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しおりを挟む耳は聞こえたし、口もあった。
ただ聞こえた音を声にする。
その能力が私にはとぼしかった。
私が話し出すと周りはおかしな顔をした。
しゃべりだすのが遅かった私は、最初こそ意味のない音でもみんな喜んでくれていたのに。
今では雑音を聞くように顔をしかめる。
だから、私は自然に話すのをやめた。
友だちはくまのぬいぐるみのミーちゃんだけ。
周りには聞こえない、二人だけの言葉をかわす。
ミーちゃんは私の声を笑わないでいてくれたはじめての友だちだった。
小学生になると周りは私が耳や口に障がいがあるのだと言った。だからしゃべれないのだと。
男の子たちからはいじわるもされた。
くつを隠されたり、机にラクガキされたり。
私がしゃべらないから、脳みそがないのだと言う子たちもいた。
だから算数のテストで満点を取ったら心底驚いていた。それから目に見えていじわるはされなくなったけど、陰口を言われるようになった。
うまく話せないけれど、耳だけは良く聞こえたから。
その言葉の一つひとつが、ちくちくと小さな胸にささった。
リコーダーと出会ったのはそんな時だった。
近所のお姉さんが吹いているのを偶然聞いたのだ。
あたたかな午後のひざしの中で、お姉さんは気持ちよさそうに「ドレミのうた」を練習していた。
軽やかに指を動かし、色のついた音が木の棒から飛び出す。
ピンクにひまわり、水色に綿あめ。
夕日によもぎ、そしてチョコレート色。
私は楽しくなって、彼女のいる部屋の前でいつまでもそのメロディを聞いていた。
そんな私にびっくりしたのか、お姉さんはカーテンをしめてしまった。
それでもまだ音は鳴っていた。
くもり空のようになってしまったけど、それはそれですてきな音色だった。
リコーダーは小学五年生にならないと授業で使わないこと知り、ショックを受けた。
私はまだ二年生だった。
あと三年もリコーダーを吹けないなんて考えられない。
私は必死に母に訴えた。
母だけは私の声を嫌がらず、そして何を話しても意味を理解してくれた。
でもまだ難しいから、という理由で買ってもらえなかった。
私はしかたなく今までためていた貯金箱をわることにした。
本当はミーちゃんにお友だちを買うためにためていたお金だったけど、どうしてもリコーダーが欲しかった。
あの色とりどりの音をもっと近くで、自分の手の中で感じてみたかった。
私がブタの貯金箱をわろうと振りあげると、父にはげしく怒られた。
父は私の行動の意味が分からなかったらしく、ひどく動揺していた。
自分の思い通りにならず、私が癇癪を起こしたと思ったらしい。
父の怒声に驚いて母もかけつけた。
事情をさっした母が父に説明をする。
父は安心した顔をしていた。
そして晴れやかな笑顔でおこづかいをくれた。
次の日曜日。
私は母と手をつないで楽器店にむかった。
そこに行くまではリコーダーの事しか頭になかった。
だけど、そこにはたくさんの楽器があった。
店番をしていたおじさんが立ちあがり、珍しそうに周りを見わたす私に、色んな楽器を得意げに演奏してくれた。
ギターにサックス、ベースにドラム。
そこは音の森だった。
リコーダーの綿あめや夕日以上にたくさんの色がところせましと並んで出番を待っていた。
桜の花びら、父のねごと、泥だらけの雪だるま、母の卵焼き、嵐の夜、そして。
星のまたたき。
それが響いた瞬間、私の胸のずっとずっと奥の方にすとん、と落ちた。
「そ、れが、いい!」
私は思わず叫んでいた。
おじさんは意味が分からず目を丸くし、母は困っていた。
「リコーダーじゃなかったの?だってこれバイオリンよ?」
「でも、それが、いいの!星のおと!」
バイオリンがいくらするか知らなかった私は買ってくれない母にだだをこねた。
それはおそらくはじめてのことだった。
言葉は話せなくても、言葉の意味は分かっていたから。
私はほとんどわがままを言ったことがなかった。
そんな私の様子に母はただただ戸惑っていた。
その傍らでおじさんが豪快に笑う。
「ふうん、バイオリンが気に入ったのかい、お嬢ちゃん。それなら俺のをあげよう。ちょっと大きいかな」
「そんな!もらえません!」
「なに、たいてい弾けなくてすぐにあきるもんさ。どうせ捨てようと思っていたガラクタだ。おもちゃにするにはちょうどいいだろう」
「でも」
「俺は気分屋なんだ。気が変わらねぇうちに持っていきな」
そう言って、なかば強引におじさんは私にバイオリンを持たせてくれた。
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