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Episode of Dinex
ここ来いワンワン!囚われの飼育員
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「よくやったわね、教えることは何もない~」
カレンがむす~っと唇を尖らせている。空は橙色に染まり、ディネクスの全てが陽光を浴び、真っ黒な影を伸ばしていた。俺たち二人の影も、舗装された道に伸びている。
「そこまでへそ曲げなくても、ほら、まぐれだってまぐれ」
「そうよまぐれよ!磁石を使って風船を割るなんて考えないし、その磁石が私の作った鉄の杖にくっつくなんて思わないでしょ普通!」
おためごかし通用せず。
まぁその「作った鉄の杖」という、不幸なシチュエーションそのものを読んだから、俺は磁石の攻撃によって不幸回避への布石を打っていたのだが、それを説明しても信じてはくれないだろう。
「で、何させる気よ」
下卑た目で、いつぞやのイヴのように体をきゅっと縮こまらせてこちらを睨む。
「賭けの話か?始める前にも言ったけど、俺はバツゲームとか嫌いなんだよ、だから...んー、保留にしよう、勿体ないし」
「そこは適当なお願いで権利を敢えて捨ててくれたりしないのね」
カレンが呆れてため息をついている。そういう男らしさを俺に求めるのはよくないぞ?カレンさん。
「また思いついたらお願いするよ」
ゴーンゴーン。と、腹の中まで響く鐘の音。これは時刻が午後6時を指し示しているらしく、時間の概念も前の世界から踏襲されており、この鐘は言うなれば「ゆーやけこーやーけーでひがくれてー」と公園で流れる時報を思わせる。
「あぁ!そうだ、私少し用事があったんだった」
「何の?」
「ちょっとね、先帰ってて!」
有無を言わせず、カレンは人間の脚力とは思えない力で地面を蹴り、一瞬で消えていった。砂煙が小さな竜巻のように立っているのを見ると、どうやら風魔法で蹴る力をブーストさせたようだ。石礫を風魔法で発射するロックショットの応用編と言ったところか。マジで多彩だなこいつ。
さて、先に帰っててと言われたものの、この三日間は魔法の訓練ばかりだった。異世界に来たにも関わらずである。いや、魔法の訓練というのは異世界っぽさが結構強いのだけれど、異世界の文化とか世界観とか、そういうほのぼのとした部分に接したいのだ。
海外出張に来たのに海外文化に触れることなく、持ち込んだ日本のカップラーメンをすすって仕事するようなものだ。ま、イメージだけど。
折角異世界に来ているならば、異世界ならではの文化、グルメに触れておきたい。となるとカレンに付いていけば良かったか。
...いや、今日は疲れた。全身に虚脱感が襲う。夕暮れは歩く度にノスタルジーな気分を増進させていった。
しばらく一人で異世界の街を歩く。日暮れにはまだすこし遅い。このままこの時が永遠に続くのではないか。そんな錯覚さえ覚えてしまう。
ギルドの宿舎へはもうしばらくかかるだろう。しばしこの時を楽しもうじゃないか。
「ワンワン!」
「ん?」
ボーッとしていたせいか、足元にすり寄って来ていた小型犬に気づかなかった。その犬のモフモフとした体毛は、茶色とか黒とかのくすんだ色々な色がごちゃ混ぜになったような、泥水から這い上がってきたような、そんな小汚ない色をしていた。
その犬はズボンをガシガシ噛んで引っ張ってくる。
「どうしたよお前、これは飯じゃありません!」
それでもズボンを噛んで引っ張ってくる。
「何だよったくもぉ、」
多分、俺の表情はとてもだらしなかったと思う。ふにゃふにゃのへにゃへにゃ。だって犬大好きなんだもん!大犬好きだもん!
