怪異に襲われる

醍醐兎乙

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迷子放送 全二話

迷子放送 後編

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 男の体に興奮と恐怖が満ちていき、呼吸を忘れ、放送に集中する。

『……迷子の案内を……お知らせします…………ご友人とお越しの……お一人様の男子大学生が……園内を……彷徨われています…………お連れのお三方は……夜明けまでに……探し出されることを……おすすめいたします…………』

 機械音声のように感情を感じさせない迷子放送は、その後も、男の名を呼び、体格や服装などの情報が放送されている。
 
 放送が続く中、興奮が収まってきた男は、自身を襲っている恐怖を自覚した。
 震え始めた手の平から懐中電灯が滑り落ち、男のすべてが暗闇に飲み込まれていく。
 男は自分の存在が漆黒に塗りつぶされ、自我が消え去りそうな想像に囚われた。
 そして、自分が消滅するかもしれない恐怖に錯乱し、叫び声を上げた。

「迷子は俺じゃない!」

 咄嗟に過去の生還者の行動を真似て、無我夢中で放送の内容を否定する言葉を叫んだ。
 園内に木霊する、否定の叫び。
 流れ続けていた迷子放送が僅かなノイズ音を響かせ、停止した。
 
 園内に静寂が戻り、暗闇の中で落としていた懐中電灯がわずかに男の足元を照らしている。
 立ち尽くしていた男は、いまだ震え続ける手で、落としていた懐中電灯を丁寧に拾い上げた。
 そして暗闇を振り払うように、他の三人が待っているであろう集合場所へと走り出した。
 
 男は焦る足を必死で動かし、何度も暗闇に足を取られながら、集合場所が見える場所までたどり着いた。
 遠くに見える集合場所には、僅かな光が寄り添うように三つ灯っている。
 男は自分以外の存在を視認し出来たことで、湧き出ていた焦りが少しづつ安堵へと変化していった。
 下級生に対する自身の僅かなプライドを守るために、歩みを緩め、みっともなく暴れまわる肺を必死になだめる。
 集合場所に、光だけでなく、人影も認識できる距離まで近づく頃には、男は自尊心を守る仮面を用意できた。

 先に集合していた三人が、近づく男に気づき、大きく手を降っている。
 男も手を振り返し、余裕をもって話しかけるため、ゆっくりと口を開いた。
 そして男の言葉に、聞き覚えのあるノイズ音が被さり、再び園内にチャイム音が流れた。
 
『……迷子の訂正を……お知らせします…………ご友人とお越しの……大学生のお三方……お連れ様が……お探しです…………』

 男は流れ続ける放送を浴びながら、眼の前の光景に言葉が止まる。
 放送が流れるまで、確かに存在していた三つの光と三人の人影。
 放送とともに三つの光は落ち、地面にぶつかる前に闇に飲み込まれ。
 腕を振る三つの影は、形を崩し闇に溶けるように消失した。
 

 男が叫び、否定した、迷子。
 それを受け、訂正された、迷子放送。
 そして消えた、下級生三人。
 残ったのは、三人に迷子を押し付けた男、ただ一人だけ。

 男の脳裏によぎるのは、嫌がる下級生の表情、恐怖を訴える声、女心を唆し対立する二人、怯えて震える三人の後ろ姿、自分を見つけて大きく手を振る三つの影。
 そして自身が体験した、自我を塗りつぶされ、消し去られる感覚。
 
 呆然と膝から崩れ落ちた男の後悔を置き去りに、放送は流れ続ける。

『……夜明けまでに……探し出されることを…………おすすめいたします…………』
 
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