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東部連合編
増援
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「皆に、残念な報せだ」言葉が途切れ、代わりに乾いた視線が謁見組を一周した。
「今朝、七時五十八分、メマンベッツ東部を旗軍が侵攻した」刻まれた時間が、事実を刻銘に浮かび上がらせる。
「やはり、言ったとおりです。こんな所にいる場合じゃない」皆が言葉を失う中、浄御原が声を上げた。
「勝手にしろ、と言いたいのは山々だが、そういう訳にもいかない。まぁ、話を聞くんだ」将軍も、応戦する。彼は丸めていた羊皮紙を広げた。黒の列が走っている。きっと筆記体で書き殴られた文字で、緊迫した状況が現れている。
「メマンベッツ東端、信濃小路の朝市を狙った奇襲攻撃がありました。双穴の一件以来、警備を増強していましたが、何とか耐えるのに四苦八苦という状態です。州内で派遣を要請するも数が足りず、ミズミアに力を貸して欲しい旨の連絡を受けました。軍内の不協和音が治らないうちの攻撃で、このままだと、ミズミア含め芽湖が危ういです。
外圧を加えて変化をもたらさない訳にはいきません。北別府氏とも協議の上、ミズミアからも派兵を決定致しました。戦線をメマンベッツで食い止めなければなりません。今回は、私庄司が双穴で指揮をとり、北別府は援軍として現地に加勢します。今後の情勢次第ではありますが、彩粕軍派遣の検討をお願い致します。またそちらに置かれましては、私達にお構いなく、例の件を進めてください。
皆様のご健勝を祈って ミズミア将軍 庄司美奈」
結びの祈りの言葉はどこか他人行儀で、私達の間にできた深い溝を表していた。手紙という形式の堅苦しさもあるけれど、彼女側が運命への悲観や緊張から距離を作っている。ハル君に対する私に近いものがあるから、勘付くものがあった。
彩粕で話されていた事が、そのまま現実になった。悪夢は既に骨格を備えている。
「という事だ。来る時が来てしまった」回し読みの後、延永将軍が言葉少なに顔を上げる。
「少し空いたから、もしかしたらと思ったが、甘かったか」左内が淡々と言った。
「我が軍の派遣はどう致しましょう?」小笠原さんが、将軍を見て言った。促しているようにも聞こえた。
「招集し、準備を始めよう」
「派遣は、いつですか?」曖昧な回答に、東田さんが食い込む。彼女の手は、私の背中に添えられている。
「手紙の通りだ。手こずっているようなら派遣する」
「そんな…。メマンベッツの方たちが戦うというのに」
「気持ちは十分に分かる。ただ、現実には、軍員たちを納得させる必要がある。メマンベッツだけでなく、アーヤカス軍まで空中分解したら大変だ」彼の主張は、謁見前の東田さんの言葉を思い出させた。同じ言葉の反復は、ある種の真実味を作り上げる。私は、騙されたりはしないが、口を噤ませるくらいの効果はあった。
「正直言って、アーヤカスはミズミアより距離があるから、今はそこまで鬼気迫るものを感じないだろう」
「延永さんが命令すれば動くんでは?」
「大方は動きはするだろう。だが、それでは軍員の本来の力を引き出せん。個々人がその必要に迫られ、心技体一致しなければいけない」
「そんな悠長なこと言わないでください。庄司さんや北別府さんはもう行ってしまったんです」名も知らない兵士ならまだしも、同じ時間を共にしてきた彼女に何かあったら、と考えると居ても立ってもいられなかった。
「なるべく早く出す。それに、彼女を見くびり過ぎだよ。女将軍は、君が思ってるほど、やわじゃない」
「そんな風に思ってませんよ」
「じゃあ、庄司美奈やミズミア軍を信じるんだ。自分だって、役場決戦に未成年二人で乗り込んで、なんとかなったじゃないか」
「あの時は、敵が一人と一匹でした。今回は、そうはいきません…」
将軍の言い方が気に入らなかった。私は病院送りになるし、真莉愛も危うく光の糸をもろに食う所だった。聞き流したのは、これ以上続けても庄司リーダーを悪く言ってるように聞こえるだけだからだ。彼女には、敬意や信頼を抱いていたし、周りに誤解を与えるのは我慢ならない。
「各街に、一報入れた方がよろしいでしょうか?」小笠原さんが言った。彩粕将軍が頷いたので、彼女は薄荷キャンディから抜けた。
「いつでも行ける準備をする旨、伝えておくんだ」
「本当に旗軍に取り込まれるほど、腐っていたなんて」井上が呟いた。頭の上のシルクハットは、主人に同調するかのように、型崩れしている。
「だからこそ、いきなり信濃小路まで来れたんだ。西部、中部をすっ飛ばして、メマンベッツの東部に」
「いずれは、魔法界東部全体を巻き込むつもりですよ」東田さんが言った。
