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魔道士の弟子
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アリアはいつものように大きな白い瓶を持って、自宅の前を流れる小川で水を汲む。その瓶はアリアの胸ほどまである。表面には複雑な模様が記されていて、この村では非常に珍しい意匠である。それだけ大きな瓶にも関わらず、アリアは平然と瓶を持ち上げる。小川に瓶をつけて、清らかな水を満たす。
いつもと変わらぬ穏やかな朝。村の牧場では牛が草を食み、森では鳥たちが美しい声で歌を歌っている。
アリアは瓶に水を入れ終わると、細い腕で軽々と持ち上げて家へと戻る。
そのとき、アリアに声を掛けてくる者がいた。
「アリアちゃん、おはよう。毎日精が出るねぇ」
「ジグおじさま、おはようございます」
アリアは頭の上の瓶をひょいと下ろして、にっこり笑いながら小さく頭を下げた。
ジグはその様子を見て、呆れたように一息つく。
「毎朝この光景を見ているがね。冗談じゃないかと毎度思うよ」
「まぁ、おじさまったら。昨日もその話をしていましたよ」
二人は小さく笑った。
「お寝坊のお師匠様は、まだベッドの中かい?」
「朝の支度が終わるころには、起きていらっしゃると思います」
「そうか。怒らせてまた魔道を暴発されても困る。前はええと、裏の森が半分ほど黒焦げになったっけな……おぉ、怖い怖い。ミルクはいつもどおり、ここに置いておくよ。良い一日を」
「どうもありがとう」
ジグの背中を見送ると、アリアは再び瓶を持ち上げて小さな家の中へ入った。
朝食後しばらく、コスモスは黙って机の上に束になった書類に目を通していた。椅子の上から小さな足を机に放り出し、興味なさげに書類を見てはその辺りに捨てる、ということを繰り返している。
「くだらん。若い連中が、お遊びで戦争ごっこの準備とはのう」
書類を捨てるたびに、コスモスは小さな足を小さく動かした。紫の裾が揺れ、黒い靴がテーブルに当たってカツンと音を立てる。
音が鳴るたびに、放り投げられた書類はメラメラと炎を上げて落下し、床に落ちるまでには灰になって消えた。
そこへアリアが部屋に入ってきた。
「お師様、お片付け終わりました……また灰を散らかしていらっしゃるんですね」
アリアは苦笑いしながら、傍に立て掛けてあったほうきを慣れた手付きで手に取った。
コスモスはアリアに一瞥もくれずに、次の手紙を放り投げる。
「時代はすっかり魔術、魔術、魔術。わしらのような魔道士は、めでたや遺物というわけじゃ」
「お手軽ですからね。私は全然ダメですけど……」
「馬鹿を言え、あのような表面的なもの。使うだけ愚かじゃ。もっと……」
「『もっと本質を見なければならぬ。精霊の声を聴け』でしょう?」
コスモスは、にこにこと掃き掃除をしているアリアを見て、にやりと笑った。
「言うのう、アリア」
「毎日の教えですから」
「大切なことじゃ」
「はい、心得ています。さて、掃除終わりましたよ。私はお買い物に行ってきますね」
アリアがほうきを置いて部屋を出ようとすると、コスモスはゆっくりと椅子から降りた。
「今日はわしも行こう」
アリアは目を丸くした。
「お師様、お出かけをなさるんですか?」
「術式の道具を買い足しに行く。この前注文しておいた。あのバカ息子、前回はわしの注文とまったく違うものを寄越しおったからな。直々にこの目で確かめねば安心できぬ」
「それは構いませんけど、またこの前みたいにお店を吹き飛ばしちゃだめですよ?」
「さてな。あのバカ息子次第じゃ」
二人は小さな家を出て、村の中を進む。
すれ違う知った顔の村人たちはアリアに気さくにあいさつをし、その横にいる小柄な魔道士を見て目を丸くする者ばかりであった。
「ええい、どいつもこいつも珍獣を見るような目つきをしおってからに」
