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東部連合編
貸会議室
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にぎやかだったテーブルが、お母さんの魔法で片付けられた頃、左内さんが姿を現した。
「どうした?浮かない顔して」
「外に出られないんです。病院にも行けません」私と青空を遮断する屋根が恨めしい。
「せっかく家に帰って来たんだから、満喫すれば良い」
「満喫って言ったって、特にする事もありません」箒に乗れない、杖で派手な呪文はできない、ハル君にも会えない。
「それで良いじゃないか。のんびりできるのも今ぐらいかもしれない」彼が淡々と答えた。
「もう、何言ってるのよ!そんな縁起でもない事を」
「あくまで、可能性の話だ。家でじっとしてるのが不満みたいだからね」
懲りない隣人の忠告通り、のんびりできる時間はそう長くなかった。
午前中は、ハル君との思い出の整理に忙しいし、昼食後は、ソファで膨らんだお腹をさすっていると、カタカタと揺れる音がした。
震源は、居間端のソファに近い。お母さんの部屋の奥にある玄関からだ。予期せぬ第二波に胃袋もひっくり返ったかもしれない。
台所のお母さんは、後ろを振り向き、左内さんもテーブルに散らばる本や新聞、地図から顔を上げた。
「まさかよね?」お母さんがつぶやく。
「そのまさかだろ」左内さんの返事は、うんざりしてるようで、どこか楽しそうでもある。
トントントントントン!二人のやり取りに応えるかのように、音量が上がって行く。玄関の襖を引こうとする音は、それを叩く音に変わった。
「さあ。玲禾、行くわよ」お母さんが立ち上がった。
「えっ?」
「さっき言ったでしょ。お迎えしなきゃ。お客さんが来たわ!」玄関を備え付ける彼女の部屋に入ると、まず声が姿を現した。
「俺だよ、俺。おはよおう!」威勢の良い声が襖を飛び越えて来た。彼がその気になれば、間にある壁一枚なんて意味を成さない。
「やっぱりね」お母さんは、足が止まった私の背中を押して戦場前線に追い込んだ。「さあ、開けるわよ!」
「おっ、おはよおう!」白髪を植木のように生やした、ブルドック顔のおじいさんが、手を挙げて立っていた。目は横に潰れ、左右非対称の口元は笑っている。
「おはようございます」迫力に押されて、言葉が口からこぼれ落ちた。
お母さんは、「こんにちは」と訂正してから、彼と手のひらを合わせた。私も真似をすると、老いぼれ玄人は、手を下ろし、ずかずか老木に入ろうとした。
「あっ、ちょっと…」
「おっ、なつかしいね。外と全然違うな。ほれ」おじいさんは、襖を跨ぐように立ち、中と外を交互に指して笑った。お母さんではなく、私を見ている。
「そうなんです。私も慣れません。ここに来た事はおありなんですか?」いきなり、あなたは誰?とあからさまな聞き方はできなかった。
訪問時間からするに、会議の招待客だし、お母さんは心を開いているし、怪しい人でない事だけは分かった。あと、玄人界の中でも、クセの強い人であるのも確かだ。
「多分な。詳しい事は覚えてねえよ。昨日の事じゃあるまいし」彼は半笑いで、勢いよく言ってのけた。
「あら、松山さん。懐かしいって今おっしゃたばかりじゃない。来た事おありですよ。…前回も会議です」
「あっ、青鷹とのやり合いか!」
「はい。やっぱり、そういう類いの事は覚えてらっしゃるんだ」お母さんは、私を横目で見ながら言った。
「あったり前よ」松山は、鼻息や耳息を漏らしながら、左内さんのいるリビングにいち早く向かっていく。
闘争心のみなぎる後ろ姿には、「青鷹」や「前回の会議」という言葉が写った。(青鷹とは、昔、西部にある闇の塔を本拠地に勢力を拡大していた悪党集団だ。現在は、旗軍に乗っ取られしまい、跡形もない)
さらに、夢で会ったお父さんの背中が、彼に重なる。青鷹と敵対していたのは、正義軍だ。お父さんも、この人も一員として会議に参加したのだ、と直観的に理解した。
そして、今、目の前にその場がある。変わりかけていたリビングが、はっきりと正体を現した。ソファを押しのけた空間に、大仏の台座にもなりそうな一木造りのテーブルが鎮座し、室内テラスのへりからは、羊皮紙がまるでカーテンのように降りている!
