女王候補になりまして

くじら

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ゲームスタート

いざ、戦場へ

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 支度が終わって、屋敷の外へ出ると憎らしいほどの晴天が私を出迎えた。
 そういえば、ゲーム内でもこんな天気だったなと今思い出す。

 屋敷の玄関前では、使用人が総出で私を送り出してくれた。
 中には涙を流す人だっていた。私もまた涙ぐみそうになったけど、今まで過ごしてきたのは私であって私じゃないからやめた。色々と違う気がするし。

 でも、涙を流す訳は分かる。

 女王試験が終わらない限り、私は………いや、女王候補は実家へと帰ってはいけないルールがあるからだ。

 なんでも、過去に自分が女王になりたいが為に実家に帰り、家族や使用人と協力して試験に様々な仕掛けを仕組んだ女王候補がいたからだとかなんとか。

 勿論その女王候補はお縄になったが、それ以降、再発を防ぐためにも実家への帰省は禁止となったのだ。

 公正を保つため、こればかりは我慢しなければ。

 既に用意されていた馬車に乗ると、傍にいたレイアが無表情のまま私に告げた。

「お嬢様。私はお嬢様が王宮に行っている間にお嬢様の私室に準備のために先に行きます。なので、必然的に王宮ではお嬢様はお一人となりますが、おそらく、旦那様と奥方様がいらっしゃるでしょう。ですので、大丈夫ですね。お一人だとしても」

「え」

 私は暫し固まる。
 嫌だと言いたのに、これ以上迷惑を掛けたくないという意識が私の口を閉ざす。
  
「お嬢様。お嬢様なら、大丈夫です。どんな事も乗り越えられます。貴女は私の主なのです。そして、素晴らしいお方なのです。誰よりも私は貴女を信じております」

 先程とは打って変わって、まるで母親の様に穏やかな表情でそんなことを言われてしまったら、くすぐったくて嬉しくなった。

「レイア…………ふふっ、ありがとう」

 レイアは私を奮い立たせるのが上手だ。こんな事を実際に言ってくれる人が居て、本当に良かった。
 そして、安堵と 同時にとても嬉しくなる。

 私はレイアの瞳を真っ直ぐ見つめて、

「もう大丈夫。レイアが居れば私は無敵だよ」

 と自信あり気に言った。
 レイアは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに優しい表情をした。

「はい。私もお嬢様が居れば無敵です」

 二人で馬車の窓から笑いあった。

 そして、私は別れ際に窓から顔を出し、使用人皆に大きく手を振った。
 慌てて注意しようとする使用人も居れば、泣きながら手を振ってくれる使用人も居た。

  






 (──帰りたい…………)

 三分後、私は帰りたいと思っていた。
 レイアに無敵宣言をしたばかりだというのに、既に弱気になっていた。

 馬車には高速魔法が施されているのか、とても速い速度で進んでいた。
 この場合、実際はとても便利なんだろうけど、今の私としては憎らしい以外何も無かった。

 今世の記憶が無ければ、魔法にとても興奮していたと思うが、魔法に関する知識を元から持っていたため、そこまで驚かなかった。
 そもそもエマ、魔法使えない設定だし。

 色んな意味で溜息を吐いた。

 暫く景色を堪能していると、段々と豪華な建物が増えてきた。
 道も土から石畳になっている。
 とても賑やかで人が多い。何故だか、街のありとあらゆる所に帝国の紋章が描かれた旗が飾られている。
 理由は不明だが、おそらくここが城下町である事は間違い無いだろう。

 奥へ奥へと進むと、前方に視界に入り切らない程に巨大なお城が見えてきた。
 お城の大きな門の前では沢山の人々が花束や籠を持って出待ちしているように列をなしていた。

 (何で花束と籠………?どういう状況?)

 意味が分からず、そのまま素通りして行く馬車の窓から外を凝視する。
 この窓には不視の効果が施されている魔法がかかっているので、外から私の姿は見えない。
  
  ………なのに、とてもジロジロ見られている。
 しかも、誰もが輝いた瞳で馬車(車内)を見ていた。

 この人集りが民衆であることは間違い無いけれど、なんでそんな眼差しをするんだ。
 城下町の民衆だから、馬車が通るのは日常茶飯事なはずなのだが。

 疑問が解けないまま、私を乗せた馬車は大きな城の門を通り過ぎていった。





 門を越えて更に奥へ進むと城の内部に来た。
 周りは石の外壁に囲まれている。
 だが、以外に地味な場所だ。外壁に囲まれているから外からは見えないし、日陰が多い。
 人気も感じないし、あまり人の出入りが多くないのか、地面や壁にツタが伸びていた。
  
 お城には沢山の人間が生活しているのに、どうしてここだけ人が来ないのだろうかと考えていると、馬車がゆっくりと止まり始めた。

「エマ・フロンティア侯爵令嬢様。到着致しました」

 え、ここで止まるの?