「お師様がお出かけになるの、珍しいですからね」
二人は談笑しながらしばらく進んで、雑貨屋へと入った。
「らっしゃい! アリアちゃん、おはよう。おっと、今日は小さなお師匠様も一緒かい。珍しいねぇ」
入るなり、カウンターの向こうの恰幅のいい女将が威勢よく声を上げる。
「相変わらずやかましいのう」
コスモスが眉をひそめる。
「ははっ、そりゃあんた。めったに人前に姿を見せない大魔道士様が、うちの店に買い物に来てくれたんだからねぇ。しかしこう暑いのに、相変わらずあんたそんなに着込んじゃって。おまけに目まで隠しちゃって。そんなの付けて前が見えてるのか、毎度不思議に思うねぇ」
「ええい、口の減らぬ小娘じゃ」
「ちょ、ちょっと二人とも」
このままではコスモスがまた店ごと吹き飛ばしてしまいそうなので、アリアは慌てて仲裁に入った。
「はははは。冗談さね。いつもの卵と小麦粉でいいかい?」
「は、はい」
代金を支払うと、アリアは大きな小麦粉の袋を軽々とかついだ。
「相変わらず力持ちだねぇ、アリアちゃん」
「あ、あははは」
「小僧どもは息災か?」
コスモスが尋ねると、女将は笑って答えた。
「あぁ、元気もなにも、そこらじゅう台風みたいに駆け回ってるさ。おまけにどこで覚えたんだか、入れ替わって悪戯までしてくる始末でねぇ。母親のあたしでも見分けがつかないくらいそっくりになってきたさ。困ったものだよ」
「心の目で見るのじゃ。視覚などあてにならん」
「分かった、試してみるよ。またいつでも来なよ」
町外れの道具屋に向かう二人の後ろから、大きな声で呼び止める者があった。
『アリアお姉ちゃんだー!』
二人が振り向くと、全く同じ顔の子ども二人がにこにこと並んで立っていた。
「ピコにポコ、おはよう。さっきお母さんのお店に行ってきたのよ」
アリアも笑顔で返事をする。ピコとポコはにこにこしながらアリアのほうを見ていたが、すぐに隣に立っている小柄な少女に気づいて、不思議そうな顔をした。
「あーっ、アリアお姉ちゃんの先生だ」
「引きこもりの先生だー」
顔を引きつらせたコスモスが靴を鳴らそうとしたので、アリアは慌てて二人の少年に声を掛けた。
「きょ、今日は私たち、サムのお店に用事があって急いでいるの。だから、また今度遊びましょう?」
『えーっ、そうなの?』
不服そうな二人の声は、粘り強くアリアに甘えてきた。
『ちょっとだけー、またいつもみたいに遊んでよー』
あきらめない子どもたちに困ってアリアがコスモスをうかがうと、コスモスは何かを思いついたように少し笑って言った。
「お主ら、最近面白い悪戯をしているようじゃのう。なるほど、見れば見るほどよう似た双子じゃ。ではこうしよう。お主らのどちらがピコで、どちらがポコか。入れ替わって アリアをだますことができたなら、思う存分アリアと遊ぶがよい。代わりに見抜けなんだ場合は……」
「ば、場合は……?」
アリアが息を呑む。
「お主らを煮込んで食ってやる」
「ちょ、ちょっとお師様……」
慌てるアリアとは対照的に、ピコとポコはきょとんとしている。
「さぁ、どうする?」
双子は顔を見合わせて、コスモスに向かって口々に言い始めた。
「ふーんだ。絶対分かりっこないよ」
「母ちゃんだって僕らの見分けがつかないんだから」
コスモスが呆れたように笑う。
「分かった分かった。能書きはいいから、はようせい」
『よーし!』
二人はそう言うと、辺りを目まぐるしく辺りを駆け回り、飛んだり跳ねたり、近くの茂みに潜ったりして激しく動き回った。
二人が駆け回っている間に、アリアはメガネを外して静かに目を閉じた。コスモスは、そんなアリアの様子を真剣な眼差しで見ている。
やがて二人がアリアの前に飛び出してきた。
『さぁて、どっちがどっちでしょう?』
練習したのだろうか、並んだ二人はまったく同じポーズでまったく同じ表情をしていた。声色すら区別がつかない。
「暇な小僧どもめ」
