辛いから。
それが嫌なら、俺に助けを求めてもいいから。
……………そうだったのに、
(俺が………海斗の事苦しめた)
追い詰められて限界だったあの人が唯一逃げられた居場所。
勝手に、無くしてしまった。
「う……、ううぅ」
帰りの電車。
家に着くのに間に合わなくて、1人で情けなく、声を抑えて泣いてしまった。
「………ごめん、…ごめん、なさぃ」
ーーー
………気が付けば朝。
ちゃんと帰れていたのか、見慣れた部屋の天井が見えた。
(俺の部屋………)
電車を降りてからどうやって帰ったのか、あまりよく覚えていない。
ふらふらとリビングに行くと、時間は既にお昼になる直前で、
「……!」
12時を知らせる地域ごとの時報チャイムが鳴る。
「お兄ちゃんおはよー、まぁもうお昼だけど………」
明日香がお昼の炒飯を食べながら俺の方に振り向く。
「お兄ちゃん、駄目だったんだね」
「え……」
「顔酷いよ、鏡見てきなよ」
言われるがままに洗面所に行って鏡を見た。
………クマが酷くて、瞼も重くて赤い。
「………う…わぁ………」
我ながら酷いと苦笑してしまった。
リビングに戻って、
「……まぁ大丈夫だよ、お兄ちゃん。きっと他にもいい人いるから」
本当はそんなこと思ってもいないくせに。
「………」
でもまあ、励まそうとしているのは分かった。
「そうよ未来斗!人間なんてよりどりみどりなんだから!」
「母さん……ありがと」
「未来斗は自分が幸せになれる道を選んでいいんだからな!な!」
「父さん……今日仕事だよね?」
………でもまあ、皆の言う通り。
(諦めた方がいいのかなぁ………)
ーーー
(海斗side)
「こんにちは。海斗様」
桜庭さんが優雅な佇まいのまま俺に挨拶をした。
「こんにちは……桜庭さん」
作戦のことを思い出してゴクリと息を呑む。
リビングにいる間は父さんに見られてたから、すたすた2階へ行って部屋に入った。
「はぁ………なんか疲れる」
桜庭さんは早速今日泊まる分の荷物を出していた。
「………あの、ところで、桜庭さん部屋は「ここですわ」あ、そうなんだ………」
え……………
(ちょっと待てよ……!婚約者同士とはいえそれはいくら何でも夜とか)
「それまでには作戦を実行致しますからご心配なさらずに。」
「あ、はい……」
察しがいいな………
「………それにしても海斗様気を付けてくださいね?私は殿方には興味ありませんが……他の女性となれば既成事実というものを使ってなんとしても海斗様を狙ってきますから」
なんでって聞いたら「お金があれば一部の女はそうなりますから」って言われた。
「貴方は好きな方がいるのでしょう?せいぜい自分の貞操を守り抜くことですわね」
「やめてください生々しい………」
...
「あれ?ていうか貞操って主に女性の…「お黙りなさい」あ、はい」
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