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第21話:出陣
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つ、疲れた……。俺、死んでないか?
「力みすぎなんだよ、ユウくん。緊張するのは分かるけど、ライブ明後日なんだから体調第一安全第一だよ!」
タクトの声にも頷くことでしか反応できない。
「ユウ」
汗だくになってタオルで顔面の汗を拭いている俺の所に、アキラがやってきた。
「明後日は人生初ライブだ。誰だって緊張する。だから安心して緊張しろ。タクトは人類の例外だから比較するな」
そう言ってアキラや軽く俺の頭を抱いて、ぽん、と軽く叩いてくれた。
「誰がおまえの後ろで叩いてると思ってる? この三津屋アキラ様だぞ? そんで誰がおまえの横で弾いてると思ってる? あの都市伝説作曲家・水沢タクトだ。おまえがこけても俺ら二人が絶対受け止めてみせる。だから安心しろ」
俺は緊張よりもアキラのその言葉に涙目になっていた。
タクトはぶんぶんと頭を振って頷いていた。ってか人類の例外っていう認識はあるのか。
「ありがとう、アキラ、タクトくん。三曲とはいえ、リアル・ガン・フォックスの初ライブだからね。俺も、二人に比べたら超無名だけど、それでもフロントマンとして、何が何でも最高のライブにしてみせるよ。アキラとタクトくんとだったら恐いもんなしだ」
二人は『それでいい』という顔をしていた。
俺もその時は、本気でそう思っていた。
◇
六月二十二日、LRハウスにアキラの車で機材を搬入し、自分たちの楽屋に荷物を置いてから対バン相手であるPoppin’ Birdsの面々に挨拶しに行った。っていうか楽屋のドアに「Real Gun Fox様」と手書きで書かれた紙が貼ってあるのを見た瞬間、俺はもう感極まっていた。アキラにからかわれたけど。
ポッピンのメンバー四名はとても良い感じの、兄貴分みたいな雰囲気を醸し出していた。年は俺らより七つくらい上の二十代半ばで、この辺のライブハウスで立ってないステージはないと豪語していた。ヴォーカルの人がガハハと破顔一笑するのを見て、こういう人を惹きつける魅力が俺にもあればいいのに、とちょっと卑屈になってしまった。
リハは問題なかった。
一応中学三年と高校一年の夏休み、つまりアキラと出会う前にライブハウスでの演奏経験はあったので、音響や照明のチェックはそれなりにスムーズに進んだ。
一曲だけ通しでやらせてもらったけど、昨日アキラが見てて笑えるくらい必死にハーブティを煎れてくれたり首回りをマッサージしてくれたおかげで、声はいつもより通る気すらした。
午後五時半、開場。開演は六時だ。
徐々にオーディエンスが入ってきて、狭いフロア内で人の声が増えていくのが楽屋にいても分かった。
俺たちリアル・ガン・フォックスは、時間制ではなく曲単位で三曲だ。これはポッピンさんからの提案だったらしい。五曲収録のデモ音源をアキラが営業しまくった結果、ポッピンのメンバーさんが特に気に入った三曲を是非オープニング・アクトとしてやって欲しいとオファーをくれたそうだ。
「なんかうるさいねぇ、ざわざわして」
脳天気な声をあげたのは、言うまでもなく天然幼稚園児ことタクトだった。
「あれ、もしかしてタクトってライブ行ったことねえの?」
「あるよ、でもスタンディングじゃなかったから」
「そか」
出番まで十五分を切った。
アキラは立ち上がってストレッチを始めていたが、これが非常に手慣れている。そりゃ、めっちゃくちゃ場数踏んでるもんな。
と、感心している俺は。
「俺は、今から須賀結斗から須賀ユウになる」
小声で呟いてしまった。
アキラとタクトが俺を見遣る。
ボディが黒い五弦ベースを手に取り、ストラップを掛けて一番つまづきやすい箇所をゆっくりと弾いた。
「早えよ、結斗」
「でも——」
「ステージに上がって、ライトを浴びて、歓声上がったらそれに応じて、マイクスタンドに立って最初の音を歌い出す瞬間でいいんだよ。もっかい言うぞ? おまえの後ろには俺がいる。横にはタクトがいる。俺らを信じろ」
俺はこくこくと頷いた。
大丈夫、大丈夫。
こんなに心強い二人がいるんだ。
大丈夫、俺はやれる。
「リアル・ガン・フォックスさーん、そろそろ上がってくださーい」
◇
「俺は普段ステージに上がる時、円陣組んで気合い入れたりはしないタイプなんだが」
アキラが袖でスティックを持ってそう言った。
「今日ばかりは別だ。円陣はなんか俺ららしくねぇから——」
そう言うとアキラはタクトと俺の首根っこをがっと引っ掴んだ。
「行くぞ、俺らは最強だ」
そしてアキラが先陣を切ってステージに上がり、タクトが続き、俺は事前の二人の指示通り、少し遅れて後に続いた。
眩しい。それに暑い。歓声はそこそこあった。おそらくアキラの友人知人やタクト目当てだろう。
俺は真顔でマイクスタンドの前に立ち、一礼して、
「リアル・ガン・フォックスです」
とだけ挨拶した。
三人で決めたことだった。無意味なMCはしない、と。
それを即座に証明するがごとく、アキラが猛烈な勢いでテンポが速く手数も多いリズムを叩き始め、一気に歓声が上がる。クラッシュシンバルを合図に俺もベースを弾き始め、最後にタクトの不協和音ギリギリの絶妙な音色が重なってイントロが始まる。オーディエンスはすでに縦ノリだ。
さあ歌だ、リアル・ガン・フォックスの最初の一声、俺のヴォーカリストとしての産声——
って、え——?