コスモスは呆れて頭を抱えた。
アリアは静かに目を開くと、じっと二人を見て優しく微笑んだ。
「あなたがピコ、そしてあなたがパコね」
「えーっ」
「なんで、なんですぐ分かるのーっ?」
二人は口々に文句を言った。
「小僧ども、約束じゃ。アリアと遊ぶのは、また次の機会にせい」
『ちぇーっ!』
二人は風のように逃げていった。
「……メガネをしたまま見られるようになれば、合格じゃのう」
「す、すみません」
アリアは再びメガネをかけながら、苦笑いした。
道具屋に入ると、奥から慌てたサムが飛び出してきた。
「アリア、アリア、見てくれ。ついに僕も魔術が使えるようになったぞ、ほら!」
サムが右手を店の奥にかざすと、一瞬の閃光の後に店の奥が小さく爆発した。
爆風が三人の横を吹き抜ける。もうもうとほこりが舞い上がり、振動で破片がぱらぱらと天井から降り注いできた。
「どうだ、すごいだろう?」
「あ、あははは……」
アリアは恐る恐る横にいるコスモスをうかがった。
「これで僕もミッドガルドに言って、立派な魔術士になるんだ。君も一緒についてこないか? 古臭い魔道なんかより、今の時代はやっぱり魔術だよ!」
「ちょ、ちょっとサム」
「王都でたくさん修行して腕を磨いて、僕は東側一の魔術士になるのさ! 君のお師匠様だって、軽々と超えてみせるさ」
「サムったら!」
機嫌よく演説をぶっていたサムは、そこでようやく、アリアの横に佇む紫の衣の魔道士に気がついた。魔道の修行などしたことのないサムでも、その小さな体から恐ろしい力と殺気がみなぎっているのを、肌でビリビリと感じた。
「あ、あわ……」
コスモスは、地の底から響いてくるような恐ろしい声で言った。
「なるほどのう、たいした威力じゃ。ロウソクに火を灯すくらいのことはできるじゃろう」
「ひえぇ……」
「このバカ息子がーッ!」
コスモスが勢いよく足を踏み鳴らすと、轟音とともに道具屋は粉々に爆散した。
家に戻っても、コスモスは不機嫌だった。爆心地にいたコスモスもアリアも、傷一つ負っていない。そんなことを気に留める様子もなく、アリアは肩を落としていた。
「もう、お師様ったら」
「また道具を買いそこねた。全く、あのバカ息子には困ったものじゃ」
「後で一緒に謝りにいきましょうね」
しばらくぶつぶつと文句を言っているコスモスだったが、やがて黙り込んで何かを考え始めた。
アリアはその横でじっと師匠をうかがっている。
ふと、コスモスがアリアを見た。
「そろそろ次の段階に進んでも良いじゃろう」
アリアの顔が、ぱっと明るくなる。
「お稽古をつけてくださるんですか?」
「うむ。目の修行の続きじゃ。昼食を済ませて、庭でやるとしよう」
いつもと変わらぬ穏やかな朝。村の牧場では牛が草を食み、森では鳥たちが美しい声で歌を歌っている。
アリアは瓶に水を入れ終わると、細い腕で軽々と持ち上げて家へと戻る。
そのとき、アリアに声を掛けてくる者がいた。
「アリアちゃん、おはよう。毎日精が出るねぇ」
「ジグおじさま、おはようございます」
アリアは頭の上の瓶をひょいと下ろして、にっこり笑いながら小さく頭を下げた。
ジグはその様子を見て、呆れたように一息つく。
「毎朝この光景を見ているがね。冗談じゃないかと毎度思うよ」
「まぁ、おじさまったら。昨日もその話をしていましたよ」
二人は小さく笑った。
「お寝坊のお師匠様は、まだベッドの中かい?」
「朝の支度が終わるころには、起きていらっしゃると思います」
「そうか。怒らせてまた魔道を暴発されても困る。前はええと、裏の森が半分ほど黒焦げになったっけな……おぉ、怖い怖い。ミルクはいつもどおり、ここに置いておくよ。良い一日を」
「どうもありがとう」
ジグの背中を見送ると、アリアは再び瓶を持ち上げて小さな家の中へ入った。
朝食後しばらく、コスモスは黙って机の上に束になった書類に目を通していた。椅子の上から小さな足を机に放り出し、興味なさげに書類を見てはその辺りに捨てる、ということを繰り返している。
