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東部連合編

東の大国

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「志筑は北別府さんから命を受けたんだ。本人が乗り気なのは、当然だろう。親分からの信頼の証だからな」
「彼だけで良いの?井上さんだっているわ」お母さんが言った。

 私には、母の提案の意図が分かる気がした。井上は老木会議に前乗りした男だ。彼は、シルクハットの下で、髪の毛を遊ばせる独特の身なりだったが、言葉も負けていなかった。
「偉大的巨人軍の紋章のようなお天道様だった」というのが彼の挨拶だ。グレートジャイアンツの本拠地を考慮すると、もしかして、彼は彩粕州にゆかりがあるのかもしれない。

「いや、追加の必要は無かった。北別府さんは校長として軍人として、一目を置かれているが、それは彩粕でも同じ。そんな彼のお墨付きがあり、しかも二校の教授ともなれば、志筑一人で取り持ってくれるものだ」
「じゃあ、アーヤカス軍は助けに来てくれるのね?」
「様子を見てというとこだろう。まだ決まった訳じゃない」
「やっぱりそうだと思った。昔の恩を忘れたのよ」お母さんは嘆いた。
「あの時は、彩粕自身というより、あくまで魔法界全体の為だった」左内さんは、冷静になるように諭した。私とハル君には、あの時がいつを指すのかちんぷんかんぷんだ。

「今回もそうよ。湖庵だけじゃなく、東部しいては彩粕の為でもある」
「もちろんだ。彼らもきっと分かってくれるはず。志筑一人では即答は引き出せなかったが、興味を示してくれたみたいだ。あともうひと押しという所」
「本当かな?何を根拠に言ってるのやら」お母さんの懐疑的なつぶやきの後、左内さんはもう一度私を見た。今度こそ、目を逸らさない。私も現実を見るように、彼を見返した。
「実は、向こうからちょっとした要望があったらしい。引き続き、連絡を取っていく事は決まっている」
「要望?」
「志筑先生曰く、玲禾だよ。要望ってのは、君に会う事なんだ」
 質素ながら質量がある声だ。目で心の準備を促されていたとしても、その程度では準備にならなかった。

「どういう意味?」
「玲禾の活躍を耳に入れたらしい。地下街でメマンベッツの輩を倒したのが、素人界から凱旋した女の子だと」彼が言った。
「なんで私だけ?だいたい、会ってどうするのよ?」否定的な口調になった。動機は、ある程度腑に落ちたけれど、好奇の目で見られているのも事実だ。私を私としてでなく、素人界から凱旋した女、として見ている。

「少なからず何か期待してるんだ。この混沌とした世界を変えてくれるかもと」隣人が答えた。
「そんなの大袈裟よ。たかが、スパイまがいを一人倒しただけじゃない。素人あがりを色眼鏡で見てるからそうなるの」少しくらい乱暴な言葉になった。都合よく任務を押し付ける為の過大評価だ。しかも、学校の先生からなら可愛いものの、東の大国からの要請で、ありえない。

「この際、事実は重要じゃない。アーヤカスが、そう見ている事が全てだ。ミズミアを救う可能性を少しでも上げたい」
「この子に、なんでも押し付けないで」私より先にお母さんが爆発した。
「したくてしてる訳じゃない。私個人でなく、ミズミアや東部を代表して頼んでいる。緊急会議の結論でもあるんだ」
「ミズミアがどうこうって知った事じゃないわ。玲禾が無事でないと意味がないの。もう、私と玲禾、それにハル君の事で精一杯なんだから」
「みんなの思いをないがしろにするのか?」
「いいや、皆も理解してくれる。この娘を守るのよ。一人に背負わせないで」
「守るって、玲禾は十分自立してるだろ!まだ、保護魔法が抜けてないのか」
「お母さん、やめて!」母が杖を取り出そうとしたから、抑えるように彼女に抱きついた。「いいの。会うだけなら問題ないわ」
「駄目よ。あなたも、もう懲りたでしょ?」母を見上げながら、首を横に振る。吹っ切れていた。自分でも驚くほど、冷静でいられている。
「求められてるなら行くわ。私にしか出来ない事かも」
「玲禾…」私の決意に、お母さんは言葉を詰まらせた。
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