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東部連合編

ひとりの帰還

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「それじゃあ、変な事を突き止めない方が良かったかもしれん」中央決戦を念頭に、度会が言った。
「そんな訳はないですよ。どのみち、時を置いて、ミズミアを狙ってきたと思います。徐々に彩粕まで侵食する、従来の方針が継続されるだけです。それで尻尾を掴まれたら、次の手を打てば良いというやり方です。その時、メマンベッツ軍の内部に不和が起きることも織り込み済みでしょう」庄司さんは、彼を擁護した。一連の調査に導いた事の責任を果たそうとしているようだった。

 延永は、具体的な方策を考えていた。ミズミアに残る人達にも関わる重大な要請が、私達謁見組に突きつけられた。
 要請の対象は、庄司さんだ。ミズミアの長が、戦いに備えて、一旦ミズミアに帰ることになった。
 アーヤカス軍協力への新たなる条件とも捉えられ、無下にはできない。誰も、余計な口は開かなかった。

 帰還は、私達謁見組には痛手で、故郷の人達には朗報なはずだ。けれど、謁見自体が極秘だから、気づかない人が殆どだろう。彼らは、彼女が近くに居ることに何の疑念も持たない。そもそも、彼女が彩粕に行ったことを知らないのだ。

 軍長が帰るほど差し迫った状態なのか。秘密部隊があるとして、そこに彼女はいるのか。
 突然の提案と決定を頭の中で、整理できない。
 次に彼女と会うのはいつだろう、という疑問には、永遠のお別れ、という選択肢がついて回った。

 将軍は、ハッカキャンディの台から降りると、白の谷底にフラワープを置いた。

「フラワープの片方は、ミズミアの宮に置いてありますので、ご安心を」
「ありがとうございます。仕事がお早いこと」庄司さんの言葉は、皮肉めいて聞こえた。誰かしらの帰還が、想定されていたことは間違いない。
「いやいや、元々置いてあった物ですよ。ミズミアの各街にフラワープを常備してあるんです。前回は、双穴のを使いましたから、隣町のが適当かなと」
「そうですか、失礼しました。ご配慮に感謝します。フラワープの方が穏便に移動できますから」
「ええ。とはいえ、道中は気を付けてください」
「ありがとうございます。援軍の方、よろしくお願いします」
「もちろんです。アーヤカスもミズミアも目指すところは同じですから」

 庄司さんのお見送りは感傷的な雰囲気にはならなかった。行き先がまともなだけに、緊張の中に安心が混ざり合っている。
 会議場が出発点ならば、フラワープが館外から見えないし、彼女には好都合だ。
 そして、館内のお別れは、私達へのメッセージでもあった。これからは、旅館ではなく、宮が私達の家になる。外に出る必要はない、極力目立たないようにという方針が表れていた。

 将軍自身が宿泊部屋への案内役を買って出た。彼を先頭に、会議堂の階段を登り、吹き抜け部屋を通り、浄御原のいる控え室の前に来た。相変わらず、番兵が二人ついていた。
「ここをそのまま、浄御原さんの部屋にします。用があれば、こちらで話しが出来ます。逃亡対策でお二人がついていますが、中では自由にされていますので、ご安心を。では、先に行きましょう」彼は、当たり前のように、物件案内を行った。
 天井は、持主の声を響かせるのに、十分な高さだ。玄関やハッカキャンディまで一続きで、厳かな空気が循環している。お宮のどこにも重厚感があった。

 廊下の半ばで左に折れると、小道が奥まで延びていた。左右に扉があり、二〇一とか二〇二とか数字が書かれている。向こうの集合住宅と同じで、部屋番号だろう。末尾の四を縁起が悪いとする習慣はないようで、二〇四号室も存在し、私の部屋になった。
 
 扉の奥は短い廊下で、その先に八畳ほどの部屋が待っている。旅館の個部屋と大差ない広さだが、一つ違うのは、廊下の上がベッドになっていることだ。部屋入り口脇の梯子を登ると、高い位置で、体を休めることができる。
 ちょうど、カプセルホテルのような密閉感があり、落ち着けるが、一人になったらなったで、これからの不安に襲われた。
 メマンベッツが魔法界の火薬庫になるかもしれない。(ミズミア西部)睦水の基地からはひとっ飛びでメマンベッツの温室までたどり着いた。寄り道は、少し逆を辿れば、戦線がミズミアに入る事を教えている。私の故郷も、火の粉が飛ぶどころの話ではなくなるのだ。

 芽湖(メマンベッツーミズミア)間に広がる緑と青は、悠久のものだった。通りすがりの私達を、優しい風で包んでくれた。戦火で燃ゆる赤は、これっぽっちも似合わなかった。
 未来においても、きっとそうだ。今回のは、あくまで、慎重に慎重を重ねた対応に過ぎない。庄司さんはすぐ帰ってくる。それか、私達がミズミアに戻ってみせる。
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