女王候補になりまして

くじら

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脱・引きこもり姫

大切な人⑤-レイア視点-

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 窓から華々しく登場したエマ様は、私を見つけると血相を変え、男から守るように私の前に立つ。

「貴方……!!レイアになんてことを……!!」

「何故こんなところにフロンティア家の一人娘がいるんだ!警備隊はどうした!!」

 男が慌てた様子でいると、扉から忙しない足音と共に男の部下らしき人間が部屋の中に入ってきた。
 その様子は冷や汗を垂らし、目が血走っていた。

「ボ、ボス!フロンティア家が大勢の騎士を連れて、屋敷に突入してきました!一刻も早くここから逃げなければ皆捕まってしまいます!」

「ええい、どいつもこいつも使えない!おいお前!この娘を捕獲しろ!こいつもだ!一緒に連れて行け!」

 矛先がエマ様に向かったため、私は慌てて「エマ様!危ないです!!」と叫んだ。
 このままでは大切な主が負傷してしまう。

 エマ様と私を捕獲しようとする部下がエマ様に近づいてきて、私は無理矢理にでも盾になろうと一歩踏み出した瞬間、部下は壁を破壊して吹き飛ばされた。

「「!?」」

 私と男は同時に驚き、目を疑った。
 壁の穴は一枚ではなく、何重の壁を突き破って、挙句の果てにはこの屋敷の外壁までもを突き破って、奥には暗い夜空が見えていた。

 エマ様は悠然とした態度で、驚きで尻もちを着いた男を見下しながらこう言った。

「私が何の装備も無しにここに突入してくる訳ないでしょ……ちょっとは考えたら?それに、私貴方に言いたいことが幾つかあるの。時間が無いから巻で言わせてもらうね」

 そしてエマ様は大きく息を吸って、まるで叫び声のように言葉を発した。

「──レイアより、アンタの方が無能で役立たずで最低下劣なクズ男よ!!」

 今までずっと美しい世界で生きてきたお嬢様にとって、いや、そんな世界で生きているお嬢様を知っている私にとってそれは衝撃的な発言だった。

 一般的に言われる悪口、というものをお嬢様が知っているとは……。一体どこでそんな言葉を覚えて来てしまったのか。

 いや今はそんなことを言っている場合じゃない。
 言葉の意味からお嬢様は聞いていたのだ。あの男と私の会話を。

「レイアはね、アンタなんかとは違って優しくて思いやりがあって、いつも寝坊してしまう私を怒りながらも毎朝起こしてくれるの!!」

 お嬢様は大声で早口にまくしたてると、また大きく息を吸って、言葉を重ねる。

「就寝時間が私よりも遅いに関わらず、朝早くから身支度をしてくれて、今日のお稽古やお仕事まで全てを頭に入れて計画を立ててくれて、挙句の果てには私の好きなものを買ってきてくれたりしてくれるの!!!」

 小さな体で、一生懸命に話すお嬢様は可愛らしくて、本当に健気で、お優しくて……。

「アンタは自分の大切なものしか見ないからレイアみたいに周りの人を大切にするなんて真似出来ないでしょうね!!!」

 お嬢様はそこで落ち着くと、キッと相手をキツく睨む。
 蔑むかのように、その瞳は怒りに満ちている。

「子爵の娘が死んでしまったのは本当に残念なことだよ。だけど!!それを憎しみにして、無害な人を巻き込むなんてやり方が間違っている。この子がアンタの娘に何をした?私が知っているのはアンタの娘がレイアに酷い仕打ちをして、レイアの心を暗くて冷たい海に沈めたことだけよ!」

 そう言ってエマ様は私を縛っている縄をナイフで解いた。
 男は呆然としていて、私たちはそのまま、その場に男を取り残し、部屋から脱出したのだった。

「……お嬢様、一体何故ここが……?」

 私が尋ねると、お嬢様は振り返ってニコリと微笑みこう言った。

「──レイアの叫び声が聞こえたからだよ」









 その後のことはとんとん拍子で解決した。
 まず、私を誘拐した男……トリアス子爵は地下牢に入れられ、死刑宣告をされた。
 また、その共犯である輩も死刑は免れたものの、二度と檻からは出られない。

