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東部連合編

純情

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 病院へ行かないとなると、すべき事は自ずと見える。ハル君に箒を教える事だ。箒を買うだけなら、大掃除を控える年末の家庭や学校と同じになってしまう。ミズミアや魔法界に控えているのは、もっと恐ろしいものだ。

 それぞれ自分の箒を手に持つと、三人で老木の前に出た。
 私も、数か月前に、同じ場所で母と初めての箒練習をした。今回はハル君が、私の立場だ。状況は似ているけれど、境遇は違う。私が魔法学校に期待を抱いていたのに対し、彼はミズミアや自分自身への危機から逃れる為に箒を握る。後ろ向きな動機が気の毒だった。この緊張感が、せめて彼の上達を早めればと祈る他なかった。

「まぁ、病室から散々見てた、と思うけど」お母さんは前置き程々に、地面を蹴った。まず上空の見本から学ぶのがお決まりだ。例のごとく、木がパイロンであるかのように、その間を行ったり来たりする。

 ハル君は、何かしら盗もうと、動きを精一杯追っている。私も彼の心配をしながら、母の演技に見入った。
 お母さんは新しい箒を違和感なく使いこなしている。試し乗りの成果だ。箒に関しては、お母さんがまだまだ上なのを認めざるを得ない。このみが言う通り「さすが、レイクスケーター」だ。
 そんな玄人の鏡が地上に帰り、いよいよハル君の番になった。

 お母さんの指示で、彼は箒を胸の前で持ち上げた。
 体は、射法八節で言うところの足踏み後の姿勢だ。私の時と違い、地面から手元に引き寄せる段階がない。ただ、箒との心をつなげる必要性があるのは同じで、代わりに瞑想が始まった。
 静寂の中、彼の上半身が、呼吸の伸縮を繰り返す。箒との距離の詰め方は違っても、緊迫感は同じ。彼には彼のやり方があり、お母さんがそれを探してくれる。
 箒が新しい事、魔法界が本当の意味で初めてな事、私たちの違いが咄嗟に思い浮かんだ。出身世界が基準でない事を祈り始めた頃には、初回公開訓練の結末が見えていた。

 自分の経験から、彼も何だかんだで飛べるものと思っていた。所定の手順を踏めば、自転車をこぐように、感覚が身についていくと。
 しかし、呪文を声に出しても、箒が一寸たりとも浮かびやしないのが現実だ。

 お母さんが音楽魔法をかけて落ち着かせようとしても、無駄だった。そもそも、私の時もそれが生きたのは、飛んだ後上空での事だと思い出し、彼女を止めた。
 母は、健気に彼を励ます。彼女の同情的な態度は、魔法に対する彼の明るくない未来に向けられていた。だとしたら、魔法界において、これ程残酷な現実はない。
 帰りの足取りは重くなり、その一歩一歩が私の心にものしかかった。またハル君との間に溝が出き、虚しさの川が流れる。私が彼の飛ぶ姿を心から信じてあげられなかったのも、一因かもと、自分を責めたりもした。

 老木に入ると、彼はリビングを通り過ぎ、自分の部屋に駆け込んだ。お母さんと目が合い、今はそっとしておこう、と頷いた。

 一人の時間を持つ事は、彼だけでなく私にとっても素晴らしかった。
 空白は、目の前の光景から離れ、落ち着いて考える機会をくれる。私の本当の気持ちは、そのままの彼、彼らしい彼が好きということ。それ以外にはない。別に、魔法ができなくたって関係ない。それも含めて彼だと思えるのは、素人経験の長い私だけだ。

 一つ、自分に出来ることに気づいた。私がそばにいると伝えることだ。ミズミアで、私が一人で考え込もうとしたら、彼がそばにいてくれた。私を勇気付けてくれた。だから、ハル君にも、私をそういう風に感じて欲しい。彼が箒練習で何もできなかった今が挽回する良い機会だ。

 心強いことに、彼を励まそうとするのは、自分だけではなかった。
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