女王候補になりまして

くじら

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脱・引きこもり姫

あいつとの出会い②-アルビー視点-

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 そして、あっという間に乗馬大会当日を迎えた。
 エマは目に見えて緊張しているようで、何度も深呼吸していた。

 一方の俺はと言うと、エマが勝つ自信があった。いや、自信しか無かった。

 騎士団に入った暁には必ず一度は乗馬大会に参加をし、実力を判断させなければならなかった。故に、この乗馬大会の中身はほぼ八割が騎士団の人間で、そいつらに乗馬を教えていたのがこの俺だった。

 しかし、今年はエマに教えるのに付きっきり(勝たせる為にもわざと教えなかった)だったため、今年の出場者はほぼ全員が素人といっても過言ではなかった。

 (一番危険視すべきは経験者だが………騎士団よりは体力は無いだろうし、独学で身につけた者がほとんどだろう)

 なので、俺の気持ちはかなり落ち着いているが、エマにこのような事実を教えると油断するかもしれない。集中力を途切れさせないようにする為にも俺はわざと教えなかった。

 試合本番、顔を見にあいつのところへ行くと、意外な事態になっていた。

「お、頑張ってるみたいだな。関心関心」

「あ……先生」

 エマの表情を見ると、とてもやつれていて、げっそりとしていた。緊張前でもこんな顔はしないだろうと俺は慌てて聞いた。

「───ってお前どうしたその化け物みたいな顔!?全身から負のオーラが出てるぞ!いつからそんな風になってるんだ?」

 つい正直に化け物呼ばわりしてしまった。怒られると思ったが、エマはそれを無視するほどに疲れているのだろうか、先程起こった出来事について話し出した。

「……先程嫌な出来事があったので少々疲れてしまいました」

「嫌なこと?一体何があったんだ?大会まで時間はあるし、俺で良ければ聞いてやるぞ」

 エマは少し考えた素振りを見せて、決心したのか口を開いた。

 エマが話した内容は先程変な出場者に絡まれて、嫌味を言われたらしく、エヴァとの関係も口出しされて、腹が立ったと言う。しかもそいつがエマの対戦相手で、エマは自信を無くしてしまったようだった。

「なるほどな、確かに、ちょっと面倒な奴に絡まれてんな」

「はい…でもまぁ、もうやるしかないので、流石に腹は括ってますけど…やっぱり気乗りはしないですね」

「そりゃそうだ。俺だってそんな奴に絡まれたくないでも……そうだな…」

「……?」

 きょとんとした顔でこちらを見つめるエマ。その顔をどうしても破顔させたくて、くしゃくしゃに頭を撫でてやった。頭を撫でるのはこれが初めてじゃない。何度か撫でたことがある。俺も何故こんなに撫でたくなるのかは不明だった。

 するとエマは案の定、怒りながら髪を慌てて直そうとした。

「わっ!ちょ、ちょっと!!何するんですか急に!」

 そして俺は言ってやった。エマに、頑張れの意味を込めて。

「あーんしんしろ!お前は負けねぇよ。俺がお前の恩師なんだからな!そんな奴にくたばる程、弱く育てた覚えは無い」

 すると、エマはびっくりしたように目を見開かせ、安心したように笑った。

 俺もその反応に安心して、今度は優しく頭を撫でてやる。

「だから落ち込むな。もっと自分の努力に誇りを持て。お前のこの二ヶ月はそんな簡単に他人に壊されるものじゃないだろ」

「っ、はい」

「ほら、もっと胸張って背筋伸ばせ!ピーンとだからなピーンと」

「は、はい」

 そう言って俺はエマを元気づけると、他にも何かできることはないかと思い、エマをぐいっと胸に引き寄せた。

 エマは一瞬ビクリとしたものの、そのまま俺の胸の中にすっぽりと入っている。

「……──よし、ちゃんと吸い取ったか?」

「え、あ、は、はい?な、何を」

 俺が直々に手を出してあげたというのに、エマはその意味を全く理解していなかった。

「俺の運気と元気だよ!お前に渡せたらと思って。もっとひっついた方が良かったか?」

「いやいやいやいや!だ、大丈夫です!十分吸い取りましたので!ありがとうございます助かりました」

 なぜかエマに慌てて離れられ、俺は疑問に思いつつも、元気になれたのなら良かったと思った。

「そうかそうか、それは良かった」

 すると、エマが突然笑いだし、無邪気な笑顔を見せる。俺も何がおかしいのか分からなかったが、彼女の眩しい笑顔につられて、俺も笑ってしまった。

 彼女の長い薄茶の髪が笑い声と共にゆらゆら揺れて、目で追いたくなる。そして、エマは俺がそんなことを思っているとは露知らず、そのまま屈託の無い笑顔を見せて、乗馬大会の会場へと走り出した。

