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若気の至り
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私とマリアで再び、重い扉を叩いた。二人だけで先走って行動するのではなく、信頼できる人に相談するというのが前回の反省から学んだ事の一つだ。私達が成長した先に、一連の事件がある。
しかし、相談も信頼できる人が近くにいたらの話であり、返事すらないのが現実だ。ミズミアを騒がす一大事に校長だけでなく、生意気な職員すら出てこない。
「やっぱいないか」
「もう一度だけやってみよ」マリアの一言に、ゆっくり手の甲を二回ぶつけた。甲冑の扉から埃の代わりに沈黙が落ち、私達と扉の向こうが繋がったように感じた。足を後ろに引いたのと、扉が開いたのは、ほぼ同時だった。
「あら、お馴染みの二人だな」声は先程より優しい印象だが、見た目は遠くからとそう変わらない。白髪が目立つのと、細く切れ込んだまぶたの奥に、優しい瞳を見つけたくらいだ。
「いや、初めまして。藤原玲…」
「知っとる。玲禾に汐留真莉愛だね。会ったのは初めてだが、君達の文字はよく目にするね」
「あっ、すみません」秘密訓練の反省文の事だ。
「まぁ、ここに来ただけも成長だよ。違うかな?」
「はい、そうです」マリアが言った。二回目のあなたがよく真顔で言えるわね。そんな思いを押し殺して彼女を横目で見た。
「中に入って、話そう。おいしい洋菓子があるよ」
「いいえ、ここで結構です。お気持ちだけ受け取ります」
「遠慮も向こうの礼儀かな」
「いいえ。そんな事まで知ってらっしゃるなんて」マリアも、優しい笑顔を向ける。
「もちろんじゃ。全ての学生の書類に目を通すが、君のが最新だ。もう一つの世界を学ぶ良い機会となった」
「先生、私達急いでるんです」マリアが割って入る。ブラックリストに入りかけていても、そんなの御構い無しだ。
「そうか、そうか。ところで、用件はなんだい」
「内藤先生がスパイの容疑で連行されてますが、無実の可能性もあると思うんです。というのも…」北別府校長が途中で遮ろうとしたけれど、マリアは構わず続ける。「遅い時間に玲禾と帰ろうとしたら、ホームにスパイがいたんです。ローブを被って、コウモリと箒を身につけた男です。内藤先生ではありません」
「君が二回目の反省文を書いた時だね」
「はい」
「内藤先生が無実、私も同感じゃ」
「でも、内藤先生は…」
「大丈夫。調べれば分かる。彼女も、ちょっと頭の固い所がある。が、私も人の事は言えん」
「役場の警備が手薄に」心配が現実の物になる予感がした。
「まぁ、手は打ってある。もしもの時は、私の信頼してる者が対処に当たる。君たちは、いつも通り自分のやるべき事をしなさい」
「はい」答えはすでに出ている。心がすでに知ってる。
「くれぐれも、再び馬鹿な真似はしないように。君らは優秀じゃが、未熟でもある。特に藤原君はミズミアに来てどれくらいかね?」
「・・・間もないです」具体的な数字をいうのも憚られた。
「そうじゃろ。若気の至りという言葉があるが、無茶をするのにも早すぎる。それに、今はゲルは使えん。戦いに向けた準備が行われとる」それが北別府なりの別れの言葉だった。
「どうするの?」扉が閉まってからマリアが言った。
「決まってるでしょ。やるべきことをやるのよ」
「玲禾は止めといたほうが良いわ。北別府の言う通りよ」
「そんなマリアも同じようなものよ」
「私は、ハル君を連れて来ようとした分を挽回しないと」
「マリアは私のために過ちを犯したんだから、私も同罪よ」
「ダメよ。分かってるなら、私の思いも汲んで」
「大丈夫。私達が戦う訳じゃない。あくまで、助けに入るだけ」
「それでも、危険には変わらないわ」
「私の事を見くびってる。マリアには分からないはずよ。ゲルに行って北別府の弟子に決めてもらうわ」
「勝手にすれば」
マリアを振り切って、中庭に出る。私達しか緊迫の事態を知らないのだから、放っておけるわけがない。
大切な人がいる故郷のためだ。迷いは捨て去ったつもりだった。
なのに、いざ、ゲルを目の前にすると、足が止まった。
「何ビビってんの?」後ろから聞き覚えのある声がした。マリアだ。
