130 / 242
東部連合編
巨大温室
しおりを挟む
井上のシルクハットは、ようやく役目を果たす時が来た。
私の知る限り、彼は四六時中帽子を被るけれど、やはり太陽を浴びている時がしっくりくる。愛好品を自分の目印に設定できる者は、大地と大空の間を通り抜ける風のように、いつでも検査を通過できる。検閲の対象として認められる程、彼の趣味は独特だった。
一方で、左内さんは、風で体にまとわりつくフーディを煩わしそうにしている。
彼は、魔法界では正常の趣向で、ローブを好む。歩行時は気にならなくとも、箒の上では、我慢ならないようだ。不幸な事に、フーディは私のリュックサックや浄御原の黄色いハンカチのように、基地に留守番させたり、ポケットに隠したりできない。素人風情で魔法使いを続ける他なかった。
芝生の上で、緑の羊が列をなす。可愛らしい正体は、葉をパンパンに茂らせた樹木の大群だ。一団毎に緑の差異が鮮明で、家族ごとに集まっているように見える。全体の中でこそ、それぞれの個性がより引き立った。
ぽつぽつある萩色の区画は、進路を阻むバンカーに相当する。ミズミアらしく池や湖まで顔を出すから、芽湖間はゴルフ場のコースさながらだ。
果てしない大地と空は、白い雲とその下の山を挟さみ込む。
浄御原の夙川庭園に関する言葉は、魔法界中央にも当てはまるようで、メマンベッツまでの道中も、団長な景色がしばらく続いた。
やがて、湖庵を出た現れか、だんだんと湖が姿を見せなくなり、代わりに、川が快晴を楽しむように、身をよじらせ始めた。
細長い流れは、恵の水を山から湖に運んでいる。私達とは逆方向だが、道が通っていれば関係ない。川は一つの道標で、その先は、私たちの目的地に延びている。
目当ての物は、山の入り口にお出ましだ。扇状地の中程に、格子組の箱が組み込まれている。ガラスの壁は近づく者に太陽光を跳ね返すが、熱帯植物を隠すのには失敗していた。
昨日朝刊の写真と照合して、収納箱を大きくしたような外形から、対象をいち早く特定できた。遠巻きの裸眼は、グラビアページより画素数の少ないが、恐怖を感じるには十分だ。
箱は露である。フラッグスの隠蔽工作を掻い潜っているからこそで、秘密の温室が正義軍の支配下にある証拠だ。
ただ、そう頭では分かっていても、高度を下げて行くと、平穏ではいられない。初めて足を降ろしたメマンベッツの地は、ついこないだまで敵の息がかかっていた地でもある。足元の砂利を踏みしめながら、ガラス越しに、ささくれた緑の翼と対峙した。
こいつらは、メマンベッツの象徴のような見てくれをしておいて、むしろ、千種の植物の敵だ。大きな葉の下に、コウモリや忌まわしい武器を隠している。人工の産物は、欠陥がなくとも、全身で全てを語っていた。
入り口は、田園地帯お馴染みのビニールハウスのと同じくらいの大きさで、警備は二人が突っ立っていれば足りた。私は、面識のある軍人の可能性を疑い、顔を凝視したが、誰だか見当がつかない。向こうも、私だけでなく、左内達をも知っている素ぶりを見せなかった。
それもそのはず、胸元で輝くローブの紋章は、水飛沫の花びらとは似ても似つかない模様だ。三角形の幹に、五色の葉っぱが扇子のように並んでいる。幹は、アイスクリームのコーンをひっくり返したようで、遊び心が溢れている。場所がら、ミズミアでないとすれば、どこの軍のマークか明らかだった。
検査官は、例の一振り魔法をかけ、関係者本人かどうか調べ始めた。二重検査は難なく終わった。
ゲルのようなヒラヒラ扉を開けながら、ロイド眼鏡の検査官は、「堂々と、フーディーやセーターでいらっしゃるからには、真っ当な方だと思ってました。悪さを働こう者は、それなりの身なりでごまかそうとしますから」と鋭い読みを披露した。
目ではなく、肌で一番に異変を感じとった。
真夏の寝床のように、湿り気が全身にまとわりつく。入り口は二重扉で、間の蛇腹の空間には、内外の空気が入り混じっていた。温度調整がされているからこそ、外の検査官は、難なく立っていられたようだ。
「二ヶ月先の暑さだぜ」と殺風景の終盤で、浄御原が言った。左内さんはローブを着て来なくて良かったと考え直しているかもしれない。役立つアイテムは、日よけになる井上のシルクハットくらいだ。
奥の開き戸の向こうは、外の空気で中和されない分、まるで蒸し風呂の中だ。脳が生命危機の信号を無視するのは、視覚のからの情報が強烈だからに他ならなかった。鮮やか過ぎる青緑が、どこからともなく、葉を広げている。葉の量からしても、延びる方向(四方八方)からしても、緑が邪魔をして、その起源である幹や茎を追う事ができない。
