上 下
117 / 242
東部連合編

冷めた自分

しおりを挟む
 もう一つの封筒には、宛先の向田このみと、「湖庵州双穴 三-三 青い果肉を感じて」という、おそらく彼女の住所が書かれていた。

 封筒裏への記名は後回しで、便箋を用意する。母が隣人の家に手紙を送ったのを見たから、レターケースの場所はわかっていた。

 ‘このみ、久しぶり!玲禾よ。二校が終わってから、会ってないから心配になっちゃった。そんなに経ってないはずだけど、今までずっと一緒だった分、すごく寂しいわ。
 このみ最近どう?元気にしてる?私は今日、箒を買いに横丁まで行って来たの。枝流は初めてだったから、色んな店に寄り道しちゃった。おもちゃ屋に、本屋に、焼き芋も食べたわ。あと、いかがわしい賭け屋にも。ご時世柄、空いてたのも、お店行脚には良かったかも。
 横丁では新たな出会いだけでなく、思わぬ再会もあった。マリアとばったり会ったの。向こうは私以上に驚いてた。なにしろ、私はお母さんやハル君と一緒だったから!
 ハル君は、退院して老木で暮らしているのよ。同じ屋根の下で。私が元気でいられるのは、彼のおかげでもあるかも。三人で(正確には、私の母やマリアパパもいたわ)このみの話題になったの。今どうしてんのかな、とか私達を忘れてないかなって。元気ならそれが最高だし、そうじゃなくても、私たちを思い出して前を向いて欲しい。離れてたって、いつも一緒よ。今度横丁に行く時は、このみも誘うわ。じゃあ、またね!愛を込めて 玲禾より’

 最後は、マリアの言葉を借用して締めた。大袈裟な気もするけれど、これもミズミアの文化だと思う事にした。ミズミアに入れば、ミズミアに従えだ。

 ハル君にメッセージを追加してもらおうと、羊皮紙便箋を渡す。
 まだ半分くらいは空白だし、二人一緒の紙面でも大丈夫だ。というか一緒の方が、何だか素敵だ。
 彼に「私のは見ないでよ」という警戒の言葉も忘れなかった。
 月並みな文面でも、気恥ずかしいのは変わらない。代わりに、平等という私達の世界の基本理念を遵守し、ハル君のも見ないと誓った。

 彼は、ものの二三分の間に筆を置いた。まさしく書き足した、という表現がぴったりだ。
 さっぱりし過ぎなのは、私のを読んでないというアピールか、今日はいない隣人の悪影響を受けたかの、どちらかだった。それとも、概して男にはそういう所があるのかもしれない。保護魔法下に十数年いて、男を知らない私が答えを出すのは、土台無理な話だった。
 そんな事情を知る由も無い不死鳥は、母が授けたご褒美に満足し、優雅に飛び立って行った。

 布団に入ると、マリアが待っていた。幼いマリアは唇を噛んで、眼光を一方に向けている。負けん気の強さは今と同じだ。瞳を涙で濡らしながらも、抵抗を続ける。逆境でも、下を向く事はない。
 物騒な噂や影は、敵対の言動を駆り立てる。近くの人が寄って集って攻撃させるから質が悪い。彼女は選ばないだろうが、逃げるという選択肢もつぶしまう。さらに、周りを黙らせてしまうなんて事もありえた。彼ら自身に火の粉が降りかからない保証はないからだ。
 幸運な事に、マリアには味方がいた。幼いながら、たくましい、背中が近くにある。向田このみだ。今の成長した姿に重ね合わせることが出来る。優しさと強さが溢れ出ている。

 夢の中では、謂れのない中傷を受ける紗江先生も度々現れた。一度浮かんだ映像は、なかなか消えてくれない。このみがマリアにしたように、私が先生への心配を、行動に移せる訳ではなかった。

 母は、余計な心配だと断言し、外出は控えるべきという方針を出した。役場決戦の後の警戒が、左内たち調査隊が帰ってこない事実で、より強まっていた。事態の変化に対する緊迫感があった。

 紗江先生も、私が私自身や家族を心配するのを望むだろう。
 冷めた自分は嫌だけど、現実的にならないといけない時もある。
 箒が蔵われたのではなく、売り切れたのかもしれない。メマンベッツの箒だけ無いのも偶然かもしれないし、そもそも必然だとしても箒と人では次元が違う話だ。お母さんの言う通り、私やマリアの思い過ごしと考えよう。それに、紗江先生は、無垢な私に魔法や魔法界の事を積極的に教えようとするくらい大胆で、強いんだ。マリアのように、何があっても乗り越えられる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

魔道具作ってたら断罪回避できてたわw

かぜかおる
ファンタジー
転生して魔法があったからそっちを楽しんで生きてます! って、あれまあ私悪役令嬢だったんですか(笑) フワッと設定、ざまあなし、落ちなし、軽〜く読んでくださいな。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

処理中です...