「ちょっと、準備が早かったかな?」新しいテーブルに手をついて、左内さんが言う。
「急いだ割には、よく出来てるわ。松山さんも前回が懐かしいみたいだし」
「ここは、俺の実家かあ」お母さんの評価の通り、松山は台所を徘徊しながら言った。彼は、年のせいか頭が弱いのかもしれない。今までの説明を忘れ、ゼイゼイ息をしながら、天井を見回している。
「あらっ、実家じゃないわよ。ここで、会議をしたんでしょ?秘密の会議」
「あっ、そうか、そうか。秘密のな」
「これで、正義軍の連中がまずまず入るし、話し合うのにもってこいだ」左内が自画自賛した。私はというと、これから始まろうとしていることに嫌気がさしていた。
「どうした?浮かない顔して」
「外に出られないんです。病院にも行けません」私と青空を遮断する屋根が恨めしい。
「せっかく家に帰って来たんだから、満喫すれば良い」
「満喫って言ったって、特にする事もありません」箒に乗れない、杖で派手な呪文はできない、ハル君にも会えない。
「それで良いじゃないか。のんびりできるのも今ぐらいかもしれない」彼が淡々と答えた。
「もう、何言ってるのよ!そんな縁起でもない事を」
「あくまで、可能性の話だ。家でじっとしてるのが不満みたいだからね」
懲りない隣人の忠告通り、のんびりできる時間はそう長くなかった。
午前中は、ハル君との思い出の整理に忙しいし、昼食後は、ソファで膨らんだお腹をさすっていると、カタカタと揺れる音がした。
震源は、居間端のソファに近い。お母さんの部屋の奥にある玄関からだ。予期せぬ第二波に胃袋もひっくり返ったかもしれない。
台所のお母さんは、後ろを振り向き、左内さんもテーブルに散らばる本や新聞、地図から顔を上げた。
「まさかよね?」お母さんがつぶやく。
「そのまさかだろ」左内さんの返事は、うんざりしてるようで、どこか楽しそうでもある。
トントントントントン!二人のやり取りに応えるかのように、音量が上がって行く。玄関の襖を引こうとする音は、それを叩く音に変わった。
「さあ。玲禾、行くわよ」お母さんが立ち上がった。
「えっ?」
「さっき言ったでしょ。お迎えしなきゃ。お客さんが来たわ!」玄関を備え付ける彼女の部屋に入ると、まず声が姿を現した。
「俺だよ、俺。おはよおう!」威勢の良い声が襖を飛び越えて来た。彼がその気になれば、間にある壁一枚なんて意味を成さない。
「やっぱりね」お母さんは、足が止まった私の背中を押して戦場前線に追い込んだ。「さあ、開けるわよ!」
「おっ、おはよおう!」白髪を植木のように生やした、ブルドック顔のおじいさんが、手を挙げて立っていた。目は横に潰れ、左右非対称の口元は笑っている。
「おはようございます」迫力に押されて、言葉が口からこぼれ落ちた。
お母さんは、「こんにちは」と訂正してから、彼と手のひらを合わせた。私も真似をすると、老いぼれ玄人は、手を下ろし、ずかずか老木に入ろうとした。
「あっ、ちょっと…」
「おっ、なつかしいね。外と全然違うな。ほれ」おじいさんは、襖を跨ぐように立ち、中と外を交互に指して笑った。お母さんではなく、私を見ている。
「そうなんです。私も慣れません。ここに来た事はおありなんですか?」いきなり、あなたは誰?とあからさまな聞き方はできなかった。
訪問時間からするに、会議の招待客だし、お母さんは心を開いているし、怪しい人でない事だけは分かった。あと、玄人界の中でも、クセの強い人であるのも確かだ。
「多分な。詳しい事は覚えてねえよ。昨日の事じゃあるまいし」彼は半笑いで、勢いよく言ってのけた。
「あら、松山さん。懐かしいって今おっしゃたばかりじゃない。来た事おありですよ。…前回も会議です」
「あっ、青鷹とのやり合いか!」
「はい。やっぱり、そういう類いの事は覚えてらっしゃるんだ」お母さんは、私を横目で見ながら言った。
「あったり前よ」松山は、鼻息や耳息を漏らしながら、左内さんのいるリビングにいち早く向かっていく。
闘争心のみなぎる後ろ姿には、「青鷹」や「前回の会議」という言葉が写った。(青鷹とは、昔、西部にある闇の塔を本拠地に勢力を拡大していた悪党集団だ。現在は、旗軍に乗っ取られしまい、跡形もない)
さらに、夢で会ったお父さんの背中が、彼に重なる。青鷹と敵対していたのは、正義軍だ。お父さんも、この人も一員として会議に参加したのだ、と直観的に理解した。
そして、今、目の前にその場がある。変わりかけていたリビングが、はっきりと正体を現した。ソファを押しのけた空間に、大仏の台座にもなりそうな一木造りのテーブルが鎮座し、室内テラスのへりからは、羊皮紙がまるでカーテンのように降りている!
「ちょっと、準備が早かったかな?」新しいテーブルに手をついて、左内さんが言う。
「急いだ割には、よく出来てるわ。松山さんも前回が懐かしいみたいだし」
「ここは、俺の実家かあ」お母さんの評価の通り、松山は台所を徘徊しながら言った。彼は、年のせいか頭が弱いのかもしれない。今までの説明を忘れ、ゼイゼイ息をしながら、天井を見回している。
「あらっ、実家じゃないわよ。ここで、会議をしたんでしょ?秘密の会議」
「あっ、そうか、そうか。秘密のな」
「これで、正義軍の連中がまずまず入るし、話し合うのにもってこいだ」左内が自画自賛した。私はというと、これから始まろうとしていることに嫌気がさしていた。
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