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東部連合編

真昼のカウボーイ

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 室内生活の鬱憤を解消するには、体を動かすに限る。昼からの志筑との再戦で、その時がやってきた。
 彩粕の女勢は、続報待ちに退屈したのか、ハッカキャンディの台座を観戦席にすると宣言した。師、そして姉さん方に良いところを見せようと腕がなった。

 志筑は、いきなり強風魔法を繰り出してきた。
 最初に光操魔法という決まりはないけれど、意表を突かれたのは確かだ。
 見えない魔法であろうと、私の得意な防衛魔法をぶつける事に変わりはない。新しく学んだのは、魔法は一度交わしたら終わりではないという事で、通り過ぎた風が、数秒後に背中をそっと押した。きっと壁に跳ね返って、戻って来たんだろう。壁から距離があったのが幸いして、微風と呼べる程度だったのが救いだ。大石の授業を思い出したからこそ、戦いながらでも、僅かな変化に気づけた。(実演に選ばれた前島は後ろからライオンに襲われていた。今回は、微風がライオンにあたる)

 彼の先を行く私は、避けるだけでは終わらない。
 次の強風魔法にバノーソギノシーをぶつける。第三者は、人ではなく壁だ。正確には、志筑により近い円卓の台と背もたれだ。
 観客席の二人は、跳ね返りの強風を受けうつ伏せになり、残りのは計算通り、壁にぶつかり、親の元に向かった。彼は、ものすごい勢いで床に投げ飛ばされた。私が追加攻撃の狙いを定めきれないくらいの速さだった。
 ほぼ同時に、視界の片隅で、円卓の上空に飛来物を捉えた。彼の攻撃だろうと身構えたが、度会の新聞が宙に舞っているだけだった。二人で作った風が、背もたれを超え、薄荷キャンディ中央の大理石机に吹き下ろしたのだ。

 防衛魔法の実力に得意になっている隙に、志筑は立ち直り、杖先に光を宿した。

 ようやく光の糸のぶつけ合いが始まる。
 彼はカウボーイの投輪みたいに、空中で糸を回しながら、たまについてくる独特な調べだ。前に出る頃合いをはかっていると、積極的に攻められない。いくつか振り下ろす機会を逃したのに気づいた時には、志筑の掌の上にいた。
 糸が絡み合いそうなのに、彼は、乱れ知らずに、空気を切り裂いている。渦の中心にいるように力を増し、光の強度でそれを体現した。杖を両手で持ち、腕っぷしを込めないと攻撃を凌ぎきれなかった。
 
 光の糸同士では後退するだけで、防御盾に移行した。形成を立て直し、戦略を練る。攻撃を凌ぐだけ、すなわち防戦一方では、時間稼ぎにしかならない。戦線を維持できても、押し戻せない。戦いを終わらせる為には、攻めに転じなければならなかった。

 お宮で見学してきた魔法が思い出される。どれも魅惑的な一手で、杖主を救っていた。彼ら彼女らを輝かせていた。
 羨ましさはあるけれど、ない手札は切れない。
 自分には自分の十八番がある。防衛魔法に、光操魔法、スリップ魔法だ。
 防衛魔法を使っている今、残りの二つを生かす方法を探した。

 盾で急場を凌ぐ段階を脱しようと左右に振るも、彼の糸も追いかけてくる。彼は、私に何もさせないつもりだ。意地汚いやり口に、相手に睨みを利かせた。
 師の眼は、冷静さや余裕を保っている。見透かされた気分になると同時に、何かを試されている、訴えられているようにも感じた。持ってるもので、何が出来るのだと。

 頭に浮かんだのは、消したはずの防衛魔法だった。気づきは一瞬の発見、閃きに近い。
 このみが大切な事を教えてくれていた。最初の授業の実習で、彼女の積み木を遠くに飛ばした。私を守るだけではなく、私が秘めたものを主張するかのようだった。同じことをここで!

 無意識に行動に移した。盾で押し返して引くと、空間ができる。当然相手の風に乗った糸は、また私を狙う。魔法を切り替える余裕はないが、同じ魔法なら攻めれる。光の糸を振るみたいに、盾をぶつけた。
 すると、糸は主人に向かう。スパイのように自滅する事はなくとも、師は自分の糸をかわすのに隙が生まれた。
 そこで畳み掛けるようにスリップ魔法をかけ、相手の体勢を崩す。加えて、光の玉を相手の足に目掛けて打ち込んだ。彼は身のこなしで急場をしのいだけれど、代わりに重心を失う。水泳選手さながら、水のない床に飛び込むしかない。

 トドメを刺そうと思った矢先、彼は糸をトランポリンのように使い、バク宙して着地した。勢いは、ぴったり利用し尽くされ、彼の足元は安定していた。
 唖然とする間はない。時間を与えると、また風に乗った光の糸と相対しなければならない。意識した訳ではなく、身に染みた恐怖から身体が動いた。

 実際の練習はここまでだ。志筑は、私に満足したのか、整理運動に入ろうとした。光の糸の精度を段々弱めていくのに、私も応えた。

「見事よ!」彩粕の姉さん方の声がした。その奥では、度会や井上、左内までもが、ハッカキャンディ越しに立ち上がり、拍手を送ってくれた。
 志筑自身も、バノーソギノシーを遠回しに本人に使うのは初めて見た、と舌を巻いた。私もお返しに、光の糸を体勢維持に使うなんて目から鱗だ、と賞賛を送る。

 本当は、それ以上に、私を襲った光の糸が強烈に焼き付いていた。糸の重みやキレは、ゲル練の時と別人だった。あの時の志筑は、全力じゃなかったに違いない。マリアと一緒に横振りを食らっても、役場決戦での余力を残していたが、今回は、身体がくたびれてしまっている。
 スパイを倒せたのは、私達の到着前に、敵の体力がすり減っていたからだと思い知った。マリアだけでなく、志筑の力なくしては、倒せなかった。敵の恐ろしさを今になって知った。私一人で事を成せるなんて思い上がりなんだ。

 自分は発展途上だと気付かされたと同時に、達成感もあった。防衛魔法を攻めの手で使えば、相手も思い通りに攻めて来られない。どんな相手であろうと、自分のが力を増して返って来ないか、と過度の慎重を植え付けることができる。
 自分で考えた技だから、応用が利きそうだし、バノーソギノシーと違って一対一でも役に立つ。

「君に教えられる事を一つだけ」志筑が、頬や首筋に汗を滴らせながら言った。戦いの時の真剣な表情は崩れ、安堵や平穏を吐露している。私は謙遜でも何でもなく、首を振った。
「ぜひ、お願いします」言葉と共に、目線でも教えを請うた。
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