 そして、結果は思った通り。一回戦目はエマが勝利を果たした。

 エマ以外の奴らはそれはそれは酷い演技で、馬とも信頼関係を十分に築けていなかった。その中で、エマとエヴァは優雅な走りを見せ、全てを完璧にこなした。流石俺の弟子だ。

 順調に二回戦目、三回戦目へと向かっていき、ついに最終戦。俺は再びエマの様子を見るためにも控え室へと来ていた。

 先程、ジェイという名の男の登場のせいで、エマはとても疲れていたようだった。それでも、俺が何とかしてはいるものの………──。

 案の定、エマは緊張のせいで周りが見えなくなっていた。俺はそれを解して、エマを安心させる。笑ったエマを見送って、俺は自分のやらなければならないことに専念した。

 勿論、エマの最後の試合を見たい気持ちはあったが、おそらくあいつが優勝するだろうし、あの笑顔を見て、不安は一切感じなかった。

 (───………だから俺は、俺の可愛い弟子を虐めたあの男を完膚なきまでに叩き潰す)

 エマの前に現れたジェイという男。俺の記憶が正しければ、ジェイという名前の男は少なくとも騎士団にはいない。

 それなのに、奴は己を騎士団の人間だと名乗る。

 (ただ単に俺の記憶違いか、あるいは──……)

 そして俺はとある場所へ向かっていた。
 乗馬大会の会場の一番上───この大会全てを見渡せる最高級の席にいる人物に用があったからだ。

「───よお、団長。俺の弟子がお世話になったな。………ジェイという男はアンタの差し金だな」

「…………ははは!やぁ、アルビー。やはり気づかれてしまったか」

 目の前には酒を片手に持って悠々と座っている団長の姿があった。

「やっぱりおかしいと思った。ジェイという名の騎士なんて聞いたことねーもん」

「ふふふ、騎士団全員の名前を把握しているアルビーなら気づくと思っていたよ」

「……………なんでこんなことをした」

 俺は団長に真剣な目で問う。しかし、団長は素知らぬ顔でワインを一口飲む。

「私の後を継ぐんだ。どんな状況でも立ち回れるように」

 俺はそれを聞いてピキっと血管が浮き出たのが分かった。

「んだよそれ………!だからといってウチのエマを悲しませるようなことをしていいと思ってんのかよ!」

 すると、団長はさも意外かのようにこちらを見てきた。

「アルビー………いつからお前はそんなに人思いになったんだ?しかも、女性に。いつもあんなに鬱陶しいと嘆いていたじゃないか」

「……………俺が今誰よりも大切にしているのはあいつだ」

「それは人としてではなく、『団長になる為』という意味か?」

「!そんな訳──!」

「でも、実際そうだろう?俺がお前に団長テストを設けなきゃ、彼女とは関わりさえ持たなかったんだから」

「出会いはそうだったとしても、今は違う!俺はあいつを優勝させてやりたいし、大切に思ってる。俺の大事な弟子だ!」

 そう言って、俺は団長の元を早足で離れた。

 団長が言っていることは間違いではない。むしろ実際そうだ。でも、俺らの関係を勝手に他人がビジネスパートナーだと決めつけて欲しくなかった。

 (くそっ…………!)

 団長はもしかしたら、こうなることを予想して、こんなテストを設けたのかもしれない。団長の手の上で転がされているようでムカつく。

 俺が席に戻る頃にはエマは走り終わってしまっていて、演技を見ることは叶わなかった。
 せめて、あいつが優勝した後にたくさん褒めてやろうと思い、あいつの元へ向かっていたが───。

「アルビー様。団長がお呼びです」

 会いに行く途中、ゾイに呼び止められてしまった。

「悪いが後にしてくれ。俺は今からエマのところに───」

「なりません。団長命令ですので。行きますよ」

「え、ちょ、なんだお前ら!離せ!」

 俺は他の騎士たちに捕獲され、そのまま連行されてしまった。

「俺はエマの元に行かなくちゃいけないんだよ!」

 しかし、俺の願いは叶うこともなく、先程別れたばかりの団長の元へ向かった。

「アルビー。君の弟子は見事に優勝を果たした。よって、お前を第一騎士団団長に任命しようと思う。まだ正式な団長では無いが、次の式典で団長であることを皆に公表しよう」

「………………………」

「なんだ、嬉しくないのか」

 団長の強引さに俺は呆れて、きちんと喜べずにいた。嬉しくないといえば嘘になるが、そんなことより俺はエマの方が心配だった。今頃俺のことを探しているだろう。

「………くそ、なんで俺はこんなに──………」

 無力なんだ。

 そう思った。そして、もう二度とエマとは会えないのだと悟った。テストは内密に行われていた為、そのことがバレない為にも団長は絶対に会わせてくれないだろう。

 乗馬大会の終わりを知らせる花火が、俺の耳に鳴り響いた。






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