「くだらん。若い連中が、お遊びで戦争ごっこの準備とはのう」
書類を捨てるたびに、コスモスは小さな足を小さく動かした。紫の裾が揺れ、黒い靴がテーブルに当たってカツンと音を立てる。
音が鳴るたびに、放り投げられた書類はメラメラと炎を上げて落下し、床に落ちるまでには灰になって消えた。
そこへアリアが部屋に入ってきた。
「お師様、お片付け終わりました……また灰を散らかしていらっしゃるんですね」
アリアは苦笑いしながら、傍に立て掛けてあったほうきを慣れた手付きで手に取った。
コスモスはアリアに一瞥もくれずに、次の手紙を放り投げる。
「時代はすっかり魔術、魔術、魔術。わしらのような魔道士は、めでたや遺物というわけじゃ」
「お手軽ですからね。私は全然ダメですけど……」
「馬鹿を言え、あのような表面的なもの。使うだけ愚かじゃ。もっと……」
「『もっと本質を見なければならぬ。精霊の声を聴け』でしょう?」
コスモスは、にこにこと掃き掃除をしているアリアを見て、にやりと笑った。
「言うのう、アリア」
「毎日の教えですから」
「大切なことじゃ」
「はい、心得ています。さて、掃除終わりましたよ。私はお買い物に行ってきますね」
アリアがほうきを置いて部屋を出ようとすると、コスモスはゆっくりと椅子から降りた。
「今日はわしも行こう」
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「お師様、お出かけをなさるんですか?」
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「ははっ、そりゃあんた。めったに人前に姿を見せない大魔道士様が、うちの店に買い物に来てくれたんだからねぇ。しかしこう暑いのに、相変わらずあんたそんなに着込んじゃって。おまけに目まで隠しちゃって。そんなの付けて前が見えてるのか、毎度不思議に思うねぇ」
「ええい、口の減らぬ小娘じゃ」
「ちょ、ちょっと二人とも」
このままではコスモスがまた店ごと吹き飛ばしてしまいそうなので、アリアは慌てて仲裁に入った。
「はははは。冗談さね。いつもの卵と小麦粉でいいかい?」
「は、はい」
代金を支払うと、アリアは大きな小麦粉の袋を軽々とかついだ。
「相変わらず力持ちだねぇ、アリアちゃん」
「あ、あははは」
「小僧どもは息災か?」
コスモスが尋ねると、女将は笑って答えた。
「あぁ、元気もなにも、そこらじゅう台風みたいに駆け回ってるさ。おまけにどこで覚えたんだか、入れ替わって悪戯までしてくる始末でねぇ。母親のあたしでも見分けがつかないくらいそっくりになってきたさ。困ったものだよ」
「心の目で見るのじゃ。視覚などあてにならん」
「分かった、試してみるよ。またいつでも来なよ」
町外れの道具屋に向かう二人の後ろから、大きな声で呼び止める者があった。
『アリアお姉ちゃんだー!』
二人が振り向くと、全く同じ顔の子ども二人がにこにこと並んで立っていた。
「ピコにポコ、おはよう。さっきお母さんのお店に行ってきたのよ」
アリアも笑顔で返事をする。ピコとポコはにこにこしながらアリアのほうを見ていたが、すぐに隣に立っている小柄な少女に気づいて、不思議そうな顔をした。
「あーっ、アリアお姉ちゃんの先生だ」
「引きこもりの先生だー」
顔を引きつらせたコスモスが靴を鳴らそうとしたので、アリアは慌てて二人の少年に声を掛けた。
「きょ、今日は私たち、サムのお店に用事があって急いでいるの。だから、また今度遊びましょう?」
『えーっ、そうなの?』
不服そうな二人の声は、粘り強くアリアに甘えてきた。
『ちょっとだけー、またいつもみたいに遊んでよー』
あきらめない子どもたちに困ってアリアがコスモスをうかがうと、コスモスは何かを思いついたように少し笑って言った。
