女王候補になりまして

くじら

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脱・引きこもり姫

大会前夜

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 ルイズ様と地獄の再会を果たした後、私は不安を打ち消すように練習に励んだ。
 そのお陰か、今までに苦手だった部分を克服すすることができ、エヴァとの関係も更に良好になった。

 これだけはルイズ様に感謝だ。ルイズ様に対する恐怖が私のやる気を引き出したのだ。

 そして今は大会前日の夜。
 私は朝からつい先程まで行っていた乗馬練習を終え、エヴァの毛を丁寧にといていた。

「エマ、ちょっといいか?」

 そう言って私の名前を呼ぶのはバックに月の光を浴びて、昼間よりも艶やかな雰囲気を纏ったイケメン俺様先生だった。

「はい、どうしましたか?」

 私は毛並みをとくのをやめて、座りながらといていた椅子にブラシを置き、彼のもとへ行った。

「エマ、明日が本番だ。緊張はしてないか?……ってカッコつけて言いたい所だけど、多分俺の方が緊張しているんだよな」

 先生は頭を掻いて、苦笑を零す。
 何だか、いつもの先生よりも弱々しさを感じて、親近感や愛しさが私の中から芽生えてくる。
 
「ふふっ、先生には今までお世話になりましたし、私その分の期待に応えられるように精一杯頑張りますね」

「エマ…。ありがとう。流石俺の生徒だ」

 先生はまるで泣きそうな顔で笑う。こんな表情をする先生は初めて見る。

「俺……お前に謝らなければいけないことが沢山あるんだ」

「大会に出場させることを隠して近付いたことですか?それならもう別に──」

「確かにそれもある。でも俺はまだお前に言えていないことがあるだろう」

 先生はこちらに体を向けて、真剣な眼差しで私を見つめる。
 私も先生の綺麗なオレンジの瞳から目を離さない。

「それは……先生の素性に関してですか……?」

「………あぁ。そうだ」

 次の瞬間、先生はガバッと頭を勢いよく下げる。
 私は先生の突然の行動にギョッとしてしまった。

「っ──本当にすまない!今までお前に真実を言えなくて、得体の知れない男と無理やり付き合わされて……本当にごめん。辛い思いをさせたと思う…。本当に、本当にすまない……」

 彼は段々と声のボリュームが小さくなって、最後はまるで消え入りそうな声で言っていた。
 今日は先生の見たことのない部分をたくさん見ている気がする。

 「あ、あの……先生?私なら大丈夫ですよ?先生普通に教え上手ですし、優しいところもあるし……。別に危害を加えられたと思ったことも無いですよ……?」

「でも、このままお前に隠したままなのは駄目だろ……?だから、明日お前に真実を話そうと思うんだ」

「え」

 真実を話す?明日の乗馬大会で?
 競技に集中出来るか急に不安になってきた。
 私だって彼の素性が知りたくない訳ではない。       
 寧ろめちゃめちゃ知りたい。

「勿論、大会が終わった後に、だ。それまでに競技に集中出来なかったら元も子も無いからな。いや、逆の方が良いのか……?」

「えっと……大会が終わった後でお願いします」

「分かった。……ほんと、ごめんな」

「………いえ……」

 私は素性を隠す先生とは違って、素性を偽っている。きっと、先生よりももっとタチが悪いだろう。
 だから、私は先生の謝罪を受け入れない…受け入れられない。謝るべきなのは私の方なのだから。

 でも真実を言うつもりは無い。
 きっと言ってしまえば、この関係が壊れてしまうだろうから。

「………俺、お前との乗馬の時間、すげー楽しかった。……自分でも驚くくらいに」

 彼は突然話題を変えて、私に優しく微笑む。
 その笑顔はまるで嬉しさを込み上げさせているような表情だった。

「だから、もし俺が真実を言ったとしても俺はこの時間を終わらしたくは無い。……お前がどうかは分からないが……でも少なからず俺はそうだと、ちゃんと覚えておいてくれ」

「………も、勿論です」

……驚いた。まさか先生も私と同じことを考えていたなんて。
 もしや先生の正体はそれなりのお貴族様でした、とか?もしそうであれば私も自分の正体を明かしても良いかもしれない。

 淡い期待が胸の中に宿る。
 もしお互いの隠し事を全て明かす事が出来れば、どんなに心地良い時間に変わるだろうか。
 夢に描いた妄想が現実味を帯びた瞬間だった。

 先生はそこまで言うとくしゃりと嬉しそうに笑って私の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。か、髪型が……。

「ははっ、そうか。……なら、もう心配事は無いな。呼び出して悪かった、俺が言いたいことはこれで全部だ。明日、お前が優勝出来るように…願ってる。一緒に頑張ろうな」

 私はわしゃわしゃされた頭を整えて、彼に頷いた。

「あの、先生」

「ん?なんだ?」

「明日、先生の名前も教えてくれるんですよね?」

「え?…あ、あぁ。そのつもりだが…それがどうかしたのか?」

 私は先生にいたずらっ子のような顔で笑う。

「なら、先生じゃなくて名前でこれから呼びますね。先生呼びはもう卒業です」

「は!?え、おい!それは続けろよ!俺のテンションを上げる為にもよ!」

「何で私が一々先生のテンションを上げなくちゃいけないんですか!絶対名前で呼びますからね!」

「はあああ?何でだよ!そこは先生呼びのままにしておけよ!」

 そう言って、私たちのしょうもない会話が繰り広げられる。
 先生と一緒に行う乗馬の時間も楽しいが、こんなくだらない会話も私の特別な時間の一つなのだ。
 だから、失いたくない。ずっと、この時間が巡ってほしい。
 私はそう思えた。














