星屑のラプソディー

ミイ

文字の大きさ
上 下
1 / 5

1

しおりを挟む

耳は聞こえたし、口もあった。
ただ聞こえた音を声にする。 
その能力が私にはとぼしかった。
私が話し出すと周りはおかしな顔をした。
しゃべりだすのが遅かった私は、最初こそ意味のない音でもみんな喜んでくれていたのに。
今では雑音を聞くように顔をしかめる。
だから、私は自然に話すのをやめた。
友だちはくまのぬいぐるみのミーちゃんだけ。
周りには聞こえない、二人だけの言葉をかわす。
ミーちゃんは私の声を笑わないでいてくれたはじめての友だちだった。

小学生になると周りは私が耳や口に障がいがあるのだと言った。だからしゃべれないのだと。
男の子たちからはいじわるもされた。
くつを隠されたり、机にラクガキされたり。
私がしゃべらないから、脳みそがないのだと言う子たちもいた。
だから算数のテストで満点を取ったら心底驚いていた。それから目に見えていじわるはされなくなったけど、陰口を言われるようになった。
うまく話せないけれど、耳だけは良く聞こえたから。
その言葉の一つひとつが、ちくちくと小さな胸にささった。

リコーダーと出会ったのはそんな時だった。
近所のお姉さんが吹いているのを偶然聞いたのだ。
あたたかな午後のひざしの中で、お姉さんは気持ちよさそうに「ドレミのうた」を練習していた。
軽やかに指を動かし、色のついた音が木の棒から飛び出す。
ピンクにひまわり、水色に綿あめ。
夕日によもぎ、そしてチョコレート色。
私は楽しくなって、彼女のいる部屋の前でいつまでもそのメロディを聞いていた。
そんな私にびっくりしたのか、お姉さんはカーテンをしめてしまった。
それでもまだ音は鳴っていた。
くもり空のようになってしまったけど、それはそれですてきな音色だった。

リコーダーは小学五年生にならないと授業で使わないこと知り、ショックを受けた。
私はまだ二年生だった。
あと三年もリコーダーを吹けないなんて考えられない。
私は必死に母に訴えた。
母だけは私の声を嫌がらず、そして何を話しても意味を理解してくれた。
でもまだ難しいから、という理由で買ってもらえなかった。
私はしかたなく今までためていた貯金箱をわることにした。
本当はミーちゃんにお友だちを買うためにためていたお金だったけど、どうしてもリコーダーが欲しかった。
あの色とりどりの音をもっと近くで、自分の手の中で感じてみたかった。
私がブタの貯金箱をわろうと振りあげると、父にはげしく怒られた。
父は私の行動の意味が分からなかったらしく、ひどく動揺していた。
自分の思い通りにならず、私が癇癪を起こしたと思ったらしい。
父の怒声に驚いて母もかけつけた。
事情をさっした母が父に説明をする。
父は安心した顔をしていた。
そして晴れやかな笑顔でおこづかいをくれた。

次の日曜日。
私は母と手をつないで楽器店にむかった。
そこに行くまではリコーダーの事しか頭になかった。
だけど、そこにはたくさんの楽器があった。
店番をしていたおじさんが立ちあがり、珍しそうに周りを見わたす私に、色んな楽器を得意げに演奏してくれた。
ギターにサックス、ベースにドラム。
そこは音の森だった。
リコーダーの綿あめや夕日以上にたくさんの色がところせましと並んで出番を待っていた。