 私の怪我は大魔法使いによって、ものの数十秒で治療され、今は痕すら残っていない。

 事件当時、買い物に行った私が中々戻って来ないとの事で、お嬢様はすぐさま旦那様の元へ行き、捜索を願いを出したという。

 侯爵家という絶大な権力をもって、一晩で国中の魔法使いを集め、私が捕らわれている屋敷を見つけ出したらしい。

ここまでで既にすごいのだが、屋敷を見つけたお嬢様達はどうやって侵入するかを検討し、周辺に見張りをつけていた者からの情報を基に、お嬢様自ら侵入することを決断したそうだ。

 もちろん、周囲の人間は大反対をしたが、私のいる部屋にある大きな窓へ真っ先に入れるサイズであるのはお嬢様しかいないということと、敵意を持った人間には絶対に近付かせない逆風魔法を全身に施すことができる、と言って渋々納得させたらしい。

 一部始終を聞いて、無茶をし過ぎだと一通り叱った後、改めて感謝を述べた。
 流石我が主だ。

 そして、様々な彼らの陰謀が明らかになり、諸々の事情聴取、過去の経緯など、全てを話し終えた後に、また前のような穏やかな日常が始まった。

 ここは庭園。壮大な草原には色とりどりの小さな花々が咲き誇っていた。

「レイア!見て、レイアにぴったりなお花を見つけたの!」

 そう言ってお嬢様が差し出したのは淡い青色の小花の束だった。目立たない程度に白い花も混じっているのは彼女のアレンジだろうか。

「ありがとうございます、お嬢様。私もお嬢様にとても似合うお花を見つけて参りました。どうでしょうか?」

 私が選んだのは黄色とオレンジの明るい色合いの小花。花冠にして、お嬢様の頭に乗せる。

「わぁ~!とっても素敵ね!部屋に飾りたいわ!」

「ふふっ、気に入ってもらえて大変嬉しいです」

 花冠を乗せたお嬢様はまるで花の精のようだった。
 そして私は澄み渡った青空を見上げる。

 一ヶ月まで誘拐事件があったことなんて忘れるくらい、本当に穏やかだった。

 あれから私はもう二度とあんな事が無いように護身術を身につけた。
 そして、お嬢様に作ってもらった護身用の魔法石をロケットペンダントに入れて、肌身離さず持っていた。

 家族のいる幸福、あたたかな陽だまりのような時間。
 その全てを吸収して出来たようなエマ様。
 
 どれも、私の大切なものだ。

 私は過去のことをきちんと受け入れ、この間、お墓参りにも行った。
 お嬢様にとても心配されたが、大丈夫と何度も言い聞かせて向かった。

 今でも、私の家族から過度な洗脳を受けていたとは自覚は出来ないが、あの頃の自分に戻りたいとは思わなくなった。

 私が思う幸福を見つけたから、もう、自分の意思を貫いて生きるのだ。

 エマ様はそれを示してくれた、私の希望であり、光だ。

「レイア?ふふっ、なんだか嬉しそうな顔をしてるね。何か嬉しいことでもあったの?」

 「………いいえ、お嬢様。私はお嬢様が楽しそうに笑って下さるだけで何よりも幸福で嬉しいのです。なので、ずっと幸せなままでいて下さい」

「レイアがそう望むのなら、喜んで」

  そう言って私の主は微笑み、温かく手を握った───。












 ───そして、今、お嬢様はすくすくと育って、女王候補として国に選定された。

 お嬢様が一体何を考えて行動しているかは未だ不明だが、私はお嬢様に着いていく。
 間違えを犯してしまいそうな時は正し、反対に私が犯してしまいそうな時は救ってもらう。そんな侍従関係がとても心地よい。

だからこそ───あんなメイドたちの会話は許せなかったのだ。

 エマ様を罵倒する、あの話を。




                                

               





        

 大変長らくお待たせ致しました。
 これにてレイアの回想は終わりとなります。
 次回からは本編がようやく進みます。今しばらくお待ちくださいm(_ _)m


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