「ビビっていないよ。邪魔になんないように頃合いを計ってただけ。マリアも来たんだ?」
「当たり前でしょ。玲禾を放っておけないわ」私たちは二人並んで、ゲルの幕を上げた。
しかし、相談も信頼できる人が近くにいたらの話であり、返事すらないのが現実だ。ミズミアを騒がす一大事に校長だけでなく、生意気な職員すら出てこない。
「やっぱいないか」
「もう一度だけやってみよ」マリアの一言に、ゆっくり手の甲を二回ぶつけた。甲冑の扉から埃の代わりに沈黙が落ち、私達と扉の向こうが繋がったように感じた。足を後ろに引いたのと、扉が開いたのは、ほぼ同時だった。
「あら、お馴染みの二人だな」声は先程より優しい印象だが、見た目は遠くからとそう変わらない。白髪が目立つのと、細く切れ込んだまぶたの奥に、優しい瞳を見つけたくらいだ。
「いや、初めまして。藤原玲…」
「知っとる。玲禾に汐留真莉愛だね。会ったのは初めてだが、君達の文字はよく目にするね」
「あっ、すみません」秘密訓練の反省文の事だ。
「まぁ、ここに来ただけも成長だよ。違うかな?」
「はい、そうです」マリアが言った。二回目のあなたがよく真顔で言えるわね。そんな思いを押し殺して彼女を横目で見た。
「中に入って、話そう。おいしい洋菓子があるよ」
「いいえ、ここで結構です。お気持ちだけ受け取ります」
「遠慮も向こうの礼儀かな」
「いいえ。そんな事まで知ってらっしゃるなんて」マリアも、優しい笑顔を向ける。
「もちろんじゃ。全ての学生の書類に目を通すが、君のが最新だ。もう一つの世界を学ぶ良い機会となった」
「先生、私達急いでるんです」マリアが割って入る。ブラックリストに入りかけていても、そんなの御構い無しだ。
「そうか、そうか。ところで、用件はなんだい」
「内藤先生がスパイの容疑で連行されてますが、無実の可能性もあると思うんです。というのも…」北別府校長が途中で遮ろうとしたけれど、マリアは構わず続ける。「遅い時間に玲禾と帰ろうとしたら、ホームにスパイがいたんです。ローブを被って、コウモリと箒を身につけた男です。内藤先生ではありません」
「君が二回目の反省文を書いた時だね」
「はい」
「内藤先生が無実、私も同感じゃ」
「でも、内藤先生は…」
「大丈夫。調べれば分かる。彼女も、ちょっと頭の固い所がある。が、私も人の事は言えん」
「役場の警備が手薄に」心配が現実の物になる予感がした。
「まぁ、手は打ってある。もしもの時は、私の信頼してる者が対処に当たる。君たちは、いつも通り自分のやるべき事をしなさい」
「はい」答えはすでに出ている。心がすでに知ってる。
「くれぐれも、再び馬鹿な真似はしないように。君らは優秀じゃが、未熟でもある。特に藤原君はミズミアに来てどれくらいかね?」
「・・・間もないです」具体的な数字をいうのも憚られた。
「そうじゃろ。若気の至りという言葉があるが、無茶をするのにも早すぎる。それに、今はゲルは使えん。戦いに向けた準備が行われとる」それが北別府なりの別れの言葉だった。
「どうするの?」扉が閉まってからマリアが言った。
「決まってるでしょ。やるべきことをやるのよ」
「玲禾は止めといたほうが良いわ。北別府の言う通りよ」
「そんなマリアも同じようなものよ」
「私は、ハル君を連れて来ようとした分を挽回しないと」
「マリアは私のために過ちを犯したんだから、私も同罪よ」
「ダメよ。分かってるなら、私の思いも汲んで」
「大丈夫。私達が戦う訳じゃない。あくまで、助けに入るだけ」
「それでも、危険には変わらないわ」
「私の事を見くびってる。マリアには分からないはずよ。ゲルに行って北別府の弟子に決めてもらうわ」
「勝手にすれば」
マリアを振り切って、中庭に出る。私達しか緊迫の事態を知らないのだから、放っておけるわけがない。
大切な人がいる故郷のためだ。迷いは捨て去ったつもりだった。
なのに、いざ、ゲルを目の前にすると、足が止まった。
「何ビビってんの?」後ろから聞き覚えのある声がした。マリアだ。
「ビビっていないよ。邪魔になんないように頃合いを計ってただけ。マリアも来たんだ?」
「当たり前でしょ。玲禾を放っておけないわ」私たちは二人並んで、ゲルの幕を上げた。
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