上 下
181 / 242
東部連合編

生きる

しおりを挟む
 合同葬儀に足を運ぶのは、地元出身者だけではない。紗江先生が、私達の方に駆け寄ってきた。いつもと変わらない彼女の姿に、マリアと顔を合わせた。下野横丁で共有した心配は、良い意味で当てが外れていた。
 このみが深く考えて傷つかないよう、二校のみんなと再会できた喜びを控えめに言った。それから、このみと律子を紹介した。

 メマンベッツが気がかりなのは、紗江先生も同じらしい。
 ただ、彼女の家族の無事は、確認が取れているそうで、彼女の表情には、希望も消えていない。彼女自身の言葉を身をもって体現していた。
「焼け野原になろうが、人が戻れば、またやり直せる。メマンベッツの地は、どこよりも肥沃なの」

 四家族の大所帯で帰路についても、このみの様子は変わらない。マリアがお別れの抱擁を送っても駄目だった。
 
 私は、最後の最後で、自分だからこその言葉をかけると決めていた。
 ブランコ空き地前に着くまでに、このみの近くに忍び寄る。そして、一回切りの機会が来た。

「お父さんは死んでなんかないわ。このみが忘れなければ、このみの中でお父さんは生きているの。そうやって落ち込んでるだけじゃ、会わす顔がないよ」私自身のお父さんに対する思いでもあった。思いつきではなく、時間をかけて作られた感情だ。今は無理でも、いつか、このみもきっとわかってくれる。彼女は、一応頷いて、私の目を見た。
 最初は伝わっているか不安もあったけれど、不思議と、このみと別れた後の方が、心の繋がりを感じられた。

 一仕事終えて、家についた。このみやその家族に対して、出来ることはやったと達成感に満ちている。
 このみも何とかなりそうだし、律子も元気そうだった。あずあずも、手紙から想像するに問題を抱えているようには見えない。葬儀をすっぽかすのも、ある意味で彼女らしい。
 
 となると、新しい懸念事項は、ハル君だ。
 双穴より安全な場所にいるとは言え、せめて間接的に、声を聞けるまでは安心できない。身の安全もそうだし、あの安斉という先生の見てくれが中々だったのが、引っかかる。
 二人での避難生活が災いして、彼が年上の女性に恋しないとも限らない。ハル君の心が純粋なだけ、それが心配に代わる。私を思い出してもらう為にも、早く連絡が取りたかった。あずあずには悪いけれど、不死鳥が復活したら、第一に手紙を出すのは、ハル君で決まりだ。占いのおかげで、彼女は、気分良く私を許すだろう。

 一大行事が落ち着くと、目の前に何も無いことに気づいた。学校がないし、友達に会う予定もない。家に退屈さを紛らわしてくれる人もいない。ハル君は、東に避難しているし、お母さんは、良くも悪くも、そばにいて当たり前の存在に昇進していた。

 戦いが終わるまでは、迂闊に外に出れないし、老木の中にいるのが基本線になる。
 朝昼晩を食べて、あとはリビングか自分の部屋で過ごすのでは、八丁幌の幽閉生活と変わりなかった。
 我が家は、本とかお菓子とか暇つぶしの道具が豊富で、多少の暇つぶしになるというくらいだ。
 これでは、‘健康で文化的な最低限の生活’を営むことができないと思い、老木前や池という場所の限定付きで、箒練習を許してもらった。魔法界では、最低限度の目標と指針は示されるだけではなく、実現しなければならない。

 空き日初日は、木々の合間をドライブした。
 二日目は、もう少し刺激が欲しくて、池の方を飛ぼうと思いたった。読んでいた本を枕元に置き、空模様を確認しようと、ガラス窓に向かう。見下ろせるのは、日光浴をする水面と、北別府の姿だった!

 彼は、湖畔の小道で、手招きしている。私に向けられたものだと認めるのに、一瞬の間ができた。たまたまなのか、それとも待っていたのか。どちらの可能性も頭に残しながら、階段を駆け下りた。

 「箒の練習を、ちょっと早める」母にはそう言って、老木を出た。
 
 ごまかした理由は、自分でも分からないし、ごまかせたかどうかも怪しい。畦道に入ってから、箒を持っていないと気がついた。かといって、今更引き返す気はない。残りの距離を小走りで進み、私から挨拶を切り出した。

「一昨日は、ありがとう。ミズミア正義軍を弔ってくれて。特に、向田このみ君は嬉しかったと思う」
「はい…。ただ、このみは落ち込んだままです。だから、会食の時、隅の方で座っていました」
「大丈夫じゃよ。そばにいてくれた優しさも、彼女は分かっておる。君も、彼女の純情が傷つきやすいことを分かってやって欲しい」
「もちろんです」
「今日は、どうしたんですか?」
「いや、君らの様子を伺おうと思ってね。ミズミアでの生活はどうじゃ?」
「家族や友達に会えるのは、良いもんです。外に出れないのは、退屈ですが」
「そうか、そうか」北別府は、左内を見る。
「どうだ、このままミズミアにいたいか」左内は、視線を水草の方に逸らして言った。
「八丁幌に戻るんですか」確認にしながら、半分答えを出した。私は、期限付きで、ミズミアの様子を観察しに来ていた。その約束で、志筑とともに会議場を発ったのだ。

「それはない。ただ、今の意思を聞こうと思ってね」
「正直、気が抜けていた所がありました。いつでも行けるよう、心の準備をしておきます」
「それは頼もしいが、無理強いはできん。今晩ゆっくり考えるのじゃ」北別府が言った。 
 最後に戦況を確認した。相手に押し返されている事実はないそうだ。
 再びの安心を抱きながら振り返ると、畦道の先にはお母さんが待っていた。私と正反対の表情をしている。会話を聞いてなくとも、何かを悟っていた。それは、私のことであり、私自身にも分かっていないことかもしれない。東部連合に戻るか否かという決心についてだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

魔道具作ってたら断罪回避できてたわw

かぜかおる
ファンタジー
転生して魔法があったからそっちを楽しんで生きてます! って、あれまあ私悪役令嬢だったんですか(笑) フワッと設定、ざまあなし、落ちなし、軽〜く読んでくださいな。

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

あ、出ていって差し上げましょうか?許可してくださるなら喜んで出ていきますわ!

リーゼロッタ
ファンタジー
生まれてすぐ、国からの命令で神殿へ取られ十二年間。 聖女として真面目に働いてきたけれど、ある日婚約者でありこの国の王子は爆弾発言をする。 「お前は本当の聖女ではなかった!笑わないお前など、聖女足り得ない!本来の聖女は、このマルセリナだ。」 裏方の聖女としてそこから三年間働いたけれど、また王子はこう言う。 「この度の大火、それから天変地異は、お前がマルセリナの祈りを邪魔したせいだ!出ていけ!二度と帰ってくるな!」 あ、そうですか?許可が降りましたわ!やった! 、、、ただし責任は取っていただきますわよ? ◆◇◆◇◆◇ 誤字・脱字等のご指摘・感想・お気に入り・しおり等をくださると、作者が喜びます。 100話以内で終わらせる予定ですが、分かりません。あくまで予定です。 更新は、夕方から夜、もしくは朝七時ごろが多いと思います。割と忙しいので。 また、更新は亀ではなくカタツムリレベルのトロさですので、ご承知おきください。 更新停止なども長期の期間に渡ってあることもありますが、お許しください。

今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!

れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。 父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。 メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。 復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*) *なろうにも投稿しています

処理中です...