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東部連合編
風評被害
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のっぽな試乗室を右手に通り過ぎると、木のアーチ奥のステージに立った。数段高いキャラメル色の床は、私たちの重さに耐えかねて軋んだ。
三方の壁に付いた棚には、遊び心のある箒が並んでいる。(話にあった)赤や黄のに加えて、白のもあり、ひときわ目をひいた。
ハル君の選定は忘れ、純粋な興味から一つを手にとった。私が新しい箒にするのも悪くない(予備に一本置いても良い)が、腕を組んで吟味している母を見ると、躊躇われる。なんだかんだで、母も、私には今のしかない、と理解してくれている。
棚には「白樺の木 湖庵産 二十五年もの 池坊慶子作」のような説明書きがある。表示内容は、その真上の箒に対応しているようだ。
樹齢や生産者での格付けは、なんだかワインのようで、面白い。肝心の木品種に関しては、飯泉先生の授業で扱われていたが、それは代表的なものに絞られていた。赤なら花梨やエビアラ、黄なら漆や櫨(ハゼ)の木は、初お目見えだった。
全ての説明書きの上に、箒が揃っている訳ではない。主人のいない、手持ち無沙汰な看板もあり、もの悲しげに映る。箒が少なくとも三分の一は欠け、棚の背もたれが質素にむき出しになっていた。
「それにしても、品薄だね。売れちゃったのばかり」一つの空枠を指すより、棚全体を指でなぞるようにして言った。
「そうよね、私も思った。何回か来てるけど、こんなの初めて」
「何かと物騒だし、箒を新調しようとする玄人も多いんだろう。日常品も、いざとなれば緊急避難の道具だ」マリアの父親が言った。
「ほらっ、パパ。さっき言ってた事もあるんじゃない?」
「考え過ぎだよ。噂に過ぎないさ」
「そんなの分かんないじゃん…」
「さて、どうだ、良いの見つけたか?」マリアパパは、切り替えるようにハル君を見た。
「両方見てみて、茶色の方がしっくりきました。やっぱり、最初は無難な色の方が」
「そうだな。個性を出すのは、ある程度してからだ。今日は見れただけでも良しとしよう」ハル君が納得の表情をしている。汐留親子の会話を頭に抱えながら、決断を下した彼に笑顔を捧げた。
元いた場所に下ると、お母さんはすでに最終候補を選び終えていた。
私の箒に近いのもそのはず、全て黒蓮という同じ品種らしい。やはり、使い慣れたのに勝るものはない。
候補は、肢が細くて曲線美を生かしたもの、角があり厳格さを出したもの、幅があり安心感を与えるものと様々だ。これから三つを試して、スリムな曲線形になれば、私のと区別するためにカッコいいマークを彫る計画を披露した。その口調や表情から、計画はかなりの確率で現実になると思った。
ハル君は同じ茶色でも、柿の木を選んだ。黒の縞模様が、渋みを出すだけでなく、目印にもなるから、母のみたいに刻印のオプションをつける必要がない。それに、田舎の生家にありがちな和菓子用の小皿に似た色合いは、家族思いのハル君にはぴったりな気がした。
お母さんが、ハル君を試乗室に誘う。彼は頷いたものの、その前にいくつか言葉を飲み込んだのは間違いなかった。
「いきなり飛べるわけないさ。ちょっくら、一緒に散歩して来るだけで良い。箒は友になるからな」マリアパパは、彼の背中を押して、自分も前に進む。付き添い役を買って出た。
「私とマリアはここにいる」
「そうね。試乗しない人が多いと邪魔だし、ハル君も私たちがいると気になっちゃうでしょ」マリアが続いた。
言葉を交わさなくても、やりたい事や彼への思いは共有している。
なんと言ったって、一緒に大きな事を成し遂げた仲だ。試乗組が昼から夜の世界に入るのを待って、お互いを見た。
「さっきの噂って何よ」カラフルな箒が並ぶ台を指して、言った。
「噂は、玲禾が一番よく知ってるはず」
「えっ?」
「スパイよ、私たちが倒したスパイ」間に相槌を入れる。「あいつがメマンベッツの男じゃないかって」
「正体が分かったの?」
「いや、聞きたいのは私よ。会議で話し合われてたんじゃないの?」マリアは質問に質問で返してきた。
「名前は出なかった。旗軍の奴かなって言ってたけど、定かじゃないし」
「そうそう。双穴新聞にも、東部日日新聞にもそう書かれてた」
「うん、旗軍なら今一度、攻めてこないとも限らないって」
「だろうね。何のためにあいつをよこしたんだって話だから」
「正義軍の有志が、真相を探る為に動いてる最中よ」
「メマンベッツに向かったんでしょ。新聞に、北別府の目撃情報が載ってたよ」
「そうそう。左内さんも日帰りで、向かったわ。彼も有志の一部なの」話を本題に戻す。「でも、メマンベッツと箒がどう関係あるの?」
「風評被害よ。メマンベッツの奴がミズミアを攻めて来たとなれば、メマンベッツ産の物も置いとけないもの」
「飛躍し過ぎじゃない?スパイと箒は、関係ないのに」
「混同してしまう輩もいるのよ。あの状況を見たでしょ」マリアは、先ほどの一段高い所を指した。
「メマンベッツ産のだけ、裏にしまわれたって訳?」
