純心パラドックス

櫻木 いづる

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交わらない世界

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 ★☆★☆

 自室へと消えていった日向《おとうと》の後ろ姿を見送ってから、僕は一人リビングのソファーに腰掛けると重い溜め息を吐いた。
「……はあ」
 無意識に緊張していたのだろう。
 運動をした訳でもないのに、酷い倦怠感が身体を包み込んでいる。
 身体的というよりも、精神的な疲労感。
 フッと学校での出来事を思い出す。
「……凄く、怒ってたな……」
 深くて長い溜め息を吐き出してから、そのままソファーに横になった。
「疲れた」
 いつからだろう。
 日向との関係が、こんなにもぎこちなく軋んだものになってしまったのは。
「……日向」
 小さく、名前を呼ぶ。
 双子の僕の弟。
 いつも厳しい顔つきをしていて、時々厳しく怒るけれど、本当は心優しいことを知っている。僕の、愛しい愛しい――たった一人の弟だ。
 なのに、どうして――、
「なにか気に障るようなことを言ってしまったのかな」
 ギュッと掌を握りながら不安な気持ちを言葉として形作る。
 いつからなんて、もう分からなくなった。
 気づいた時には日向から距離を置かれていて、こんな関係になっていた。
「神様、お願いです」
 自分で解決できない無力さに、密かに歯噛みする。
「どうか、昔みたいに戻れますように」
(僕は、日向と喧嘩なんてしたくないのに……)

 ★☆★☆

 夜が更けていく。
 刻々と世界を深い闇色へと染め上げていく。
 一つ屋根の下で、一緒に生活をしているのに――その心はとても遠くて見えない隔たりが覆い隠している。決して交わることができない、太陽と月のように。
 カーテンの隙間から降り注ぐ、冷たい月明かりがいっそう孤独感を増長させる。
「……っ」
 あの後、結局階下に降りることなく。
 薄暗い自室の闇の中で、俺はベッドに横になっていた。
 身体からだのラインが良く分かる、薄手の毛布をかけたままベッドの中でその肢体を丸めている。
『日景』
 言葉にならないほどの小さな声で、囁く。
 衣擦れの音と微かな吐息が、自室という名の小さな世界を満たしていく。
 放課後のカフェで聞いた、恋愛話。
 日景が告白をされたというその話が、頭の中にこびりついて離れなかった。
「……っ!」
 じぶんには関係のないことなのに。
 ひかげが決めることなのに。
 なのに、日景のことを想うと、何故こうも胸がかき乱されるのか――。
 いや、違う。
 この感情の正体を、俺は識っている。
 本当は……気づいている。
 でも、気づいていないフリをしていた。
 気づいてはいけないモノなのだと、そう気づいた時から――自分の本当の感情を押し殺して生きてきた。
「神様、頼むよ……」
 自分ではもう、どうしようもないのだと懇願する。
 このまま間違いを犯してしまう前に。
 日景あにを更に傷つけてしまう前に。
「どうか、この想いを消してくれ……」
(気づかないままで、いさせてくれ)

 夜は刻々と更けていく。
 交わらない気持ちを、薄暗闇の中に溶かし込みながら――。
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