苔の生えた石の列が、かろうじて二本の道を示している。(ただ、上からは緑がお辞儀し、足元は整備されないままだから、道と呼ぶのには留保が必要だ)格子の入った天井だけが、ここは温室施設だという事実に立ち返らせた。
先頭の浄御原について、樹林のトンネルに入っていく。
三番手の私は、前の背中かシルクハットを見るように努めた。わずかな距離に、左右上下の植物が入り込み、目がチカチカする。葉は、至近距離で見てとった陰影により立体感を、皮膚が捕まえた掠れ(かすれ)により質量を獲得した。今見ているものは、確かに実在する。
魔法で操作してなかったら存在し得ない幻だなんて、信じられない。全てが作り物だとしたら、なんだか気持ち悪い。ここにある全てが溶けて、私も飲み込まれるかもしれない、と身震いした。
私の知る限り、彼は四六時中帽子を被るけれど、やはり太陽を浴びている時がしっくりくる。愛好品を自分の目印に設定できる者は、大地と大空の間を通り抜ける風のように、いつでも検査を通過できる。検閲の対象として認められる程、彼の趣味は独特だった。
一方で、左内さんは、風で体にまとわりつくフーディを煩わしそうにしている。
彼は、魔法界では正常の趣向で、ローブを好む。歩行時は気にならなくとも、箒の上では、我慢ならないようだ。不幸な事に、フーディは私のリュックサックや浄御原の黄色いハンカチのように、基地に留守番させたり、ポケットに隠したりできない。素人風情で魔法使いを続ける他なかった。
芝生の上で、緑の羊が列をなす。可愛らしい正体は、葉をパンパンに茂らせた樹木の大群だ。一団毎に緑の差異が鮮明で、家族ごとに集まっているように見える。全体の中でこそ、それぞれの個性がより引き立った。
ぽつぽつある萩色の区画は、進路を阻むバンカーに相当する。ミズミアらしく池や湖まで顔を出すから、芽湖間はゴルフ場のコースさながらだ。
果てしない大地と空は、白い雲とその下の山を挟さみ込む。
浄御原の夙川庭園に関する言葉は、魔法界中央にも当てはまるようで、メマンベッツまでの道中も、団長な景色がしばらく続いた。
やがて、湖庵を出た現れか、だんだんと湖が姿を見せなくなり、代わりに、川が快晴を楽しむように、身をよじらせ始めた。
細長い流れは、恵の水を山から湖に運んでいる。私達とは逆方向だが、道が通っていれば関係ない。川は一つの道標で、その先は、私たちの目的地に延びている。
目当ての物は、山の入り口にお出ましだ。扇状地の中程に、格子組の箱が組み込まれている。ガラスの壁は近づく者に太陽光を跳ね返すが、熱帯植物を隠すのには失敗していた。
昨日朝刊の写真と照合して、収納箱を大きくしたような外形から、対象をいち早く特定できた。遠巻きの裸眼は、グラビアページより画素数の少ないが、恐怖を感じるには十分だ。
箱は露である。フラッグスの隠蔽工作を掻い潜っているからこそで、秘密の温室が正義軍の支配下にある証拠だ。
ただ、そう頭では分かっていても、高度を下げて行くと、平穏ではいられない。初めて足を降ろしたメマンベッツの地は、ついこないだまで敵の息がかかっていた地でもある。足元の砂利を踏みしめながら、ガラス越しに、ささくれた緑の翼と対峙した。
こいつらは、メマンベッツの象徴のような見てくれをしておいて、むしろ、千種の植物の敵だ。大きな葉の下に、コウモリや忌まわしい武器を隠している。人工の産物は、欠陥がなくとも、全身で全てを語っていた。
入り口は、田園地帯お馴染みのビニールハウスのと同じくらいの大きさで、警備は二人が突っ立っていれば足りた。私は、面識のある軍人の可能性を疑い、顔を凝視したが、誰だか見当がつかない。向こうも、私だけでなく、左内達をも知っている素ぶりを見せなかった。
それもそのはず、胸元で輝くローブの紋章は、水飛沫の花びらとは似ても似つかない模様だ。三角形の幹に、五色の葉っぱが扇子のように並んでいる。幹は、アイスクリームのコーンをひっくり返したようで、遊び心が溢れている。場所がら、ミズミアでないとすれば、どこの軍のマークか明らかだった。
検査官は、例の一振り魔法をかけ、関係者本人かどうか調べ始めた。二重検査は難なく終わった。
ゲルのようなヒラヒラ扉を開けながら、ロイド眼鏡の検査官は、「堂々と、フーディーやセーターでいらっしゃるからには、真っ当な方だと思ってました。悪さを働こう者は、それなりの身なりでごまかそうとしますから」と鋭い読みを披露した。
目ではなく、肌で一番に異変を感じとった。
