上 下
148 / 242
東部連合編

捨て身

しおりを挟む
「お一人で、ご苦労かけました」庄司さんが、秘密任務の功を労った。
「ほんと、その通り。あからさまな調査はできないし、周りの目はあるしで骨が折れたよ」度会は、顔に達成感を滲ませたが、すぐに真顔になった。右袖をまくり、茶色く日焼けした腕を皆に見せた。
「どうしたんですか?」
「魔法痕を自分の体に刻みこんだ。腕に治癒魔法をかけさせて、皮膚と温室の魔法痕が一致するか見るんだ」
「なんて危険なんでしょう。我々の勝手なお願いに、身を削って頂いたなんて」
「いやいや。あくまで後遺症が残らない程度にね」度会が言う。「意図に気付かれる心配もあったけど、真っ当な戦士に囲まれては、向こうも思い切れない」
「わかりませんよ。周りに裏切り者が固まっていたかもしれません」
「確かにそうだな。多少向こう見ずでいれたのが、幸いしたかもしれん。他に方法が思いつかんかったしな」度会本人は、過ぎた事として、吹っ切れている。

「体の方が、あからさまに疑えないし、判断を急かしますからね」東田さんが指摘する。
「そう、その通り。元々、コウモリや練習場の保全回復に治癒魔法やその類推が使われたのでは、と推測があった。違和感なく同じ魔法を使わせる為に、利き手の不調を訴えた訳だ」
「芝居が上手かったんでしょうね。相手も警戒していたと思います」
「私の演技もあるけど、小道具も使ったよ」彼は元気になった右手で、ご飯ガムを取り出した。澄んだ黄色の包装は初御目見得であっても、形状と包装模様で正体は明らかだ。秘密ゲル練の時、観客席の裏でお世話になった代物の、姉妹品だ。

「バッタの唐揚げ味だ。これ五本食らう度に、体調を崩して説得力が出る。副作用も甚大だ。現に数回失敗して、ひどい有様だった」

「笑い話に出来る程度には回復してるみたいですね」
「ようやくだよ。向こうにいる時分は、起きているのもやっとだった。ミズミアやアーヤカスに引き取ってもらえて良かったよ」
「北別府さんから連絡がありましてね。私達が度会さんを保護した方が安全ではないか、と申し出た訳です」延永将軍が落ち着き払って言った。

「芽満別の他の方には、バレなかったんですか?」
「たぶん、大丈夫。まぁ、こうして高飛びした事で、周りは何かしら勘付くでしょうがね。あいつも、××派の一味じゃないかって」本人は、軍員の誰かになりきって言った。自身に悪態をつきながら、ほくそ笑んでいる。

「彼らに彩粕から風の便が届きますよ。あなたの思いを乗っけて」井上が励ました。「温室での様子も、それほど深刻ではなかったし、大丈夫」
「それを祈りますよ。ただ、普通を装っても、心の中は穏やかじゃなかったはずです。自分らの土地で、不穏な動きがあった訳ですから」
「加えて、軍内部に、黒い人間との関わりがあったとなれば、信頼関係が崩れかねません。味方に疑心暗鬼では、十分に力を発揮できない」左内は、度会に同調する。

「心配無用さ。そうなりゃ、ミズミアやアーヤカスが、メマンベッツを支援するまでよ。俺たちがここに来たみたいに、ミズミアだって助ける側に回るんだ」井上が胸を張って言った。

「それも、後ろで糸を引く奴らの狙いかもしれない」将軍が戒める。静閑さに、厳格さが内包され、まるで北別府が諭す時のような口調だ。
「どういう事ですか?」
「東部正義軍が中央部に誘き寄せられる。我々も敵も、メマンベッツに勢揃いって訳だ。目も開けられないような、酷い状態になる。お互いが完全武装でぶつかり合うんだから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

魔道具作ってたら断罪回避できてたわw

かぜかおる
ファンタジー
転生して魔法があったからそっちを楽しんで生きてます! って、あれまあ私悪役令嬢だったんですか(笑) フワッと設定、ざまあなし、落ちなし、軽〜く読んでくださいな。

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

欲しいのならば、全部あげましょう

杜野秋人
ファンタジー
「お姉様!わたしに頂戴!」 今日も妹はわたくしの私物を強請って持ち去ります。 「この空色のドレス素敵!ねえわたしに頂戴!」 それは今月末のわたくしの誕生日パーティーのためにお祖父様が仕立てて下さったドレスなのだけど? 「いいじゃないか、妹のお願いくらい聞いてあげなさい」 とお父様。 「誕生日のドレスくらいなんですか。また仕立てればいいでしょう?」 とお義母様。 「ワガママを言って、『妹を虐めている』と噂になって困るのはお嬢様ですよ?」 と専属侍女。 この邸にはわたくしの味方などひとりもおりません。 挙げ句の果てに。 「お姉様!貴女の素敵な婚約者さまが欲しいの!頂戴!」 妹はそう言って、わたくしの婚約者までも奪いさりました。 そうですか。 欲しいのならば、あげましょう。 ですがもう、こちらも遠慮しませんよ? ◆例によって設定ほぼ無しなので固有名詞はほとんど出ません。 「欲しがる」妹に「あげる」だけの単純な話。 恋愛要素がないのでジャンルはファンタジーで。 一発ネタですが後悔はありません。 テンプレ詰め合わせですがよろしければ。 ◆全4話+補足。この話は小説家になろうでも公開します。あちらは短編で一気読みできます。 カクヨムでも公開しました。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

処理中です...