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東部連合編
永遠
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直美さんとの交代は、朧げの果てにある。記憶が戻るのは、夜が明けてからだった。夜勤をまともにこなせず、二人を危機に陥れかけた訳だから、彼らに向ける顔がなかった。
昨夜突き付けられた不安は、直美さん、左内の二人と抱えるには大きい。来たる最終決戦を、自分を変えるきっかけにしようと思った。連合には、私個人としての成長が不可欠だ。足を引っ張らないのはもちろん、何よりも、魔法の匂いを消す能力は生かされないといけない。
本番も何かの理由で人数が少ない可能性がある。三人旅は良い訓練だ。少なめに想定しておいて、同志が増えれば幸運。全員なら、勝利が手繰り寄せられる。
十分ほど歩いた先で、小河が走っていた。河は、風のように気分屋ではなく、見果てぬ先まで、地に足をつけている。
流れと適度な距離をとったのは、婆娑羅に最初襲われた場所として頭にあったからだ。水は生命の拠り所。道標になる一方で、婆娑羅も好み、治安が良いとは言えなかった。
利点を生かしながら、欠点を消すには、マントがもってこいだ。川の流れは微音を打ち消してくれるから、私達の存在を証明するものがなくなる。目にはマントが、耳には河のせせらぎが有効に働く。併用は、秘密裏に、素早くという東部連合の原則に適っていた。
反対に、河は私達からも婆娑羅を隠さないとも限らない。彼らの声や足音をかき消す。私達が利用できるものは、相手も利用できる。
重要なのは、私達が先に察知することで、幸か不幸か、その重要性は実証されることになった。
電車停の端から端くらいの距離に、彼らが現れた。紅で縁を飾った上着が、婆娑羅の証だ。予定通りのはずが、足が石のように固まった。
彼らは、辺りに睨みを利かしながら、共通の意思に沿って進んでいる。鋭い視線は、獲物を探している時のものだ。真ん中の婆娑羅が、私を向いた。彼の見えないナイフは体を突き刺し、奥まで伸びる。まるで、串刺しにされたかのようだ。左内や直美さんも動かなかった。
仲間がいる場合や引き返す場合も想定しながら、足を早めた。河は沿道の木に見送られながら流れを進めたいらしく、中々高度を上げない。
このままでは、婆娑羅不毛の地に登れないので、三人で河と別れを告げるという決断をした。
婆娑羅の相手を川に任せて、私達は樹海を登っていく。小走りを続ける上に、標高が酸素を奪うから、息が上がる。かと言って、立ち止まる訳にも、ぜいぜい息を吐く訳にもいかない。呼吸を整えながらの、自動操業が求められた。その時その時に懸命で、見えない境界線を、いつ越えたか定かではない。ある時、婆娑羅をきっぱり見なくなっていた。
遠方に尾根が姿を見せた時、希望は内から外に広がった。そのまま西を目指せば、尾根同士がつながり、北に導いてくれる。婆娑羅は振り切れていたから、無理せず頂きを目指せれば良い。その気になれば山頂に行ける状態で、道を北に北に進んだ。
翌朝、山頂に行ってみようという話になった。橙の朝焼けは、初日の出でなくとも、日を浴びたいという気を起こさせる。世界は寝静まっているという観測もあり、顔を出す勇気も然程いらなかった。念のため、木々の端で空を観察すると、山頂の晒し者になる環境は整っていた。誰も、何も飛んでない。
尾根は、木が根絶しているという意味では高原と同じだ。背の低い草が一面に茂っている。北西を隔てる斜面と先頭に突き出す岩まで、その上を駆けた。岩肌にかかる陰は薄く、足場を探すのは難しくない。肩から顔を出すまでの間、今日という世界を見ようと立ち昇る太陽の気分になった。
私は岩場の中間地点で、東の空を向いた。澄んだ空気の下に、濃緑の迷路が張り巡らされている。
南では、山並みの上に時が流れている。悠久の時の中に、自分たちがいるのだ。これまで歩いてきた道が永遠に延びており、潜り抜けてきた数々の難題を隠している。見返すからこそ、息を呑んでいられるし、達成感と自信が前を向く勇気をくれた。
前途への不安や期待を胸に、残りを登った。
岩場から顔を出した瞬間、壮大な世界への関心はどこかに消えた。それよりも、現実的と思えないものが天に延びている。北北西の彼方に立つ、黒い線だ。塔の存在を、僅かばかり忘れていたが、否応なく目に飛び込んで来た。黒糸は垂らされているのではなく、意思があるかのように、ピンと張っている。雲がところどころ姿を隠しても、一続きの大地を通して、その存在ははっきりと感じられた。
脊椎山脈は、イツクンへ蛇行せずに、真っ直ぐ北へ延びる。私達は、しばらく森に隠れられるが、いずれ保護から抜けて、答えを出さなければいけない。
