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東部連合編
十八番
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西への派遣に対する楽観的な雰囲気は私のそばにも漂うけれど、発信源との大きな違いに気づいた。
延永将軍は浄御原に残留を命じる際、自分の残留も告げていた。不参加こそ、ご気楽を助長しているに決まっている。西にどんな困難が待っていようと、自身は最後まで安心の立場にいるのだ。
一方、他のみんなは着実に出発の日に近づいている。
ミズミアに帰らず、アーヤカスにも残らない人は、西へ旅立つのを期待されている。特に私に関しては、参加前提で話が進んでいる気がした。バレないように、敵の懐に忍び込むという性格を持つのは、私だけだからだ。この作戦に、素人界に長年避難していた玄人が必要だという認識は、骨の髄まで染み渡っていた。
私というヒロインがいる神話の正体は、戦乱の前日譚だ。大切な人とつく祝いの席はなく、恐怖や葛藤が待ち受けている。
冷気は底に溜まっていて、遠くからはわからない。足を踏み入れて初めて、現実と向き合う。暖かな夢見心地な世界だけを見ていたから、今までの肌感覚と現実との差に、身が震えた。
想像の世界に身を置くままではいられない。私が何もしないのは、見殺しに等しい。卑怯な延永に限らず、大多数は西への派遣に前向きでいる。そして、ミズミアの人が戦いに巻き込まれる中、選ばれし私に限ってぬくぬくと、退屈な日々を過ごして良いものか。
彩粕に留まるとなれば、それはそれで心苦しい。引くも地獄、進むも地獄だ。
延永筆頭の遠征派は、作戦の準備に取り掛かる。会議場の谷底で杖の実戦は、左内対井上戦からだ。戦わないものは、見学に回る。
左内の得意技は、隠れ魔法だった。
私がミズミアに戻る前に、大石が防御魔法の授業で、扱っていたらしい魔法だ。まさかアーヤカスの地で、左内の手によって、お目にかかるなんて思いもしなかった。
隠れ魔法は事前準備がいるから、時間がかかると習ったが、実際は違った。左内は、姿を消したと思ったら、あっという間に井上の背後を取った。
彼は、シルクハットの背中に、光の糸を見舞う。
もしや、志筑との練習における私にあたるのが、井上かもしれない。苦い思い出が、自身を井上と同化させる。
ただ、相手が志筑ではないという事を、忘れていた。左内では、ミズミア二校の教授と比べて格が落ちるのかもしれない。彼の糸は、絶好の機会にもかかわらず、井上を外し、地面を打った。
井上に隙を与えると、攻めは一からやり直しだ。
すなわち光の糸をぶつけ合い、間合いを詰める段階に戻る。失敗を引きずった左内は、光操魔法でも苦戦し、隠れ魔法を避難の為に使うしかない。もう一度、背後をとっても、同じ事の繰り返しで、結局引き分けのまま、実戦は終わった。
「痺れをきたした割には、よく耐えたな」一礼の後、井上が言った。
「当たり前だ。あんたも、私が隠れ切る前に、ご自慢の魔法を命中させるなんて、運が良かったじゃないか」左内も負けじと言い返す。ただ、右手を宙で振り、麻痺か疲れかを隠せていなかった。
「たまたまみたいに言うなよ。君であろうと、わずかな隙はできる。そこをついたんだ」今度は、苦笑を交わし、互いの実力を確認しあった。
どこか抜けてる井上だから、左内のミスに助けられたと思ってたら、それは大間違いだった。
彼の十八番である痺れ魔法こそが、敵の力を削いでいたのだ。むしろ、隠れ魔法があったおかげで、左内が耐え凌いだと言っても過言ではない。痺れ魔法が手に命中すれば、何も出来ず、攻められるのを待つしかない。その間、魔法は使えず、無防備になってしまう。
そんな魔法を隠れや光操魔法で耐え凌いだ左内も、相当な実力なのかもしれない。そして、彼が言っていた言葉も、ハッタリだと思えなかった。左内が隠れ切る前に、痺れが命中していなければ、井上こそ背後から一発食らっていたはず。初見の私からみたら、隙は感じられないに等しかったから、十分にあり得る事だ。
魔法一つが掠るか、どうか。そういう紙一重な所で、勝負が決する。すなわち生きるか死ぬかを左右する。これから向かうのは、そんな世界だ。
練習見学が終わり、円卓に戻ったが、新たな報せはなかった。
小笠原さんは書物で自己研鑽、度会は新聞で情報確認、志筑と東田さんという珍しい組み合わせは魔法界の地図を見ての話合いと、それぞれの活動に精を出している。延永将軍や番兵は、またもや席を外していた。
私も席に着き、度会のように新聞を手にとった。
ただ、身体の興奮を脳が覚えていて、字面を追う気分じゃない。
薄荷キャンディ椅子で何もせず、ぬくぬく過ごすのも良心の呵責に苛まれる。西方に向かう準備をしている時が、一番しっくりくる。遠征は、芽湖で戦うのと同じくらい危険ではあるが、自分向きの道でもある。道幅の違いこそが、自分の存在価値を生む。細い道なら、誰にも気づかれずに、敵のアジトに忍び込むという連合の使命に貢献できるかもしれない。