「力みすぎなんだよ、ユウくん。緊張するのは分かるけど、ライブ明後日なんだから体調第一安全第一だよ!」
タクトの声にも頷くことでしか反応できない。
「ユウ」
汗だくになってタオルで顔面の汗を拭いている俺の所に、アキラがやってきた。
「明後日は人生初ライブだ。誰だって緊張する。だから安心して緊張しろ。タクトは人類の例外だから比較するな」
そう言ってアキラや軽く俺の頭を抱いて、ぽん、と軽く叩いてくれた。
「誰がおまえの後ろで叩いてると思ってる? この三津屋アキラ様だぞ? そんで誰がおまえの横で弾いてると思ってる? あの都市伝説作曲家・水沢タクトだ。おまえがこけても俺ら二人が絶対受け止めてみせる。だから安心しろ」
俺は緊張よりもアキラのその言葉に涙目になっていた。
タクトはぶんぶんと頭を振って頷いていた。ってか人類の例外っていう認識はあるのか。
「ありがとう、アキラ、タクトくん。三曲とはいえ、リアル・ガン・フォックスの初ライブだからね。俺も、二人に比べたら超無名だけど、それでもフロントマンとして、何が何でも最高のライブにしてみせるよ。アキラとタクトくんとだったら恐いもんなしだ」
二人は『それでいい』という顔をしていた。
俺もその時は、本気でそう思っていた。
◇
六月二十二日、LRハウスにアキラの車で機材を搬入し、自分たちの楽屋に荷物を置いてから対バン相手であるPoppin’ Birdsの面々に挨拶しに行った。っていうか楽屋のドアに「Real Gun Fox様」と手書きで書かれた紙が貼ってあるのを見た瞬間、俺はもう感極まっていた。アキラにからかわれたけど。
ポッピンのメンバー四名はとても良い感じの、兄貴分みたいな雰囲気を醸し出していた。年は俺らより七つくらい上の二十代半ばで、この辺のライブハウスで立ってないステージはないと豪語していた。ヴォーカルの人がガハハと破顔一笑するのを見て、こういう人を惹きつける魅力が俺にもあればいいのに、とちょっと卑屈になってしまった。
リハは問題なかった。
一応中学三年と高校一年の夏休み、つまりアキラと出会う前にライブハウスでの演奏経験はあったので、音響や照明のチェックはそれなりにスムーズに進んだ。
一曲だけ通しでやらせてもらったけど、昨日アキラが見てて笑えるくらい必死にハーブティを煎れてくれたり首回りをマッサージしてくれたおかげで、声はいつもより通る気すらした。
午後五時半、開場。開演は六時だ。
徐々にオーディエンスが入ってきて、狭いフロア内で人の声が増えていくのが楽屋にいても分かった。
俺たちリアル・ガン・フォックスは、時間制ではなく曲単位で三曲だ。これはポッピンさんからの提案だったらしい。五曲収録のデモ音源をアキラが営業しまくった結果、ポッピンのメンバーさんが特に気に入った三曲を是非オープニング・アクトとしてやって欲しいとオファーをくれたそうだ。
「なんかうるさいねぇ、ざわざわして」
脳天気な声をあげたのは、言うまでもなく天然幼稚園児ことタクトだった。
「あれ、もしかしてタクトってライブ行ったことねえの?」
「あるよ、でもスタンディングじゃなかったから」
「そか」
出番まで十五分を切った。
アキラは立ち上がってストレッチを始めていたが、これが非常に手慣れている。そりゃ、めっちゃくちゃ場数踏んでるもんな。
と、感心している俺は。
「俺は、今から須賀結斗から須賀ユウになる」
小声で呟いてしまった。
アキラとタクトが俺を見遣る。
ボディが黒い五弦ベースを手に取り、ストラップを掛けて一番つまづきやすい箇所をゆっくりと弾いた。
「早えよ、結斗」
「でも——」
「ステージに上がって、ライトを浴びて、歓声上がったらそれに応じて、マイクスタンドに立って最初の音を歌い出す瞬間でいいんだよ。もっかい言うぞ? おまえの後ろには俺がいる。横にはタクトがいる。俺らを信じろ」
俺はこくこくと頷いた。
大丈夫、大丈夫。
こんなに心強い二人がいるんだ。
大丈夫、俺はやれる。
「リアル・ガン・フォックスさーん、そろそろ上がってくださーい」
◇
「俺は普段ステージに上がる時、円陣組んで気合い入れたりはしないタイプなんだが」
アキラが袖でスティックを持ってそう言った。
「今日ばかりは別だ。円陣はなんか俺ららしくねぇから——」
そう言うとアキラはタクトと俺の首根っこをがっと引っ掴んだ。
「行くぞ、俺らは最強だ」
そしてアキラが先陣を切ってステージに上がり、タクトが続き、俺は事前の二人の指示通り、少し遅れて後に続いた。
眩しい。それに暑い。歓声はそこそこあった。おそらくアキラの友人知人やタクト目当てだろう。
俺は真顔でマイクスタンドの前に立ち、一礼して、
「リアル・ガン・フォックスです」
とだけ挨拶した。
三人で決めたことだった。無意味なMCはしない、と。
それを即座に証明するがごとく、アキラが猛烈な勢いでテンポが速く手数も多いリズムを叩き始め、一気に歓声が上がる。クラッシュシンバルを合図に俺もベースを弾き始め、最後にタクトの不協和音ギリギリの絶妙な音色が重なってイントロが始まる。オーディエンスはすでに縦ノリだ。
さあ歌だ、リアル・ガン・フォックスの最初の一声、俺のヴォーカリストとしての産声——
って、え——?
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