西には、別の山の姿が伺える。塔は山々の中間にあり、その基礎は盆地にしっかりと根ざしていた。
昨夜突き付けられた不安は、直美さん、左内の二人と抱えるには大きい。来たる最終決戦を、自分を変えるきっかけにしようと思った。連合には、私個人としての成長が不可欠だ。足を引っ張らないのはもちろん、何よりも、魔法の匂いを消す能力は生かされないといけない。
本番も何かの理由で人数が少ない可能性がある。三人旅は良い訓練だ。少なめに想定しておいて、同志が増えれば幸運。全員なら、勝利が手繰り寄せられる。
十分ほど歩いた先で、小河が走っていた。河は、風のように気分屋ではなく、見果てぬ先まで、地に足をつけている。
流れと適度な距離をとったのは、婆娑羅に最初襲われた場所として頭にあったからだ。水は生命の拠り所。道標になる一方で、婆娑羅も好み、治安が良いとは言えなかった。
利点を生かしながら、欠点を消すには、マントがもってこいだ。川の流れは微音を打ち消してくれるから、私達の存在を証明するものがなくなる。目にはマントが、耳には河のせせらぎが有効に働く。併用は、秘密裏に、素早くという東部連合の原則に適っていた。
反対に、河は私達からも婆娑羅を隠さないとも限らない。彼らの声や足音をかき消す。私達が利用できるものは、相手も利用できる。
重要なのは、私達が先に察知することで、幸か不幸か、その重要性は実証されることになった。
電車停の端から端くらいの距離に、彼らが現れた。紅で縁を飾った上着が、婆娑羅の証だ。予定通りのはずが、足が石のように固まった。
彼らは、辺りに睨みを利かしながら、共通の意思に沿って進んでいる。鋭い視線は、獲物を探している時のものだ。真ん中の婆娑羅が、私を向いた。彼の見えないナイフは体を突き刺し、奥まで伸びる。まるで、串刺しにされたかのようだ。左内や直美さんも動かなかった。
仲間がいる場合や引き返す場合も想定しながら、足を早めた。河は沿道の木に見送られながら流れを進めたいらしく、中々高度を上げない。
このままでは、婆娑羅不毛の地に登れないので、三人で河と別れを告げるという決断をした。
婆娑羅の相手を川に任せて、私達は樹海を登っていく。小走りを続ける上に、標高が酸素を奪うから、息が上がる。かと言って、立ち止まる訳にも、ぜいぜい息を吐く訳にもいかない。呼吸を整えながらの、自動操業が求められた。その時その時に懸命で、見えない境界線を、いつ越えたか定かではない。ある時、婆娑羅をきっぱり見なくなっていた。
遠方に尾根が姿を見せた時、希望は内から外に広がった。そのまま西を目指せば、尾根同士がつながり、北に導いてくれる。婆娑羅は振り切れていたから、無理せず頂きを目指せれば良い。その気になれば山頂に行ける状態で、道を北に北に進んだ。
翌朝、山頂に行ってみようという話になった。橙の朝焼けは、初日の出でなくとも、日を浴びたいという気を起こさせる。世界は寝静まっているという観測もあり、顔を出す勇気も然程いらなかった。念のため、木々の端で空を観察すると、山頂の晒し者になる環境は整っていた。誰も、何も飛んでない。
尾根は、木が根絶しているという意味では高原と同じだ。背の低い草が一面に茂っている。北西を隔てる斜面と先頭に突き出す岩まで、その上を駆けた。岩肌にかかる陰は薄く、足場を探すのは難しくない。肩から顔を出すまでの間、今日という世界を見ようと立ち昇る太陽の気分になった。
私は岩場の中間地点で、東の空を向いた。澄んだ空気の下に、濃緑の迷路が張り巡らされている。
南では、山並みの上に時が流れている。悠久の時の中に、自分たちがいるのだ。これまで歩いてきた道が永遠に延びており、潜り抜けてきた数々の難題を隠している。見返すからこそ、息を呑んでいられるし、達成感と自信が前を向く勇気をくれた。
前途への不安や期待を胸に、残りを登った。
岩場から顔を出した瞬間、壮大な世界への関心はどこかに消えた。それよりも、現実的と思えないものが天に延びている。北北西の彼方に立つ、黒い線だ。塔の存在を、僅かばかり忘れていたが、否応なく目に飛び込んで来た。黒糸は垂らされているのではなく、意思があるかのように、ピンと張っている。雲がところどころ姿を隠しても、一続きの大地を通して、その存在ははっきりと感じられた。
脊椎山脈は、イツクンへ蛇行せずに、真っ直ぐ北へ延びる。私達は、しばらく森に隠れられるが、いずれ保護から抜けて、答えを出さなければいけない。
西には、別の山の姿が伺える。塔は山々の中間にあり、その基礎は盆地にしっかりと根ざしていた。
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