延永将軍は浄御原に残留を命じる際、自分の残留も告げていた。不参加こそ、ご気楽を助長しているに決まっている。西にどんな困難が待っていようと、自身は最後まで安心の立場にいるのだ。
一方、他のみんなは着実に出発の日に近づいている。
ミズミアに帰らず、アーヤカスにも残らない人は、西へ旅立つのを期待されている。特に私に関しては、参加前提で話が進んでいる気がした。バレないように、敵の懐に忍び込むという性格を持つのは、私だけだからだ。この作戦に、素人界に長年避難していた玄人が必要だという認識は、骨の髄まで染み渡っていた。
私というヒロインがいる神話の正体は、戦乱の前日譚だ。大切な人とつく祝いの席はなく、恐怖や葛藤が待ち受けている。
冷気は底に溜まっていて、遠くからはわからない。足を踏み入れて初めて、現実と向き合う。暖かな夢見心地な世界だけを見ていたから、今までの肌感覚と現実との差に、身が震えた。
想像の世界に身を置くままではいられない。私が何もしないのは、見殺しに等しい。卑怯な延永に限らず、大多数は西への派遣に前向きでいる。そして、ミズミアの人が戦いに巻き込まれる中、選ばれし私に限ってぬくぬくと、退屈な日々を過ごして良いものか。
彩粕に留まるとなれば、それはそれで心苦しい。引くも地獄、進むも地獄だ。
延永筆頭の遠征派は、作戦の準備に取り掛かる。会議場の谷底で杖の実戦は、左内対井上戦からだ。戦わないものは、見学に回る。
左内の得意技は、隠れ魔法だった。
私がミズミアに戻る前に、大石が防御魔法の授業で、扱っていたらしい魔法だ。まさかアーヤカスの地で、左内の手によって、お目にかかるなんて思いもしなかった。
隠れ魔法は事前準備がいるから、時間がかかると習ったが、実際は違った。左内は、姿を消したと思ったら、あっという間に井上の背後を取った。
彼は、シルクハットの背中に、光の糸を見舞う。
もしや、志筑との練習における私にあたるのが、井上かもしれない。苦い思い出が、自身を井上と同化させる。
ただ、相手が志筑ではないという事を、忘れていた。左内では、ミズミア二校の教授と比べて格が落ちるのかもしれない。彼の糸は、絶好の機会にもかかわらず、井上を外し、地面を打った。
井上に隙を与えると、攻めは一からやり直しだ。
すなわち光の糸をぶつけ合い、間合いを詰める段階に戻る。失敗を引きずった左内は、光操魔法でも苦戦し、隠れ魔法を避難の為に使うしかない。もう一度、背後をとっても、同じ事の繰り返しで、結局引き分けのまま、実戦は終わった。
「痺れをきたした割には、よく耐えたな」一礼の後、井上が言った。
「当たり前だ。あんたも、私が隠れ切る前に、ご自慢の魔法を命中させるなんて、運が良かったじゃないか」左内も負けじと言い返す。ただ、右手を宙で振り、麻痺か疲れかを隠せていなかった。
「たまたまみたいに言うなよ。君であろうと、わずかな隙はできる。そこをついたんだ」今度は、苦笑を交わし、互いの実力を確認しあった。
どこか抜けてる井上だから、左内のミスに助けられたと思ってたら、それは大間違いだった。
彼の十八番である痺れ魔法こそが、敵の力を削いでいたのだ。むしろ、隠れ魔法があったおかげで、左内が耐え凌いだと言っても過言ではない。痺れ魔法が手に命中すれば、何も出来ず、攻められるのを待つしかない。その間、魔法は使えず、無防備になってしまう。
そんな魔法を隠れや光操魔法で耐え凌いだ左内も、相当な実力なのかもしれない。そして、彼が言っていた言葉も、ハッタリだと思えなかった。左内が隠れ切る前に、痺れが命中していなければ、井上こそ背後から一発食らっていたはず。初見の私からみたら、隙は感じられないに等しかったから、十分にあり得る事だ。
魔法一つが掠るか、どうか。そういう紙一重な所で、勝負が決する。すなわち生きるか死ぬかを左右する。これから向かうのは、そんな世界だ。
練習見学が終わり、円卓に戻ったが、新たな報せはなかった。
小笠原さんは書物で自己研鑽、度会は新聞で情報確認、志筑と東田さんという珍しい組み合わせは魔法界の地図を見ての話合いと、それぞれの活動に精を出している。延永将軍や番兵は、またもや席を外していた。
私も席に着き、度会のように新聞を手にとった。
ただ、身体の興奮を脳が覚えていて、字面を追う気分じゃない。
薄荷キャンディ椅子で何もせず、ぬくぬく過ごすのも良心の呵責に苛まれる。西方に向かう準備をしている時が、一番しっくりくる。遠征は、芽湖で戦うのと同じくらい危険ではあるが、自分向きの道でもある。道幅の違いこそが、自分の存在価値を生む。細い道なら、誰にも気づかれずに、敵のアジトに忍び込むという連合の使命に貢献できるかもしれない。
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