純心パラドックス

櫻木 いづる

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日景

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 俺は、日景ひかげが嫌いだ。
 いつもヘラヘラ笑っていて、弱々しくて、人に合わせてばかり。
 極々稀に怒ることはあるけれど……損ばかりしているお人好し。
 俺の、一番嫌いな部類の人間が――たった一人の、俺の双子の兄貴だ。
「日向ぁ、待ってたぞ。遅かったじゃねぇか」
 学校から少し離れた繁華街。
 そこで、同じクラスの友人と合流した。
「悪い。先生からの呼び出し、やっぱりサボれなかった。サボれてたらもっと早く合流できてたのに……藤先生に見つかってさ」
「あー。藤センセーなら無理だな。逃げられない」
「だな。あんな可憐な女性に言われたら、男として断れる筈がない。いや……でも、それはそれで『駄目でしょ!』とかって叱られてみたい気も……」
「お前、ソッチの気でもあんの?」
「なんだよ、ソッチって……! 俺は至って健全な男子だッ」
 口々に、各々の欲望を口にする友人達に思わず苦笑しながら、俺は目的の店を見上げた。
Patisserieパティスリー Soleilソレイユ etエト luneリューヌ』。
 それは、三つ星パティスリーが手がける洋菓子店だ。
 二人のオーナーが作り上げるフランス菓子はどれも美麗で、繊細だ。
 見る者全てを虜にするその洋菓子は、出店前から大きな話題を生み、出店した当初は連日長蛇の列が作られていた。
 だが、出店してから一ヶ月。ようやく人の波を穏やかになり始め、そしてそれを見越した今日、こうして〝仲間〟である友人達と店の前に集まったのだった。
「日向、もう食べたい物って決めてるのか?」
「ん? ああ、まずは看板商品の『ソレイユ』と『リューヌ』の二つにしようかなって」
「ああ、やっぱりそれ気になるよなぁ。〝スイーツ部〟副部長としてもそれは外したくない……が、アップルパイも気になるんだよなぁ、俺は」
「アップルパイか。確かフランス産のバターをふんだんに使っているんだったな。パイ生地も独自の配合だとか?」
「そうなんだよ。パイ系好きだからさ、俺」
 副部長である友人、杉山が大きく頷く。
 ちなみに〝スイーツ部〟というのが、俺たちが利用しているSNSグループでの活動名だ。
 名前は至ってシンプル。目的は話題のスイーツを食べに行くというものだ。
 スイーツは女子だけが食べる物じゃない。スイーツ好き男子で何が悪い、という信念のもと集まった友人どうし。こうして放課後や休日に話題のスイーツを食べに出かけていた。
「……で、どれにする?」
 店先に置かれたメニューへ視線を向け、ゆっくりとページをめくっていく。
「俺……、悩んだけど決めた。やっぱりパイにする。日向は、看板商品だよな?」
「ああ」
「自分もだ」
 それぞれ、食べたい物は決まったようだ。小綺麗な店内に少しばかり緊張しながら店の扉を開く。リリン、と心地よいベルが鳴るや否や、店員の一人がカウンターの奥からいそいそとやって来た。
「店内でお召し上がりでしょうか?」
「ああ、はい。席、ありますか?」
「少々お待ちください。すぐにご用意致します」
 そう言うと、足早に店の奥にあるカフェスペースへと消えていく。
 そしてものの数分で呼ばれると、奥のソファー席に案内された。
 少しばかり混み合っていたのもあり、目的の商品があるか懸念していたものの、店員に確認したところ無事注文することができた。
「あー、楽しみ。ずっとここの気になってたんだよな」
「連日、人の列が酷かったからな」
「そうそう。流石にオープン仕立ては来れないよなぁ」
 一ヶ月たってようやく入れる目処がついたとは言え、新作スイーツがまた出されれば人も混み合い出すだろう。
(日直と、……日景に呼び止められなきゃもっと早めに来られたのに)
 冷水に口付けながら、内心この場にいない兄に対し小さく文句を言う。脇に置いた鞄から、チラリとモスグリーン色のマフラーが見えると、思わず視線を逸らした。その時、
「ケーキセット、お待たせ致しました。紅茶はこちらの砂時計が落ちるまで、お待ちください」
 二人の店員が、それぞれケーキとティーポットを持ってくるといそいそとテーブルの上に並べていく。多種多様なケーキに思わず目を奪われ、我先にとフォークで啄み出す。
 そんな様子を横目に見ながら俺は紅茶の準備ができるまで、目の前にある二種類のケーキを見つめていた。
 とある事象を象ったそのケーキが、まるで日向と日景じぶんたちを暗示しているようで少しだけチクリと胸が痛んだ。
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