「お主ら、最近面白い悪戯をしているようじゃのう。なるほど、見れば見るほどよう似た双子じゃ。ではこうしよう。お主らのどちらがピコで、どちらがポコか。入れ替わって アリアをだますことができたなら、思う存分アリアと遊ぶがよい。代わりに見抜けなんだ場合は……」
「ば、場合は……?」
アリアが息を呑む。
「お主らを煮込んで食ってやる」
「ちょ、ちょっとお師様……」
慌てるアリアとは対照的に、ピコとポコはきょとんとしている。
「さぁ、どうする?」
双子は顔を見合わせて、コスモスに向かって口々に言い始めた。
「ふーんだ。絶対分かりっこないよ」
「母ちゃんだって僕らの見分けがつかないんだから」
コスモスが呆れたように笑う。
「分かった分かった。能書きはいいから、はようせい」
『よーし!』
二人はそう言うと、辺りを目まぐるしく辺りを駆け回り、飛んだり跳ねたり、近くの茂みに潜ったりして激しく動き回った。
二人が駆け回っている間に、アリアはメガネを外して静かに目を閉じた。コスモスは、そんなアリアの様子を真剣な眼差しで見ている。
やがて二人がアリアの前に飛び出してきた。
『さぁて、どっちがどっちでしょう?』
練習したのだろうか、並んだ二人はまったく同じポーズでまったく同じ表情をしていた。声色すら区別がつかない。
「暇な小僧どもめ」
コスモスは呆れて頭を抱えた。
アリアは静かに目を開くと、じっと二人を見て優しく微笑んだ。
「あなたがピコ、そしてあなたがパコね」
「えーっ」
「なんで、なんですぐ分かるのーっ?」
二人は口々に文句を言った。
「小僧ども、約束じゃ。アリアと遊ぶのは、また次の機会にせい」
『ちぇーっ!』
二人は風のように逃げていった。
「……メガネをしたまま見られるようになれば、合格じゃのう」
「す、すみません」
アリアは再びメガネをかけながら、苦笑いした。
道具屋に入ると、奥から慌てたサムが飛び出してきた。
「アリア、アリア、見てくれ。ついに僕も魔術が使えるようになったぞ、ほら!」
サムが右手を店の奥にかざすと、一瞬の閃光の後に店の奥が小さく爆発した。
爆風が三人の横を吹き抜ける。もうもうとほこりが舞い上がり、振動で破片がぱらぱらと天井から降り注いできた。
「どうだ、すごいだろう?」
「あ、あははは……」
アリアは恐る恐る横にいるコスモスをうかがった。
「これで僕もミッドガルドに言って、立派な魔術士になるんだ。君も一緒についてこないか? 古臭い魔道なんかより、今の時代はやっぱり魔術だよ!」
「ちょ、ちょっとサム」
「王都でたくさん修行して腕を磨いて、僕は東側一の魔術士になるのさ! 君のお師匠様だって、軽々と超えてみせるさ」
「サムったら!」
機嫌よく演説をぶっていたサムは、そこでようやく、アリアの横に佇む紫の衣の魔道士に気がついた。魔道の修行などしたことのないサムでも、その小さな体から恐ろしい力と殺気がみなぎっているのを、肌でビリビリと感じた。
「あ、あわ……」
コスモスは、地の底から響いてくるような恐ろしい声で言った。
「なるほどのう、たいした威力じゃ。ロウソクに火を灯すくらいのことはできるじゃろう」
「ひえぇ……」
「このバカ息子がーッ!」
コスモスが勢いよく足を踏み鳴らすと、轟音とともに道具屋は粉々に爆散した。
家に戻っても、コスモスは不機嫌だった。爆心地にいたコスモスもアリアも、傷一つ負っていない。そんなことを気に留める様子もなく、アリアは肩を落としていた。
「もう、お師様ったら」
「また道具を買いそこねた。全く、あのバカ息子には困ったものじゃ」
「後で一緒に謝りにいきましょうね」
しばらくぶつぶつと文句を言っているコスモスだったが、やがて黙り込んで何かを考え始めた。
アリアはその横でじっと師匠をうかがっている。
ふと、コスモスがアリアを見た。
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