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僕にだけ誠実な貴方
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「僕、貴方のことが好きです」
客の少ないバーのカウンターで、僕は静かにつぶやいた。
告白された張本人――シュトレイさんは、驚いたのか大きく目を見開いている。
だが、次に悲しそうな顔をして、フルフルと首を振った。
「私のような男は、君に相応しくない……」
「でも僕、好きなんです!」
「……」
シュトレイさんは迷うようにウイスキーグラスのふちを撫でていたが、しばらくすると諦めたようにつぶやいた。
「……やっぱり君とは付き合えない。すまないね」
この瞬間、僕の恋は完全に終わった。
泣きそうになったので上を向き、涙がこぼれないようにした。
あふれ出しそうになる感情をなんとか抑え込むと、顔をシュトレイさんの方へ向け、明るく笑った。
「そっか! じゃあしょうがないですね!」
「……」
僕は気にしてないふうを装って、冗談っぽくシュトレイさんをつついた。
「じゃあこれからも友人でいましょうよ。またここに来てくださいね。気まずいから店に来なくなるとかは無しですよ!」
「……あぁ。分かった」
シュトレイさんはホッとしたようにうなずいた。
「じゃあそろそろ帰りましょうか」
「そうだな……」
僕たちはマスターにお金を払うと店を出た。
外は凍るような寒さだ。空を見上げると、空気が乾燥しているせいか星がキラキラと輝いていた。
夜空はこんなにも綺麗なのに、僕の心は灰色だ。
僕はシュトレイさんの方へ顔を向けると、ニコニコと手を振った。
「じゃあ、また」
「あぁ……」
シュトレイさんは右。僕は左へと歩き出す。
しばらくぼんやりと歩いていたら、後ろから『レイス君!』と声が聞こえた。
振り返ると、シュトレイさんがこちらに向かって走ってきているところだった。
「レイス君……。本当にすまない。――でも、君の気持ちは嬉しかった。ありがとう……」
迷惑なんだよ、告白なんかすんな! と言わないシュトレイさんは、本当に優しい。
そう言うところが大好きなんだよなぁ。
でも、フラれたのなら仕方がない。潔く諦めなければ。
「いいえ。こちらこそ、変なこと言ってすみませんでした」
「変なことじゃないよ」
「えへへ。ありがとうございます。じゃあまた明日!」
それだけ言うと、僕はすぐに前を向き、冬の夜道を全速力で走った。
夜風がほてった頰を冷やしてくれて気持ち良い。
さようなら、大好きな人。
僕は我慢していた涙をポロポロ流しながら、振り返ることなく家まで走り続けたのだった。
※※※※
シュトレイさんと始めて出会ったのは、こじんまりとした近所のバーだ。
お互い一人で飲んでいたのだが、酔った勢いで僕が話しかけた。
だってシュトレイさんって凄くカッコいいんだもん。濡れたような黒髪とオリーブ色の瞳。切れ長の目にスッと通った鼻筋。座ってても背が高いのか分かる。
こんな人がガールフレンドも連れずに一人で飲んでいるのが不思議で興味を持ったのだ。
僕たちはすぐに意気投合し、友達になった。
それからはバーで会うたびに隣に座るようになった。
シュトレイさんはあまり自分のことを話さない。でも、聞き上手だった。僕の仕事の愚痴やどうでもいい話にも真剣に耳を傾け、相槌を打ってくれた。
僕はあまり友達がいないので、すぐにシュトレイさんに懐き、気付いたら大好きになっていた。
告白は……しないつもりでいた。
だって絶対無理だと思っていたから。
でも今夜、シュトレイさんといつも通り飲んでいたら、どうにも我慢できなくなってしまったのだ。
――どうしても、シュトレイさんに気持ちを伝えたい。気持ちを伝えたらどんな反応をするのか見てみたい。
そんな思いに駆られてつい言ってしまった。
結果はお察しの通り。
『私は君に相応しくない』なんて言われちゃった。
あーあ……。
告白なんてしなきゃ良かったなぁ。そうすればいつまでも飲み友達でいられたのに。
シュトレイさん、これからも店には来てくれるって言っていたけど、本当かなぁ?
気持ち悪いから、もう店には行きたくないとか思われたらどうしよう……。
シュトレイさんとまたお話ししたいよ。友達でも全然いいんだ、僕は。
そんな不安を抱えていた僕だが、次の日バーに行ったら、また彼はいつもの席に座っていた。
シュトレイさんは僕に気がつくと、気さくに手を振ってくれた。
――良かった。昨日の告白はなかったことにしてくれたみたい。
ホッと安堵した僕は、なるべくいつも通りに見えるように笑うと、隣に座ったのだった。
※※※※
それからも僕たちは前と変わらずにバーで会い、一緒にお酒を飲んでいる。
今日も僕はシュトレイさんに仕事の愚痴をこぼす。シュトレイさんはそんなつまらない僕の話を真剣に聞いてくれた。
「――でね、お客さんが言うんですよ。にいちゃん、ここは性的マッサージはしていないのか? にいちゃんに頼みたいんだがなぁって」
僕はマッサージ店で働いているのだ。
もちろん性的なマッサージなんてしない。でも、僕が担当するお客さんは、そんなセクハラ発言をする人が多いのだ。
シュトレイさんはコクリとウイスキーを飲むと、同情するような眼差しで僕を見つめた。
「それは大変だったね。上司に報告はしたのかい?」
「一応しました。でも、そんな冗談本気にするなって言われました」
「そうか……。君は凄く可愛いからね。言いたくなる気持ちも分からないではないが、そこは我慢してほしいよね」
「!」
か、可愛いって言われた……。シュトレイさんに!
お世辞でも嬉しい……!
褒められた嬉しさに、僕の顔が瞬時に熱を帯びる。その顔を見て、シュトレイさんが心配そうにそっと頰を撫でた。
「大丈夫かい? 顔が赤いよ? ちょっと飲み過ぎたんじゃないか?」
「だ、大丈夫です!」
しかもほっぺを触られちゃった!
う、嬉しい……!
僕はあれだけハッキリとシュトレイさんにフラれたのに、まだ諦めがつかなかった。
だってシュトレイさん、優しくて誠実でカッコいいんだもん!
もう告白なんてしないから、想い続けるくらいはいいよね! などと最近は開き直るようになってきた。
とりあえず火照った顔を鎮めるため、カクテルグラスを頰に押し付けた。すると、入り口のベルがカランカランと鳴った。
なにげなくそちらを見ると、見たことのない男が一人立っていた。
小さなバーなので、新規のお客さんは滅多に来ないのだ。
初めて見る客だなぁ。なんて思いながらなんとなく眺めていたら、その男と目が合ったような気がした。
「あっ! シュトレイさんじゃないっすか!」
どうやら新規客は僕を見ていたのではなく、隣に座るシュトレイさんを見ていたようだ。
男はニヤニヤ笑いながらこちらに近付いて来ると、シュトレイさんの隣に座った。
「偶然っすね! よくここ来るんすか?」
「……。今友人と飲んでるんだ。悪いが別の席に座ってくれないか?」
シュトレイさんは冷たい声でそう言った。
いつも優しいシュトレイさんがこんな声で話すのは初めてだったので、僕はちょっと驚いた。
だが、男は気分を害した様子もなく、話を続ける。
「こりゃあ失礼しました! 今、口説いてる最中だったんですね!」
「……」
シュトレイさんは不愉快そうに眉を寄せた。
男はニヤニヤ笑うと、無遠慮に僕の顔をジロジロ見つめた。
「おー。今日はエルフの男の子っすか! 可愛いーすっね! これからホテルに連れ込むんすか? 良かったら俺も混ぜて下さいよ。3Pしましょう!」
「……。ゲスなことを言わないでくれ。彼が怖がっている」
シュトレイさんの言葉に、男はへっと鼻を鳴らした。
「なに紳士ぶってんだよ! この、ヤリチンが! テメーこの前俺の狙ってた女抱いただろう!? 本当見境ねーなぁ、インキュバスって種族はよぉ!」
「!」
インキュバス……?
インキュバスって生き物の生気をセックスで食らうあのインキュバス? 嘘……。シュトレイさんってインキュバスだったの? 驚く僕を横目に、ガタンっとシュトレイさんが立ち上がった。
「レイス君……。今日はもう帰ろうか?」
「そ、そうですね」
僕も慌てて立ち上がる。マスターにお金を払うと二人で出口に向かった。
新規客はまだなにか怒鳴っていたが、シュトレイさんがインキュバスだったことが衝撃過ぎて、よく聞き取れなかった。
店を出ると、シュトレイさんは今にも泣き出しそうな表情で僕を見つめた。
「ね? 言っただろう? 私は君のような清い青年には相応しくないんだよ」
「そ、そんなことないですよ。シュトレイさんは誠実で優しい人です!」
「ふ……。見当違いもいいところだ。私はね、アイツの言った通りインキュバスなんだ。毎日取っ替え引っ替え男女とセックスして生気をいただく浅ましい生き物なのだよ」
「……!!」
シュトレイさんはそれだけ言うと、悲しそうにうつむいた。
「……もう、君とは会わない方がいいね。私の秘密を知られてしまった」
「……」
「……。君にだけは、知られたくなかった」
そう言って僕の帰り道とは反対方向に歩き出した。
取り残された僕は黙ってうつむく。
シュトレイさん……。悲しそうだった。僕にインキュバスって知られたくなかったんだ。
話してくれれば良かったのに……。それを知ったからって僕の気持ちは変わらないのに。
でも、シュトレイさんは話さなかった。きっと、話したら僕が偏見の目で見ると思ったのだ。
そんなことないのに……。僕はシュトレイさんがインキュバスでも大好きなのに……。
このままシュトレイさんとお別れしていいのか?
今ここで別れたら、もう二度と会えない気がする。
だって僕は、シュトレイさんのことをなにも知らないのだから。
そう思ったら、勝手に足が動いていた。
全速力でシュトレイさんを追いかける。
「シュトレイさん!!」
思い切り叫ぶと、前を歩いていたシュトレイさんが立ち止まった。
恐る恐るといった様子でこちらを振り返る。
「シュトレイさん……」
僕はシュトレイさんの顔を見て、胸が痛んだ。
シュトレイさんは、泣いていたのだ。
大の男がポロポロ涙を流して泣いている姿は、見ようによっては滑稽だったかもしれない。
でも僕はその姿に心を打たれて、こちらまで泣きそうになってしまった。
――追いかけて良かった。
追いかけなかったら、僕は一生後悔するところだった。
僕は気持ちを落ち着けると、ゆっくり口を開いた。
「シュトレイさん。これだけは言わせて下さい」
「……」
「貴方が普段、なにをしているのかなんて、僕はこれっぽっちも知らない。でも――」
「……」
「僕の前の貴方は、いつも優しくて誠実でした。僕はそんな貴方が今でも好きです」
僕の言葉に、シュトレイさんはクシャッと顔を歪めた。美形はこんな顔をしても美しいんだなぁなんて呑気に考えていたら、シュトレイさんにそっと抱き締められた。
「本当は、私も君が好きだ! だが、私のようなゲスは君に相応しくないと思って!」
「ゲスなんかじゃないですよ。インキュバスなんでしょう? 生きるためには仕方のないことですよ」
「レイス君……」
僕たちは見つめ合い、どちらからともなくキスをした。
それからもつれ合うように僕の家に向かった。
家に着いた途端、シュトレイさんは尻込みした。
「やっぱり私など君に相応しくない。今日はもう帰るよ」
「今更そんなこと言わないで下さいよ! 家まで来たならやることは一つでしょう?」
そう言ってシュトレイさんを寝室まで引っ張った。
シュトレイさん……。本当にインキュバスなのかな? 真面目過ぎない?
そんなことを思いながら、シュトレイさんをベッドに押し倒した。
シュトレイさんは積極的な僕にタジタジになっているようだった。
「レイス君。本当にいいのかい?」
「いいですよ。シュトレイさんに、僕の生気を食べて欲しいんです」
瞬間、シュトレイさんの喉がゴクリとなるのを見逃さなかった。
僕はコートを脱ぐと、魅惑的に微笑んだ。
いや、色気なんて僕には全くないので、シュトレイさんから見たらただニヤニヤ笑ってるだけだったかもしれないけど……。
とにかく僕はなるべく色っぽく見えるように服を一枚一枚脱いでいった。
上半身が裸になった頃、シュトレイさんを見つめたら、興奮のためか歯がガチガチ鳴っていた。
「シュトレイさん……。抱いて……」
トドメの一言をつぶやくと、シュトレイさんは飢えたケモノのように僕に食らいついたのだった。
※※※※
それから先のことはよく覚えていない。
とにかく気持ち良くて、僕は泣きながら何度も達したことだけ覚えている。それから気を失って今に至る。
僕がのっそりベッドから起き上がると、目の前でシュトレイさんが土下座していた。
「やり過ぎてしまった……! すまない……!」
僕が目覚めるまでずっとこの体勢でいたのかなぁ?
本当に真面目なんだから。
僕は苦笑して、シュトレイさんの肩をポンポン撫でた。
「誘ったのは僕です。気にしないでください」
「だが……!」
「それよりも僕、セックスしたの初めてだったんです」
「なに……?」
シュトレイさんは驚いて目を丸くした。
考えてみると、初めてなのに気絶するほど気持ち良かったって凄いな。シュトレイさんのテクニックが余程優れているのだろう。
僕はイタズラっ子のように微笑むと、シュトレイさんにウィンクした。
「だから責任取って僕と付き合ってください」
「!」
シュトレイさんの表情が、少しだけ嬉しそうに見えた。
「……本当に、私なんかでいいのかい?」
「貴方がいいんです! その代わり、もう僕以外の人とセックスしちゃダメですよ? 僕の生気だけを食べてください」
シュトレイさんは余程嬉しかったのか、目に涙をためて僕に抱き付いてきた。
「もちろんだ!」
それからシュトレイさんは他の人に手を出さなくなった。もう僕がいるから他の人の生気はいらないんだって。
それでも僕は、冗談っぽくシュトレイさんに釘を指す。
「シュトレイさん。今日も浮気しませんでしたか?」
シュトレイさんは自信満々にうなずく。
「もちろんだ。もう私は君以外の生気は受け付けなくなってしまったよ」
「そうなんですか? じゃあこれから先も、ずうっと一緒にいましょうね? シュトレイさんのお腹は僕が満たす!」
僕の言葉を聞いて、シュトレイさんはそれはもう幸せそうな表情でうなずいたのだった。
客の少ないバーのカウンターで、僕は静かにつぶやいた。
告白された張本人――シュトレイさんは、驚いたのか大きく目を見開いている。
だが、次に悲しそうな顔をして、フルフルと首を振った。
「私のような男は、君に相応しくない……」
「でも僕、好きなんです!」
「……」
シュトレイさんは迷うようにウイスキーグラスのふちを撫でていたが、しばらくすると諦めたようにつぶやいた。
「……やっぱり君とは付き合えない。すまないね」
この瞬間、僕の恋は完全に終わった。
泣きそうになったので上を向き、涙がこぼれないようにした。
あふれ出しそうになる感情をなんとか抑え込むと、顔をシュトレイさんの方へ向け、明るく笑った。
「そっか! じゃあしょうがないですね!」
「……」
僕は気にしてないふうを装って、冗談っぽくシュトレイさんをつついた。
「じゃあこれからも友人でいましょうよ。またここに来てくださいね。気まずいから店に来なくなるとかは無しですよ!」
「……あぁ。分かった」
シュトレイさんはホッとしたようにうなずいた。
「じゃあそろそろ帰りましょうか」
「そうだな……」
僕たちはマスターにお金を払うと店を出た。
外は凍るような寒さだ。空を見上げると、空気が乾燥しているせいか星がキラキラと輝いていた。
夜空はこんなにも綺麗なのに、僕の心は灰色だ。
僕はシュトレイさんの方へ顔を向けると、ニコニコと手を振った。
「じゃあ、また」
「あぁ……」
シュトレイさんは右。僕は左へと歩き出す。
しばらくぼんやりと歩いていたら、後ろから『レイス君!』と声が聞こえた。
振り返ると、シュトレイさんがこちらに向かって走ってきているところだった。
「レイス君……。本当にすまない。――でも、君の気持ちは嬉しかった。ありがとう……」
迷惑なんだよ、告白なんかすんな! と言わないシュトレイさんは、本当に優しい。
そう言うところが大好きなんだよなぁ。
でも、フラれたのなら仕方がない。潔く諦めなければ。
「いいえ。こちらこそ、変なこと言ってすみませんでした」
「変なことじゃないよ」
「えへへ。ありがとうございます。じゃあまた明日!」
それだけ言うと、僕はすぐに前を向き、冬の夜道を全速力で走った。
夜風がほてった頰を冷やしてくれて気持ち良い。
さようなら、大好きな人。
僕は我慢していた涙をポロポロ流しながら、振り返ることなく家まで走り続けたのだった。
※※※※
シュトレイさんと始めて出会ったのは、こじんまりとした近所のバーだ。
お互い一人で飲んでいたのだが、酔った勢いで僕が話しかけた。
だってシュトレイさんって凄くカッコいいんだもん。濡れたような黒髪とオリーブ色の瞳。切れ長の目にスッと通った鼻筋。座ってても背が高いのか分かる。
こんな人がガールフレンドも連れずに一人で飲んでいるのが不思議で興味を持ったのだ。
僕たちはすぐに意気投合し、友達になった。
それからはバーで会うたびに隣に座るようになった。
シュトレイさんはあまり自分のことを話さない。でも、聞き上手だった。僕の仕事の愚痴やどうでもいい話にも真剣に耳を傾け、相槌を打ってくれた。
僕はあまり友達がいないので、すぐにシュトレイさんに懐き、気付いたら大好きになっていた。
告白は……しないつもりでいた。
だって絶対無理だと思っていたから。
でも今夜、シュトレイさんといつも通り飲んでいたら、どうにも我慢できなくなってしまったのだ。
――どうしても、シュトレイさんに気持ちを伝えたい。気持ちを伝えたらどんな反応をするのか見てみたい。
そんな思いに駆られてつい言ってしまった。
結果はお察しの通り。
『私は君に相応しくない』なんて言われちゃった。
あーあ……。
告白なんてしなきゃ良かったなぁ。そうすればいつまでも飲み友達でいられたのに。
シュトレイさん、これからも店には来てくれるって言っていたけど、本当かなぁ?
気持ち悪いから、もう店には行きたくないとか思われたらどうしよう……。
シュトレイさんとまたお話ししたいよ。友達でも全然いいんだ、僕は。
そんな不安を抱えていた僕だが、次の日バーに行ったら、また彼はいつもの席に座っていた。
シュトレイさんは僕に気がつくと、気さくに手を振ってくれた。
――良かった。昨日の告白はなかったことにしてくれたみたい。
ホッと安堵した僕は、なるべくいつも通りに見えるように笑うと、隣に座ったのだった。
※※※※
それからも僕たちは前と変わらずにバーで会い、一緒にお酒を飲んでいる。
今日も僕はシュトレイさんに仕事の愚痴をこぼす。シュトレイさんはそんなつまらない僕の話を真剣に聞いてくれた。
「――でね、お客さんが言うんですよ。にいちゃん、ここは性的マッサージはしていないのか? にいちゃんに頼みたいんだがなぁって」
僕はマッサージ店で働いているのだ。
もちろん性的なマッサージなんてしない。でも、僕が担当するお客さんは、そんなセクハラ発言をする人が多いのだ。
シュトレイさんはコクリとウイスキーを飲むと、同情するような眼差しで僕を見つめた。
「それは大変だったね。上司に報告はしたのかい?」
「一応しました。でも、そんな冗談本気にするなって言われました」
「そうか……。君は凄く可愛いからね。言いたくなる気持ちも分からないではないが、そこは我慢してほしいよね」
「!」
か、可愛いって言われた……。シュトレイさんに!
お世辞でも嬉しい……!
褒められた嬉しさに、僕の顔が瞬時に熱を帯びる。その顔を見て、シュトレイさんが心配そうにそっと頰を撫でた。
「大丈夫かい? 顔が赤いよ? ちょっと飲み過ぎたんじゃないか?」
「だ、大丈夫です!」
しかもほっぺを触られちゃった!
う、嬉しい……!
僕はあれだけハッキリとシュトレイさんにフラれたのに、まだ諦めがつかなかった。
だってシュトレイさん、優しくて誠実でカッコいいんだもん!
もう告白なんてしないから、想い続けるくらいはいいよね! などと最近は開き直るようになってきた。
とりあえず火照った顔を鎮めるため、カクテルグラスを頰に押し付けた。すると、入り口のベルがカランカランと鳴った。
なにげなくそちらを見ると、見たことのない男が一人立っていた。
小さなバーなので、新規のお客さんは滅多に来ないのだ。
初めて見る客だなぁ。なんて思いながらなんとなく眺めていたら、その男と目が合ったような気がした。
「あっ! シュトレイさんじゃないっすか!」
どうやら新規客は僕を見ていたのではなく、隣に座るシュトレイさんを見ていたようだ。
男はニヤニヤ笑いながらこちらに近付いて来ると、シュトレイさんの隣に座った。
「偶然っすね! よくここ来るんすか?」
「……。今友人と飲んでるんだ。悪いが別の席に座ってくれないか?」
シュトレイさんは冷たい声でそう言った。
いつも優しいシュトレイさんがこんな声で話すのは初めてだったので、僕はちょっと驚いた。
だが、男は気分を害した様子もなく、話を続ける。
「こりゃあ失礼しました! 今、口説いてる最中だったんですね!」
「……」
シュトレイさんは不愉快そうに眉を寄せた。
男はニヤニヤ笑うと、無遠慮に僕の顔をジロジロ見つめた。
「おー。今日はエルフの男の子っすか! 可愛いーすっね! これからホテルに連れ込むんすか? 良かったら俺も混ぜて下さいよ。3Pしましょう!」
「……。ゲスなことを言わないでくれ。彼が怖がっている」
シュトレイさんの言葉に、男はへっと鼻を鳴らした。
「なに紳士ぶってんだよ! この、ヤリチンが! テメーこの前俺の狙ってた女抱いただろう!? 本当見境ねーなぁ、インキュバスって種族はよぉ!」
「!」
インキュバス……?
インキュバスって生き物の生気をセックスで食らうあのインキュバス? 嘘……。シュトレイさんってインキュバスだったの? 驚く僕を横目に、ガタンっとシュトレイさんが立ち上がった。
「レイス君……。今日はもう帰ろうか?」
「そ、そうですね」
僕も慌てて立ち上がる。マスターにお金を払うと二人で出口に向かった。
新規客はまだなにか怒鳴っていたが、シュトレイさんがインキュバスだったことが衝撃過ぎて、よく聞き取れなかった。
店を出ると、シュトレイさんは今にも泣き出しそうな表情で僕を見つめた。
「ね? 言っただろう? 私は君のような清い青年には相応しくないんだよ」
「そ、そんなことないですよ。シュトレイさんは誠実で優しい人です!」
「ふ……。見当違いもいいところだ。私はね、アイツの言った通りインキュバスなんだ。毎日取っ替え引っ替え男女とセックスして生気をいただく浅ましい生き物なのだよ」
「……!!」
シュトレイさんはそれだけ言うと、悲しそうにうつむいた。
「……もう、君とは会わない方がいいね。私の秘密を知られてしまった」
「……」
「……。君にだけは、知られたくなかった」
そう言って僕の帰り道とは反対方向に歩き出した。
取り残された僕は黙ってうつむく。
シュトレイさん……。悲しそうだった。僕にインキュバスって知られたくなかったんだ。
話してくれれば良かったのに……。それを知ったからって僕の気持ちは変わらないのに。
でも、シュトレイさんは話さなかった。きっと、話したら僕が偏見の目で見ると思ったのだ。
そんなことないのに……。僕はシュトレイさんがインキュバスでも大好きなのに……。
このままシュトレイさんとお別れしていいのか?
今ここで別れたら、もう二度と会えない気がする。
だって僕は、シュトレイさんのことをなにも知らないのだから。
そう思ったら、勝手に足が動いていた。
全速力でシュトレイさんを追いかける。
「シュトレイさん!!」
思い切り叫ぶと、前を歩いていたシュトレイさんが立ち止まった。
恐る恐るといった様子でこちらを振り返る。
「シュトレイさん……」
僕はシュトレイさんの顔を見て、胸が痛んだ。
シュトレイさんは、泣いていたのだ。
大の男がポロポロ涙を流して泣いている姿は、見ようによっては滑稽だったかもしれない。
でも僕はその姿に心を打たれて、こちらまで泣きそうになってしまった。
――追いかけて良かった。
追いかけなかったら、僕は一生後悔するところだった。
僕は気持ちを落ち着けると、ゆっくり口を開いた。
「シュトレイさん。これだけは言わせて下さい」
「……」
「貴方が普段、なにをしているのかなんて、僕はこれっぽっちも知らない。でも――」
「……」
「僕の前の貴方は、いつも優しくて誠実でした。僕はそんな貴方が今でも好きです」
僕の言葉に、シュトレイさんはクシャッと顔を歪めた。美形はこんな顔をしても美しいんだなぁなんて呑気に考えていたら、シュトレイさんにそっと抱き締められた。
「本当は、私も君が好きだ! だが、私のようなゲスは君に相応しくないと思って!」
「ゲスなんかじゃないですよ。インキュバスなんでしょう? 生きるためには仕方のないことですよ」
「レイス君……」
僕たちは見つめ合い、どちらからともなくキスをした。
それからもつれ合うように僕の家に向かった。
家に着いた途端、シュトレイさんは尻込みした。
「やっぱり私など君に相応しくない。今日はもう帰るよ」
「今更そんなこと言わないで下さいよ! 家まで来たならやることは一つでしょう?」
そう言ってシュトレイさんを寝室まで引っ張った。
シュトレイさん……。本当にインキュバスなのかな? 真面目過ぎない?
そんなことを思いながら、シュトレイさんをベッドに押し倒した。
シュトレイさんは積極的な僕にタジタジになっているようだった。
「レイス君。本当にいいのかい?」
「いいですよ。シュトレイさんに、僕の生気を食べて欲しいんです」
瞬間、シュトレイさんの喉がゴクリとなるのを見逃さなかった。
僕はコートを脱ぐと、魅惑的に微笑んだ。
いや、色気なんて僕には全くないので、シュトレイさんから見たらただニヤニヤ笑ってるだけだったかもしれないけど……。
とにかく僕はなるべく色っぽく見えるように服を一枚一枚脱いでいった。
上半身が裸になった頃、シュトレイさんを見つめたら、興奮のためか歯がガチガチ鳴っていた。
「シュトレイさん……。抱いて……」
トドメの一言をつぶやくと、シュトレイさんは飢えたケモノのように僕に食らいついたのだった。
※※※※
それから先のことはよく覚えていない。
とにかく気持ち良くて、僕は泣きながら何度も達したことだけ覚えている。それから気を失って今に至る。
僕がのっそりベッドから起き上がると、目の前でシュトレイさんが土下座していた。
「やり過ぎてしまった……! すまない……!」
僕が目覚めるまでずっとこの体勢でいたのかなぁ?
本当に真面目なんだから。
僕は苦笑して、シュトレイさんの肩をポンポン撫でた。
「誘ったのは僕です。気にしないでください」
「だが……!」
「それよりも僕、セックスしたの初めてだったんです」
「なに……?」
シュトレイさんは驚いて目を丸くした。
考えてみると、初めてなのに気絶するほど気持ち良かったって凄いな。シュトレイさんのテクニックが余程優れているのだろう。
僕はイタズラっ子のように微笑むと、シュトレイさんにウィンクした。
「だから責任取って僕と付き合ってください」
「!」
シュトレイさんの表情が、少しだけ嬉しそうに見えた。
「……本当に、私なんかでいいのかい?」
「貴方がいいんです! その代わり、もう僕以外の人とセックスしちゃダメですよ? 僕の生気だけを食べてください」
シュトレイさんは余程嬉しかったのか、目に涙をためて僕に抱き付いてきた。
「もちろんだ!」
それからシュトレイさんは他の人に手を出さなくなった。もう僕がいるから他の人の生気はいらないんだって。
それでも僕は、冗談っぽくシュトレイさんに釘を指す。
「シュトレイさん。今日も浮気しませんでしたか?」
シュトレイさんは自信満々にうなずく。
「もちろんだ。もう私は君以外の生気は受け付けなくなってしまったよ」
「そうなんですか? じゃあこれから先も、ずうっと一緒にいましょうね? シュトレイさんのお腹は僕が満たす!」
僕の言葉を聞いて、シュトレイさんはそれはもう幸せそうな表情でうなずいたのだった。
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