 以外な場所で止まって困惑するも、 馬者の扉が御者によって開かれる。
 手を差し出してきたので私は慣れないことに戸惑いつつも、その手を取り、私は馬車から降りた。

 すると、私が丁度降りたタイミングでどこからやってきたのか、年配の執事がこちらにやって来た。
  ………本当にどこから来たんだろう。

 年配の執事は私に近づき、深々と会釈すると、コホンと咳をした。

「お待ちしておりました。エマ・フロンティア侯爵令嬢様」
  
 嗄れた声で、それでいてとても落ち着きの払った声で私の名前を述べた。

「私の名はレジックと申します。皇宮の執事長兼、女王候補試験の最高責任者を務めさせて頂いております」

 恭しく礼をしたレジックはレイアとはまた違った佇まいをしていた。
 左目の銀縁のモノクルがとても似合っていて、黒の燕尾服のジャケットもその下に着ている白のシャツも全て皺一つ無い。
 実際の執事って本当にこんな感じなんだ。

 因みに彼はゲームでも登場していた人物だ。
 主にチュートリアルと女王候補クエストの案内人を担っていた。
  
 ゲームで登場した人物を目の当たりにして、私は更にここがあの"リルージュ・クイーン"の世界であることを思い知らされた。

 これから先がとても憂鬱になる。

「では侯爵令嬢様、会場まで私がご案内致します」

「………エマで結構です」

「……畏まりました。エマ様」

 レジックはそのまま音も無く歩き出した。

 (石畳の地面なのに、よくそんな静かに歩けるな……)

 忍者のようだと思うも、どうやら執事長というのは伊達じゃないようだ。
 そのまま皇宮内の小道を歩き続けると、小さな勝手口の様な場所に来た。

「ここからお入り下さいませ」

「え、ここから……?どうしてこんな……」

 通常、こういう使用人が使う出入口の様な場所に貴族は入るどころか立ち入りすらしない。
 勿論、仕事の邪魔になるからという理由もあるが、大方、下の者が使う場所に入るという貴族ならではのプライドが許さないからだろう。

 皇宮の執事長であるならば、尚更それを理解しているはずだ。

 なのに、何故?

「すみません、説明をしておりませんでしたね。先程、ここにエマ様がいらっしゃる前に城の門の前で民衆の人集りを目撃されたと思います」

 私はレジックの言葉に頷く。確かに目撃したし、疑問も抱いたが………。

「あれは、時期女王の顔を一目見たいと、数時間後に開催されるパレードの出待ちをしているのです」

「パレード………」

「はい。なので門を開くことが出来ないのです。仮に無理やり開いてパレードと勘違いさせてしまえば、収集もつかず、女王候補様方の晴れ舞台が台無しになってしまいますからね」

 なるほど。だからここからなのか。
 私は理解したとばかりに頷いた。

「それに、会場へ出向く前に民衆に見つかってしまえば、大騒ぎになりますから。目立たせない為にもここから出入りしているのです」

 身を隠す為にも最適だったという事か。
 ゲームでは表示されていなかったため、少々戸惑ってしまった。ようやく謎が解けてスッキリだ。

「では、改めて向かいましょう。王子様方が首を長くして待っていますよ」

「………そうですか」

 若干気乗りしないまま、私はレジックに付いて行った。






 歩を進めていくにつれ、どことなくクラシック音楽が聴こえてきた。
 会場が近いのだろう。

 段々とはっきり聴こえてくる音楽に比例して、私の心臓も早鐘を打ち始めた。
 高度が高い訳でもないのに、呼吸がしにくい。
 胸が不安で押し潰されて仕舞いそうだ。

「エマ様。ここが会場の入口です」

「っ………」

 急にレジックがこちらへ方向転換してきた為、少々驚いた。
 そして、もう着いてしまったのかと、絶望が襲いかかる。

 ──もし、ここで死んでしまったらどうしよう。

 二度と屋敷には戻れないし、またレイアと過ごす温かな時間ももうやって来ない。
 私が死ぬだけならまだしも、一家が離散や没落してしまったらどうしよう。

 まだ親孝行もしていないし、皆に迷惑を掛けてしまう。
 生きてやりたいことがまだ、沢山あるのに……………!

「──エマ様?」

「あ………は、はい。何でしょう」
  
 私が不安に駆られていると、レジックはひどくやさしい笑みを浮かべ、まるで私を落ち着かせる様にゆっくりと告げた。
  

「これから、貴女様は沢山の試練に出会っていくことでしょう。ですが、そこで立ち止まらず、女王候補としてどんな壁も乗り越えられると我々使用人、そして御家族様もそう信じております。貴女様は王が選抜した中の一人なのです。胸を張って、女王候補試験にお臨み下さい」

「………ありがとうございます。レジックさん」

「私の事はレジックで構いませんよ」

 レジックはそう言ってウィンクをした。
 そんな彼の意外な行動に一瞬驚いたものの、私はくすりと笑ってしまった。

 レイアとレジックはあまり似ていないと思っていたが、意外にも励まし上手という共通点があったようだ。

 いつの間にか、先程の絶望感はどこかに消え失せ、何となく晴れ晴れとした気持ちで、レジックが開けた会場への扉を潜った。

「──行ってらっしゃいませ」

 レジックの嗄れた優しい声音が私の背中を押してくれた様な気がした。
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