「やはり、芽湖そして東部の存亡の為に、私達も立ち上がらなければ」浄御原は、自案を曲げない。誰一人からも援護射撃されないけれど、一部真実を突いているようにも思えた。
「今朝、七時五十八分、メマンベッツ東部を旗軍が侵攻した」刻まれた時間が、事実を刻銘に浮かび上がらせる。
「やはり、言ったとおりです。こんな所にいる場合じゃない」皆が言葉を失う中、浄御原が声を上げた。
「勝手にしろ、と言いたいのは山々だが、そういう訳にもいかない。まぁ、話を聞くんだ」将軍も、応戦する。彼は丸めていた羊皮紙を広げた。黒の列が走っている。きっと筆記体で書き殴られた文字で、緊迫した状況が現れている。
「メマンベッツ東端、信濃小路の朝市を狙った奇襲攻撃がありました。双穴の一件以来、警備を増強していましたが、何とか耐えるのに四苦八苦という状態です。州内で派遣を要請するも数が足りず、ミズミアに力を貸して欲しい旨の連絡を受けました。軍内の不協和音が治らないうちの攻撃で、このままだと、ミズミア含め芽湖が危ういです。
外圧を加えて変化をもたらさない訳にはいきません。北別府氏とも協議の上、ミズミアからも派兵を決定致しました。戦線をメマンベッツで食い止めなければなりません。今回は、私庄司が双穴で指揮をとり、北別府は援軍として現地に加勢します。今後の情勢次第ではありますが、彩粕軍派遣の検討をお願い致します。またそちらに置かれましては、私達にお構いなく、例の件を進めてください。
皆様のご健勝を祈って ミズミア将軍 庄司美奈」
結びの祈りの言葉はどこか他人行儀で、私達の間にできた深い溝を表していた。手紙という形式の堅苦しさもあるけれど、彼女側が運命への悲観や緊張から距離を作っている。ハル君に対する私に近いものがあるから、勘付くものがあった。
彩粕で話されていた事が、そのまま現実になった。悪夢は既に骨格を備えている。
「という事だ。来る時が来てしまった」回し読みの後、延永将軍が言葉少なに顔を上げる。
「少し空いたから、もしかしたらと思ったが、甘かったか」左内が淡々と言った。
「我が軍の派遣はどう致しましょう?」小笠原さんが、将軍を見て言った。促しているようにも聞こえた。
「招集し、準備を始めよう」
「派遣は、いつですか?」曖昧な回答に、東田さんが食い込む。彼女の手は、私の背中に添えられている。
「手紙の通りだ。手こずっているようなら派遣する」
「そんな…。メマンベッツの方たちが戦うというのに」
「気持ちは十分に分かる。ただ、現実には、軍員たちを納得させる必要がある。メマンベッツだけでなく、アーヤカス軍まで空中分解したら大変だ」彼の主張は、謁見前の東田さんの言葉を思い出させた。同じ言葉の反復は、ある種の真実味を作り上げる。私は、騙されたりはしないが、口を噤ませるくらいの効果はあった。
「正直言って、アーヤカスはミズミアより距離があるから、今はそこまで鬼気迫るものを感じないだろう」
「延永さんが命令すれば動くんでは?」
「大方は動きはするだろう。だが、それでは軍員の本来の力を引き出せん。個々人がその必要に迫られ、心技体一致しなければいけない」
「そんな悠長なこと言わないでください。庄司さんや北別府さんはもう行ってしまったんです」名も知らない兵士ならまだしも、同じ時間を共にしてきた彼女に何かあったら、と考えると居ても立ってもいられなかった。
「なるべく早く出す。それに、彼女を見くびり過ぎだよ。女将軍は、君が思ってるほど、やわじゃない」
「そんな風に思ってませんよ」
「じゃあ、庄司美奈やミズミア軍を信じるんだ。自分だって、役場決戦に未成年二人で乗り込んで、なんとかなったじゃないか」
「あの時は、敵が一人と一匹でした。今回は、そうはいきません…」
将軍の言い方が気に入らなかった。私は病院送りになるし、真莉愛も危うく光の糸をもろに食う所だった。聞き流したのは、これ以上続けても庄司リーダーを悪く言ってるように聞こえるだけだからだ。彼女には、敬意や信頼を抱いていたし、周りに誤解を与えるのは我慢ならない。
「各街に、一報入れた方がよろしいでしょうか?」小笠原さんが言った。彩粕将軍が頷いたので、彼女は薄荷キャンディから抜けた。
「いつでも行ける準備をする旨、伝えておくんだ」
「本当に旗軍に取り込まれるほど、腐っていたなんて」井上が呟いた。頭の上のシルクハットは、主人に同調するかのように、型崩れしている。
「だからこそ、いきなり信濃小路まで来れたんだ。西部、中部をすっ飛ばして、メマンベッツの東部に」
「いずれは、魔法界東部全体を巻き込むつもりですよ」東田さんが言った。
「やはり、芽湖そして東部の存亡の為に、私達も立ち上がらなければ」浄御原は、自案を曲げない。誰一人からも援護射撃されないけれど、一部真実を突いているようにも思えた。
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