 エマが去った後───。

 馬小屋には再び月光に照らされた二人の影があった。
 まるで、昼間の雰囲気とは全く変わった飼育員は美しい立ち居振る舞いをして、焦げ茶の髪をした青年の斜め後ろに佇んでいた。

 そんな飼育員がニコリと笑って口を開く。

「──ついに明日、ですね」

「………あぁ」

「本当に今までお疲れ様でした。貴方様なら成し遂げられると思っていましたが、まさか最後まで彼女をお選びになるとは思いませんでした」

「あいつは飲み込みが早い。これからもっと教えれば更にぐんと伸びるだろう」

 青年は飼育員の方を一切見向きもせずにそう答える。目線はずっとエマが去った方向を見ていた。

「それはそれは……随分お気に召したようですね。先程の会話も今までにない笑顔を彼女に向けていらっしゃいましたしね」

「なっ、お前──!………はぁ、ったく、人の会話を盗み聞き盗み見する癖、早く直してくれないか。何も喋れなくなるだろう」

「ふふっ、大丈夫ですよ。私は人のプライバシーはきちんと守る主義ですから。誰かに口外するつもりは微塵もありませんよ」

「そういう意味じゃねぇーよ……はぁ」

 ようやく飼育員の方を向いた青年の顔は諦めにも似た呆れた表情をしていた。

「……ですが、本当に仰られるのですか?私は黙っていたままの方が賢明だと思いますが」

 飼育員は青年に向かって窺う顔を向ける。

「……確かに黙ったままだったらどれだけ簡単なことか、きちんと考えたさ。でも、やっぱり俺、あいつに嘘は付きたくねぇ。……これからも末永くあり続ける為にも」

「………そうですか。貴方様が考えたことなら、私は文句はありません。…頑張って下さい。陰ながら応援しておりますよ」

「……あぁ、ありがとう」

 そう言って二人の会話は闇に包まれた。















「ちょっと、早く仕事を片付けなさい?」

「全く、ほんっとだらしないわねぇ」

 皇宮の奥深く、冷たい空気が辺りを占める地下の牢獄で氷のように冷たい水で雑巾を濡らし、水拭きをさせられているメイドがいた。

 周りのメイドはその様子に嘲笑っている。
 楽しそうに。そして、まるで八つ当たりのように。

「ほら!ここも汚れているわよ!早く拭きなさい!」

「…………」

 悴んだ手のまま、雑巾を持って嘲笑うメイドが指した汚れている場所へ足を運ぶ。
 そこは先程冷たい手をしたメイドが綺麗に掃除をした場所で一切の汚れも無い。
 けれど、メイドは黙ったまま、その手を動かし続ける。

 すると、その悴んだ手を足でぐしゃりと踏まれる。

「っ………」

「あっはは!本当に間抜けね!その汚い手で私の足に近付いたからよ!汚れかと思って踏んでしまったわ!」

「あっははは!可哀想ね!」

「………」

 実際であれば地下牢獄は重罪を犯した犯罪者が入れられる場所なので、基本的に清掃はしなくて良いとされている。

 しかし、周囲のメイド達はわざとその掃除を引き受けて、悴んだ手のメイドにやらせていた。

 「…なんなの、コイツ……無反応過ぎてつまんない。ねぇ、今度はもっと辛い場所でやらせましょ?」

「そうね。確かにそれが良いわ」

 日に日にメイド達の嫌がらせは酷くなっていく。
 そんな状況にいじめられているメイドはただ黙々と付き合っていた。

「ふふっ、アンタだって良いよね?なんてったってアンタのご主人様は無能な人間だからねぇ?アンタが仕事を全部やらないと。ホント、可哀想。あははっ!」

「……私の主をそんなふうに言うのはやめて貰えますか。あの方の名を貴方達がそんなふうに言うと汚されているようでたまりません」

 言葉を発したメイドに他のメイド達は激昂する。

「はぁ!?私達が汚れた存在だとでも言いたいの?コイツ……!!今すぐ鞭で叩き上げてやる!メイド長に告げ口をしてね!言った事を後悔させてあげるわ!」

 激昂したメイドはすぐさま地下牢へ出ていき、周りのメイドは怒りの中心にいるメイドを取り押さえる。
 逃げることが出来ないように。

「ふんっ、アンタが悪いんだからね。私達に口ごたえなんてするから」

「そうよ、ちょっとは反省でもすれば良いのよ」

「恨むならアンタのご主人様を恨みな?──────レイア」

 レイアはただ静かに、瞼を閉じた。
 何よりも大切な、主を思って。






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