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東部連合編

二つの石

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 昨日より雲が増えたのは確かだが、塔まで道を架ける程ではない。そんな不安を口にすると、「度会さんの秘密の石を侮るなかれだ」という井上に応え、当の本人が、ローブからその石を取り出した。

「任せてくれ。私が手塩にかけて作った石にかかれば、このくらいの雲で十分だよ」私も、度会に手招きされ、白透明な石に触れた。ヤスリで研磨されたかのように表面はつるつるしている。奥を見透かせはしないが、白波のような模様が内に透けている。

 直美さんも私の横まで来た。そして、もう一つの石を差し出した。形は違うが、色や性質は度会のと同じだ。度会は、新しいのを受け取ると「御影石も役目を終えた訳だ」と言った。

「やはり、私が申しました通り、二人とも無事でしたからね」
「念には念を入れてだよ。これを君に渡した時から、こうして返してもらう時を想定していた」アーヤカスとメマンベッツの二人は、私を通り越して、やり取りをする。どうやら、八丁幌か旅の序盤で約束を交わしていたらしい。直美さんは、その場にいなかった私にも御影石の説明をくれた。

「御影石は、名の通り、影つまり分身の石よ。山を渡り切るまでに、度会さんに何かあった場合に備えて、私が半分を持ってたの。これは塔に入る時に必要なものだから」
「私が得意とするのは、凝固魔法なんだ。メマンベッツではスパイを発見しただけでなく、もう一つの仕事をしたのさ」度会が胸を張った。「解体されるのに先行して、巨大温室中の湿気を集め、二つの石にした。この白石と御影石だ。どちらにも、水蒸気が詰まっている。再び湿気を吸い取り、放つことができれば、雲の出来上がりって訳だ」

 私の身体中に鳥肌が立ったのは、直美さんを近くに感じているからだ。高原や寝起きを振り返り、彼女こそが、度会の石を生かす力を宿している、と思った。
 煙幕は気体だ。煙幕魔法は、凝固魔法と隣接し、循環を作る。つまり、水の状態変化を可能にする。彼は気体を固体に凝縮するなら、彼女はあらゆるものを源に気体を放つ。脳内から睡魔を吸収し、高原で外に放ったかのように、度会の白石から湿気を吸い取り、放つことで雲を作ることができる。

 魔法も自然を操作できる訳ではない、とミズミアに来て間もない頃に聞かされたが、彼らは自然現象を作り出そうとしている。
 疑問をぶつけると、「裏の裏は表だ」と返ってきた。魔法は生態系を壊す形では機能しないが、温室自体出鱈目なわけだから、むしろ、現地メマンベッツを元の自然状態に戻しているのだ。
 おまけに、赤道から北の大地までの輸送途中の分もこの石に吸収済みらしい。元の雲と合わせれば、盆地を埋める量の確保にも、目処が立つ。日本中のどこよりもじめじめとした温室は雲海作りにもってこいで、利用しない手はなかった。度会曰く、湿気の余剰分は、熱帯に送り返すから、環境への影響は最小限らしい。

「雲を箒で突っ切るんですか?」
「そうだ。だから、ばれる心配はない」度会の顔は、奥の有葵さんを向いている。彼女は、ローブの中から、どこか見覚えのあるサテン生地の織物を取り出した。これから向き合う先では、綿菓子のような雲が連綿と続いている。過去と未来両方を勘案して、その代物の正体を特定した。ゲルで幾度となく使用したカメレオンマント雲版だ。
 
 秘密訓練の前に、マリアとともに、白い壁に紛れて、観客席に紛れ込んだ。名前の通り、雲で使うのが本来で、今回はある意味基本に戻る。応用は過去の自分が済ませている。振り返ると、放課後秘密訓練が、秘密任務の予行のように思われた。
 雲に隠れるには、白い色であれば良く、婆のマントみたいに木の葉の装飾品はいらない。身軽だからこそ、荷物の中に数を詰めることができる。アーヤカス州六つの街から一つずつ回収し、「最後の不足分は汐留君から借りた」と志筑が言った。このみの家に行った後、マリアの家から拝借してきたらしい。ミズミアに凱旋した時、師はすでにイツクンでの侵入作戦を想定していたのだ。
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