真夏の寝床のように、湿り気が全身にまとわりつく。入り口は二重扉で、間の蛇腹の空間には、内外の空気が入り混じっていた。温度調整がされているからこそ、外の検査官は、難なく立っていられたようだ。
「二ヶ月先の暑さだぜ」と殺風景の終盤で、浄御原が言った。左内さんはローブを着て来なくて良かったと考え直しているかもしれない。役立つアイテムは、日よけになる井上のシルクハットくらいだ。
奥の開き戸の向こうは、外の空気で中和されない分、まるで蒸し風呂の中だ。脳が生命危機の信号を無視するのは、視覚のからの情報が強烈だからに他ならなかった。鮮やか過ぎる青緑が、どこからともなく、葉を広げている。葉の量からしても、延びる方向(四方八方)からしても、緑が邪魔をして、その起源である幹や茎を追う事ができない。
苔の生えた石の列が、かろうじて二本の道を示している。(ただ、上からは緑がお辞儀し、足元は整備されないままだから、道と呼ぶのには留保が必要だ)格子の入った天井だけが、ここは温室施設だという事実に立ち返らせた。
先頭の浄御原について、樹林のトンネルに入っていく。
三番手の私は、前の背中かシルクハットを見るように努めた。わずかな距離に、左右上下の植物が入り込み、目がチカチカする。葉は、至近距離で見てとった陰影により立体感を、皮膚が捕まえた掠れ(かすれ)により質量を獲得した。今見ているものは、確かに実在する。
魔法で操作してなかったら存在し得ない幻だなんて、信じられない。全てが作り物だとしたら、なんだか気持ち悪い。ここにある全てが溶けて、私も飲み込まれるかもしれない、と身震いした。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
魔道具作ってたら断罪回避できてたわw
かぜかおる
ファンタジー
転生して魔法があったからそっちを楽しんで生きてます!
って、あれまあ私悪役令嬢だったんですか(笑)
フワッと設定、ざまあなし、落ちなし、軽〜く読んでくださいな。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!
友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。
探さないでください。
そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。
政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。
しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。
それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。
よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。
泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。
もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。
全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。
そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。
ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜
望月かれん
ファンタジー
中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。
戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。
暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。
疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。
なんと、ぬいぐるみが喋っていた。
しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。
天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。
※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる