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第19話 憧れなのよ
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翌日、朝早くに出発して一時間ほどで目的の場所に着いた。
森の開けた場所に、今回のターゲットであるモンスターが群れを成している。ここが今回の標的が湧くスポットだ。
「あれが鉱物大鹿(オーアムース)……」
大きなヘラジカで、二本の平らな角はごつごつとした石でできているように見える。僕が本来狩ろうとしていたのはこれの下位種にあたる石鹿(ストーンディア)だ。
「狩れる気がしないんだけど……」
自分の身長より大きな体躯と立派な角を見て血の気が引く。資料にここまで大きいとは書いていなかった。
「問題ないわ。群れと言っても十数体程度だし、角と蹴りを避ければ隙も多いから」
「十数体同時はちょっと……」
一対一なら避けるくらいは出来るだろうけど、四方から来られては逃げ場がない。陽葵なら上に跳べば良いと言いそうだけど。
「何のためにあたしがいるのよ。作戦通りいけば大丈夫よ」
「分かった……先輩は補助をお願いね」
「ぴ!」
「ばか! そっちじゃない!」
もう何度目か分からない茉莉花の怒号が響く。
木の上から矢を放つ茉莉花に合わせて、孤立した一体の首を落としていくという作戦。聞いた時は「それなら出来そう」としか思わなかったが、とんでもなかった。
「ぴぃぃぃぃ」
「うわぁぁぁ」
先輩の危険信号を受けて、咄嗟に地面を転がるのも何度目だろうか。絶対に当てないと言っていた茉莉花の矢は、気が付けば自分をも貫きそうになっているし、孤立した一体などいないように思える。
水・火・雷、時には毒と思われる魔法をまとった矢が、エリア全体に飛んでくる。
「茉莉花、危ないって!!」
「あんたの動きが危ないのよ!!」
あぁ、一体どうすれば良いのか。
群れと戦うのは初めてでないはずなのに、どう動けばいいか全く分からない。自分よりも大きな敵の中に一人。味方であるはずの矢さえも自分めがけて降ってくる。
茉莉花の攻撃から逃げ回っている鉱物大鹿の足に踏まれかけ、こちらを認識した個体の角が肩をかすめ、避けた先で蹴り上がる足が頬をかすめる。何とか隙を見て首に剣を振りかざすが、タイミングが合わず硬い角に弾かれる。
「太陽!!」
「ぴぃぃぃぃ!!」
二人が同時に叫んだ。角に弾かれよろけた先で敵に囲まれてしまった。
「しまっ」
一斉に振り下ろされた足を間一髪で避けたが、転がった地面で次はないと悟る。
もう他に手段はない。
バンッ
「太陽!?」
踏み潰されそうな太陽を助けるべく飛び降りようとした時、何かが大きく弾ける音がした。強く踏まれすぎて弾け飛んだのだろうか。
バンッ
冷や汗が伝う中でまた同じような音がする。太陽がいるはずの場所に血の雨が降り注ぎ、どさりとモンスターが倒れた。
何が起きているのか理解できないが、どうやら太陽は無事なようだ。よく見ると、太陽が触れた個所が爆発しているらしく、血で真っ赤に染まりながら次々と敵に触れていく。
「何をしているの……」
魔力で衝撃波を生み出し、相手にぶつける戦闘スタイルの知人は知っている。でも太陽のあれは……。
鉱物大鹿も怯えて逃げようとするが、太陽はそれも追いかけ爆ぜさせる。襲い掛かっていた個体を軒並み倒した後、あたしの毒で麻痺している個体の首を落としていく。
「たい……」
全ての個体に止めを刺したところで声をかけようとしたら、太陽はその場で倒れてしまった。
「太陽っ」
慌てて駈け寄ると、すーすーと寝息が聞こえてきてほっとする。
「ぴぃ……」
「先輩も無事でよかったわ」
太陽の血まみれの懐から先輩が顔を出した。おそらく、踏まれそうになった時に押し込まれたのだろう。
「何だったのかしら……」
爆ぜていた鉱物大鹿を見てみると、太陽が触れたであろう箇所が無残にも飛び散り消えていた。外から力を加えたのではなく、内側から膨れて破裂したような爆ぜ方だ。
今までに見たことも無い戦い方に困惑するが、今は一度撤退するしかない。
「ひどい有様ね……」
血で染まったエリアと、モンスターの血でどろどろになった太陽を見てつぶやく。
一応、お目当てのレア素材が無いかだけ確認をし、太陽を抱えてその場を離れた。
「ん……ぐっ……うわあぁぁぁ」
ひどい悪夢にうなされ飛び起きた。呼吸が乱れ、全身汗だくだ。
「あ……ここは……」
辺りを見回すと見覚えがある。昨晩野営をしたところだ。横には火が焚かれ、先輩が僕の手を心配そうに舐めてくれている。
「起きたー?」
声の方を見ると、何匹か魚を抱えた茉莉花の姿があった。
「あ……ごめん、僕……」
気を失う前のことを思い出した。
もうどうにも出来なくなって、切り札を使ってしまったんだ。気が動転していて、早くここにいるモンスターを全て倒さなくちゃと……。
「うっ……」
モンスターが破裂する度に浴びた血と内臓の熱さ・臭いが蘇り、胃液がせり上がってくる。それは初めてホーンボアを倒した時の感覚と似ていた。もう慣れたと思っていたのに。
胃液と出発前に食べたご飯を吐き出しながら、情けなさと恐怖とで涙も一緒に流れた。
「落ち着いた?」
茉莉花が背中を摩りながら水を渡してくれる。気が付けば後処理もしてくれていた。
「ありがとう……」
冷たい水を一口飲み込むと、ぐちゃぐちゃだった気分が少し和らいだ。初冬の冷たい空気を感じながら、今が夏でなくて良かったと思う。
時刻は昼の一時過ぎ。
茉莉花が焚火で魚を焼き始めていた。枝を加工した串に一匹ずつ刺し、焚火の周りに突き刺していく。内臓は……処理していなさそうだ。
後は火が通るのを待つだけになって、ふーっとため息のような深呼吸のような深い息を吐き、僕の横に座った。
「あなたさ……」
「うん……」
茉莉花は、眉間にしわを寄せたり、困ったようにこちらをちらちら見たりしている。言いたいことはあるが、どう言おうか……と言葉を選んでいるようだった。
「今までパーティーを組んだこと、無い訳じゃないわよね?」
連携が全く取れていないことに対する叱咤を覚悟していたが、存外穏やかな声で驚いた。
「うん……。Aランク冒険者の女の子とはよく討伐してる」
「その女の子って、天堂陽葵さんよね?」
「知ってるの?」
あの街で知らない人はいなかったけど、王都にも知っている人がいるなんて。ノームの亜種という噂と共に広まっているのだろうか?
「当たり前でしょ!!」
「ぴぃ!?」
突然の大声に、僕の肩に乗っていた先輩が耳をふさいだ。
「あ……ごめんなさい」
「ぴぃ~」
大丈夫と伝えるように、先輩が茉莉花の肩に移り頬をなめる。
「天堂さんは国中の女の子の憧れなのよ」
曰く、茉莉花は歴代二位のスピードでBランクになったが、全てのランクで最年少記録をたたき出したのが陽葵らしい。なんと十五歳でAランク到達。若くしてという点でも十分すごいが、外部魔力無しで成し遂げるのが何よりもすごいそうだ。
「魔具が発達しているこの国では、他国よりも高ランクになれる可能性は高いわ。でも、外部魔力が無い大変さはあなたも分かるでしょ?」
「すごく大変。まぁ……僕はちょっと特殊すぎるんだけど……」
あれ? 陽葵は武器も防具も使えないと言っていたが……。確かに、僕とは違い蛇口から水を出したりと日常生活では困ってなさそうだ……。
「とにかく! そんなすごい人とパーティーを組んでいるのに、何であんな自分勝手な動きになるの? 周りが全然見えてない。天堂さんに甘えすぎているとしか思えないわ」
ぐうの音も出ない。
「ちなみに……普段、どんな連携をしているのかしら?」
ん? 先ほどの怒りモードから一転。茉莉花の表情は好奇心旺盛な少女のそれになっていた。
「えーっとね」
思い返せば、連携など取っていなかった。
いつも陽葵が先陣を切って殴り蹴り、僕は陽葵から逃げているモンスターと戦って、危ないと思う場面も次の瞬間には陽葵の蹴りで相手が吹っ飛んでいる。
先輩は危険をいち早く知らせてくれるけど、それって連携と言えるのだろうか?
森の開けた場所に、今回のターゲットであるモンスターが群れを成している。ここが今回の標的が湧くスポットだ。
「あれが鉱物大鹿(オーアムース)……」
大きなヘラジカで、二本の平らな角はごつごつとした石でできているように見える。僕が本来狩ろうとしていたのはこれの下位種にあたる石鹿(ストーンディア)だ。
「狩れる気がしないんだけど……」
自分の身長より大きな体躯と立派な角を見て血の気が引く。資料にここまで大きいとは書いていなかった。
「問題ないわ。群れと言っても十数体程度だし、角と蹴りを避ければ隙も多いから」
「十数体同時はちょっと……」
一対一なら避けるくらいは出来るだろうけど、四方から来られては逃げ場がない。陽葵なら上に跳べば良いと言いそうだけど。
「何のためにあたしがいるのよ。作戦通りいけば大丈夫よ」
「分かった……先輩は補助をお願いね」
「ぴ!」
「ばか! そっちじゃない!」
もう何度目か分からない茉莉花の怒号が響く。
木の上から矢を放つ茉莉花に合わせて、孤立した一体の首を落としていくという作戦。聞いた時は「それなら出来そう」としか思わなかったが、とんでもなかった。
「ぴぃぃぃぃ」
「うわぁぁぁ」
先輩の危険信号を受けて、咄嗟に地面を転がるのも何度目だろうか。絶対に当てないと言っていた茉莉花の矢は、気が付けば自分をも貫きそうになっているし、孤立した一体などいないように思える。
水・火・雷、時には毒と思われる魔法をまとった矢が、エリア全体に飛んでくる。
「茉莉花、危ないって!!」
「あんたの動きが危ないのよ!!」
あぁ、一体どうすれば良いのか。
群れと戦うのは初めてでないはずなのに、どう動けばいいか全く分からない。自分よりも大きな敵の中に一人。味方であるはずの矢さえも自分めがけて降ってくる。
茉莉花の攻撃から逃げ回っている鉱物大鹿の足に踏まれかけ、こちらを認識した個体の角が肩をかすめ、避けた先で蹴り上がる足が頬をかすめる。何とか隙を見て首に剣を振りかざすが、タイミングが合わず硬い角に弾かれる。
「太陽!!」
「ぴぃぃぃぃ!!」
二人が同時に叫んだ。角に弾かれよろけた先で敵に囲まれてしまった。
「しまっ」
一斉に振り下ろされた足を間一髪で避けたが、転がった地面で次はないと悟る。
もう他に手段はない。
バンッ
「太陽!?」
踏み潰されそうな太陽を助けるべく飛び降りようとした時、何かが大きく弾ける音がした。強く踏まれすぎて弾け飛んだのだろうか。
バンッ
冷や汗が伝う中でまた同じような音がする。太陽がいるはずの場所に血の雨が降り注ぎ、どさりとモンスターが倒れた。
何が起きているのか理解できないが、どうやら太陽は無事なようだ。よく見ると、太陽が触れた個所が爆発しているらしく、血で真っ赤に染まりながら次々と敵に触れていく。
「何をしているの……」
魔力で衝撃波を生み出し、相手にぶつける戦闘スタイルの知人は知っている。でも太陽のあれは……。
鉱物大鹿も怯えて逃げようとするが、太陽はそれも追いかけ爆ぜさせる。襲い掛かっていた個体を軒並み倒した後、あたしの毒で麻痺している個体の首を落としていく。
「たい……」
全ての個体に止めを刺したところで声をかけようとしたら、太陽はその場で倒れてしまった。
「太陽っ」
慌てて駈け寄ると、すーすーと寝息が聞こえてきてほっとする。
「ぴぃ……」
「先輩も無事でよかったわ」
太陽の血まみれの懐から先輩が顔を出した。おそらく、踏まれそうになった時に押し込まれたのだろう。
「何だったのかしら……」
爆ぜていた鉱物大鹿を見てみると、太陽が触れたであろう箇所が無残にも飛び散り消えていた。外から力を加えたのではなく、内側から膨れて破裂したような爆ぜ方だ。
今までに見たことも無い戦い方に困惑するが、今は一度撤退するしかない。
「ひどい有様ね……」
血で染まったエリアと、モンスターの血でどろどろになった太陽を見てつぶやく。
一応、お目当てのレア素材が無いかだけ確認をし、太陽を抱えてその場を離れた。
「ん……ぐっ……うわあぁぁぁ」
ひどい悪夢にうなされ飛び起きた。呼吸が乱れ、全身汗だくだ。
「あ……ここは……」
辺りを見回すと見覚えがある。昨晩野営をしたところだ。横には火が焚かれ、先輩が僕の手を心配そうに舐めてくれている。
「起きたー?」
声の方を見ると、何匹か魚を抱えた茉莉花の姿があった。
「あ……ごめん、僕……」
気を失う前のことを思い出した。
もうどうにも出来なくなって、切り札を使ってしまったんだ。気が動転していて、早くここにいるモンスターを全て倒さなくちゃと……。
「うっ……」
モンスターが破裂する度に浴びた血と内臓の熱さ・臭いが蘇り、胃液がせり上がってくる。それは初めてホーンボアを倒した時の感覚と似ていた。もう慣れたと思っていたのに。
胃液と出発前に食べたご飯を吐き出しながら、情けなさと恐怖とで涙も一緒に流れた。
「落ち着いた?」
茉莉花が背中を摩りながら水を渡してくれる。気が付けば後処理もしてくれていた。
「ありがとう……」
冷たい水を一口飲み込むと、ぐちゃぐちゃだった気分が少し和らいだ。初冬の冷たい空気を感じながら、今が夏でなくて良かったと思う。
時刻は昼の一時過ぎ。
茉莉花が焚火で魚を焼き始めていた。枝を加工した串に一匹ずつ刺し、焚火の周りに突き刺していく。内臓は……処理していなさそうだ。
後は火が通るのを待つだけになって、ふーっとため息のような深呼吸のような深い息を吐き、僕の横に座った。
「あなたさ……」
「うん……」
茉莉花は、眉間にしわを寄せたり、困ったようにこちらをちらちら見たりしている。言いたいことはあるが、どう言おうか……と言葉を選んでいるようだった。
「今までパーティーを組んだこと、無い訳じゃないわよね?」
連携が全く取れていないことに対する叱咤を覚悟していたが、存外穏やかな声で驚いた。
「うん……。Aランク冒険者の女の子とはよく討伐してる」
「その女の子って、天堂陽葵さんよね?」
「知ってるの?」
あの街で知らない人はいなかったけど、王都にも知っている人がいるなんて。ノームの亜種という噂と共に広まっているのだろうか?
「当たり前でしょ!!」
「ぴぃ!?」
突然の大声に、僕の肩に乗っていた先輩が耳をふさいだ。
「あ……ごめんなさい」
「ぴぃ~」
大丈夫と伝えるように、先輩が茉莉花の肩に移り頬をなめる。
「天堂さんは国中の女の子の憧れなのよ」
曰く、茉莉花は歴代二位のスピードでBランクになったが、全てのランクで最年少記録をたたき出したのが陽葵らしい。なんと十五歳でAランク到達。若くしてという点でも十分すごいが、外部魔力無しで成し遂げるのが何よりもすごいそうだ。
「魔具が発達しているこの国では、他国よりも高ランクになれる可能性は高いわ。でも、外部魔力が無い大変さはあなたも分かるでしょ?」
「すごく大変。まぁ……僕はちょっと特殊すぎるんだけど……」
あれ? 陽葵は武器も防具も使えないと言っていたが……。確かに、僕とは違い蛇口から水を出したりと日常生活では困ってなさそうだ……。
「とにかく! そんなすごい人とパーティーを組んでいるのに、何であんな自分勝手な動きになるの? 周りが全然見えてない。天堂さんに甘えすぎているとしか思えないわ」
ぐうの音も出ない。
「ちなみに……普段、どんな連携をしているのかしら?」
ん? 先ほどの怒りモードから一転。茉莉花の表情は好奇心旺盛な少女のそれになっていた。
「えーっとね」
思い返せば、連携など取っていなかった。
いつも陽葵が先陣を切って殴り蹴り、僕は陽葵から逃げているモンスターと戦って、危ないと思う場面も次の瞬間には陽葵の蹴りで相手が吹っ飛んでいる。
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