「うん、メマンベッツには珍しいのも植林されてるのに、向こうに一本もないのはおかしい」私は、紗江先生の話~千の美しい植物に恵まれている芽満別~を思い出していた。
三方の壁に付いた棚には、遊び心のある箒が並んでいる。(話にあった)赤や黄のに加えて、白のもあり、ひときわ目をひいた。
ハル君の選定は忘れ、純粋な興味から一つを手にとった。私が新しい箒にするのも悪くない(予備に一本置いても良い)が、腕を組んで吟味している母を見ると、躊躇われる。なんだかんだで、母も、私には今のしかない、と理解してくれている。
棚には「白樺の木 湖庵産 二十五年もの 池坊慶子作」のような説明書きがある。表示内容は、その真上の箒に対応しているようだ。
樹齢や生産者での格付けは、なんだかワインのようで、面白い。肝心の木品種に関しては、飯泉先生の授業で扱われていたが、それは代表的なものに絞られていた。赤なら花梨やエビアラ、黄なら漆や櫨(ハゼ)の木は、初お目見えだった。
全ての説明書きの上に、箒が揃っている訳ではない。主人のいない、手持ち無沙汰な看板もあり、もの悲しげに映る。箒が少なくとも三分の一は欠け、棚の背もたれが質素にむき出しになっていた。
「それにしても、品薄だね。売れちゃったのばかり」一つの空枠を指すより、棚全体を指でなぞるようにして言った。
「そうよね、私も思った。何回か来てるけど、こんなの初めて」
「何かと物騒だし、箒を新調しようとする玄人も多いんだろう。日常品も、いざとなれば緊急避難の道具だ」マリアの父親が言った。
「ほらっ、パパ。さっき言ってた事もあるんじゃない?」
「考え過ぎだよ。噂に過ぎないさ」
「そんなの分かんないじゃん…」
「さて、どうだ、良いの見つけたか?」マリアパパは、切り替えるようにハル君を見た。
「両方見てみて、茶色の方がしっくりきました。やっぱり、最初は無難な色の方が」
「そうだな。個性を出すのは、ある程度してからだ。今日は見れただけでも良しとしよう」ハル君が納得の表情をしている。汐留親子の会話を頭に抱えながら、決断を下した彼に笑顔を捧げた。
元いた場所に下ると、お母さんはすでに最終候補を選び終えていた。
私の箒に近いのもそのはず、全て黒蓮という同じ品種らしい。やはり、使い慣れたのに勝るものはない。
候補は、肢が細くて曲線美を生かしたもの、角があり厳格さを出したもの、幅があり安心感を与えるものと様々だ。これから三つを試して、スリムな曲線形になれば、私のと区別するためにカッコいいマークを彫る計画を披露した。その口調や表情から、計画はかなりの確率で現実になると思った。
ハル君は同じ茶色でも、柿の木を選んだ。黒の縞模様が、渋みを出すだけでなく、目印にもなるから、母のみたいに刻印のオプションをつける必要がない。それに、田舎の生家にありがちな和菓子用の小皿に似た色合いは、家族思いのハル君にはぴったりな気がした。
お母さんが、ハル君を試乗室に誘う。彼は頷いたものの、その前にいくつか言葉を飲み込んだのは間違いなかった。
「いきなり飛べるわけないさ。ちょっくら、一緒に散歩して来るだけで良い。箒は友になるからな」マリアパパは、彼の背中を押して、自分も前に進む。付き添い役を買って出た。
「私とマリアはここにいる」
「そうね。試乗しない人が多いと邪魔だし、ハル君も私たちがいると気になっちゃうでしょ」マリアが続いた。
言葉を交わさなくても、やりたい事や彼への思いは共有している。
なんと言ったって、一緒に大きな事を成し遂げた仲だ。試乗組が昼から夜の世界に入るのを待って、お互いを見た。
「さっきの噂って何よ」カラフルな箒が並ぶ台を指して、言った。
「噂は、玲禾が一番よく知ってるはず」
「えっ?」
「スパイよ、私たちが倒したスパイ」間に相槌を入れる。「あいつがメマンベッツの男じゃないかって」
「正体が分かったの?」
「いや、聞きたいのは私よ。会議で話し合われてたんじゃないの?」マリアは質問に質問で返してきた。
「名前は出なかった。旗軍の奴かなって言ってたけど、定かじゃないし」
「そうそう。双穴新聞にも、東部日日新聞にもそう書かれてた」
「うん、旗軍なら今一度、攻めてこないとも限らないって」
「だろうね。何のためにあいつをよこしたんだって話だから」
「正義軍の有志が、真相を探る為に動いてる最中よ」
「メマンベッツに向かったんでしょ。新聞に、北別府の目撃情報が載ってたよ」
「そうそう。左内さんも日帰りで、向かったわ。彼も有志の一部なの」話を本題に戻す。「でも、メマンベッツと箒がどう関係あるの?」
「風評被害よ。メマンベッツの奴がミズミアを攻めて来たとなれば、メマンベッツ産の物も置いとけないもの」
「飛躍し過ぎじゃない?スパイと箒は、関係ないのに」
「混同してしまう輩もいるのよ。あの状況を見たでしょ」マリアは、先ほどの一段高い所を指した。
「メマンベッツ産のだけ、裏にしまわれたって訳?」
「うん、メマンベッツには珍しいのも植林されてるのに、向こうに一本もないのはおかしい」私は、紗江先生の話~千の美しい植物に恵まれている芽満別~を思い出していた。
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