桜の花びら、父のねごと、泥だらけの雪だるま、母の卵焼き、嵐の夜、そして。

星のまたたき。

それが響いた瞬間、私の胸のずっとずっと奥の方にすとん、と落ちた。
「そ、れが、いい!」
私は思わず叫んでいた。
おじさんは意味が分からず目を丸くし、母は困っていた。
「リコーダーじゃなかったの?だってこれバイオリンよ?」
「でも、それが、いいの!星のおと!」
バイオリンがいくらするか知らなかった私は買ってくれない母にだだをこねた。
それはおそらくはじめてのことだった。
言葉は話せなくても、言葉の意味は分かっていたから。
私はほとんどわがままを言ったことがなかった。
そんな私の様子に母はただただ戸惑っていた。
その傍らでおじさんが豪快に笑う。
「ふうん、バイオリンが気に入ったのかい、お嬢ちゃん。それなら俺のをあげよう。ちょっと大きいかな」
「そんな!もらえません!」
「なに、たいてい弾けなくてすぐにあきるもんさ。どうせ捨てようと思っていたガラクタだ。おもちゃにするにはちょうどいいだろう」
「でも」
「俺は気分屋なんだ。気が変わらねぇうちに持っていきな」
そう言って、なかば強引におじさんは私にバイオリンを持たせてくれた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ひみつを食べる子ども・チャック

山口かずなり
児童書・童話
チャックくんは、ひみつが だいすきな ぽっちゃりとした子ども きょうも おとなたちのひみつを りようして やりたいほうだい だけど、ちょうしにのってると  おとなに こらしめられるかも… さぁ チャックくんの運命は いかに! ー (不幸でしあわせな子どもたちシリーズでは、他の子どもたちのストーリーが楽しめます。 短編集なので気軽にお読みください) 下記は物語を読み終わってから、お読みください。 ↓ 彼のラストは、読者さまの読み方次第で変化します。 あなたの読んだチャックは、しあわせでしたか? それとも不幸? 本当のあなたに会えるかもしれませんね。

おねしょゆうれい

ケンタシノリ
児童書・童話
べんじょの中にいるゆうれいは、ぼうやをこわがらせておねしょをさせるのが大すきです。今日も、夜中にやってきたのは……。 ※この作品で使用する漢字は、小学2年生までに習う漢字を使用しています。

賢二と宙

雨宮大智
児童書・童話
中学校3年生の宙(そら)は、小学校6年生の弟の賢二と夜空を見上げた⎯⎯。そこにあるのは、未だ星座として認識されていない星たちだった。ふたりの対話が、物語の星座を作り上げてゆく。流れ星を見た賢二はいう。「願い事を三回言うなんて、出来ないよ」兄の宙が答えた。「いつでもそうなれるように、準備しておけってことさ」。 【旧筆名、多梨枝伸時代の作品】

ヒミツのJC歌姫の新作お菓子実食レビュー

弓屋 晶都
児童書・童話
顔出しNGで動画投稿活動をしている中学一年生のアキとミモザ、 動画の再生回数がどんどん伸びる中、二人の正体を探る人物の影が……。 果たして二人は身バレしないで卒業できるのか……? 走って歌ってまた走る、元気はつらつ少女のアキと、 悩んだり立ち止まったりしながらも、健気に頑張るミモザの、 イマドキ中学生のドキドキネットライフ。 男子は、甘く優しい低音イケボの生徒会長や、 イケメン長身なのに女子力高めの苦労性な長髪書記に、 どこからどう見ても怪しいメガネの放送部長が出てきます。

湖の民

影燈
児童書・童話
 沼無国(ぬまぬこ)の統治下にある、儺楼湖(なろこ)の里。  そこに暮らす令は寺子屋に通う12歳の男の子。  優しい先生や友だちに囲まれ、楽しい日々を送っていた。  だがそんなある日。  里に、伝染病が発生、里は封鎖されてしまい、母も病にかかってしまう。  母を助けるため、幻の薬草を探しにいく令だったが――

ちいさな哲学者

雨宮大智
児童書・童話
ユリはシングルマザー。十才の娘「マイ」と共に、ふたりの世界を組み上げていく。ある時はブランコに乗って。またある時は車の助手席で。ユリには「ちいさな哲学者」のマイが話す言葉が、この世界を生み出してゆくような気さえしてくるのだった⎯⎯。 【旧筆名、多梨枝伸時代の作品】

魔法使いの弟子カルナック

HAHAH-TeTu
児童書・童話
魔法使いの弟子カルナックの成長記録

ホスト科のお世話係になりました

西羽咲 花月
児童書・童話
中2の愛美は突如先生からお世話係を任命される 金魚かな? それともうさぎ? だけど連れてこられた先にいたのは4人の男子生徒たちだった……!? ホスト科のお世話係になりました!

処理中です...