俺はしゃがんでその犬を引っ張ろうとする。すると、犬は俺の胸に飛び込んできた。小汚なくはあるけれど、なんだよ人懐っこくてかわいいじゃないか。モフモフしていると、犬の顔が耳元まで近づく。毛が耳たぶを擽るように触れた。
「(早く来いっつぅてんだろうが、それと何気安く触ってんだあぁ?)」
耳元では、ヤクザ顔負けの漢らしい声が囁いた。表情が一気に凍る。ビックリして犬から飛び退いた。
「のぉわぁっ!!喋った!?」
「ワンワン!」
だが依然としてワンワン言っているだけだ。......気のせいだったのかな?もう一度耳元に顔を近づけてみることにした。
「ぐるるる(早く来い、いいなクソガキ)」
────────────────
怖い。怖い。大人の人より怖い。前に一番怖いのは人間だと断言したが、また前言を撤回しよう。怖いのヤクザだ。やっぱり人間じゃねーか。
そのヤクザ犬は走っては止まり、走っては止まりと、俺がちゃんとついてきているのかを監視しながら先導している。それに続いて行くしかなかった。怖かったから。耳を噛み千切られなかっただけましか。
そうこうしていると、大きな豪邸が見えた。おー、おっきーなー。くらいしか感じなかった。お貴族様が在住されていそうな、大きな家だ。庭とかがない辺りを見ると、リッチな中でもリーズナブルな部類なのかもしれない。といっても庶民生活しか送ったことがないので、その存在感から畏怖を感じさせる。しかし、大きな存在というのは、それ相応の影を作っているものだ。
その建物の影のなかに、何か、いる。奥は見えない。だが、布は見えた。何か、そう、四角い大きなモノを被せているような、布が見えた。
その隣には荷車も見える。となると、あれは荷物か?荷物だろうな。荷物に違いない。
「ガウガウ」
と犬は顎で荷物を指し示している。人を顎で使う犬なんて聞いたことがない。トボトボと気配を殺し、影のなかに入り、その四角いモノを被せる布を見た。布の端は全てを覆うことができておらず、鉄の角が覗いている。
決してそんなことはしたことないけれど、例えるなら、寝ている女の子のスカートを、起こさずに捲るように、布の角を小さくつまみ、ゆっくりと捲りあげた。決してそんなことはしたことないけれど。
俺は目を凝らす。檻の中には人が眠っていた。人は人でも、飼育員のような恰好をした女子がすうすうと寝息を立てていた。
一体なんでこの子はこんなところで檻に入って寝ているんだ?もしかして何か悪いことをして捕まったのだろうか?それならば因果応報というものだが、このディネクスに来た時にカレンが行っていたように、城壁近くの牢屋に収監されるはずである。
なら現在その運んでいる途中?とも思えない。
となれば...。これは事情を聞いた方が良さそうだ。あの犬はもしかしたら、この子を助けさせるために俺を呼んだのかも知れない。
──ゾワッ!
やばい。「嫌な予感」だ。これ以上ここにいるのはまずいと告げている。飼育員の子を助けること。飼育員の子に語り掛けることさえも、すべきではないと告げいてるようだった。見なかったことにしよう。すまねぇ犬。回れ右をすると、犬はどこにも居なかった。
なんだよあの犬一人でどっか行きやがって!
文句を叫んでやろうかと思った時、豪邸の裏口から、人の声が聞こえた。
「で、何の用だよ。こんな暗がりに呼び出して」
威圧する語気だった。マウントを取る人間に良く見る特徴を思わせる。
「い、いやぁ、あの借金の話だよ借金」
こっちはえらく腰が低い印象で声が通常よりも高い気がする。電話で人と話すときに自然と声が高くなるのは、相手に警戒してほしくないと聞いたことがあるけれど、こいつはその典型な気がした。
「借金?あれはお前が雇った奴らが昨日捕まったから無しになったんだろ?だからこの家売って返すって言ってたじゃねーか」
「いや!その必要が無くなったんだ!丁度いいところに転移者が転がっててよ」
「転移者?記憶持ちなのか?」
「それは...でも受け答えはできる!つまり記憶はあるんだよ!記憶持ちだ...間違いない!」
「歯切れが悪いな、ちょっとその転移者見せてみろ」
やば!俺は檻にかなり近いし、路地裏の檻までの道は一本道だ。このままでは見られる!
近づく彼らから離れないといけないが、俺の移動した足音でこの場に誰かがいたことを悟られることそのものがマズイ。一体どうすれば...どこかに隠れられるモノがあれば...いやある!
ざっざっと近づく足音が、俺がいた道に歩み出た!
「なるほど、これが例の転移者ね...気持ちよく寝てやがる」
男は違和感なくそういうと、はぁ、と音を立てずにため息をついた。
「どうします?起こしますか?」
小物な声がにやにやしたようにつぶやくのが、周囲の壁から反響して聞こえる。
こちらサツキ、以上なし。尾行を続行する。
俺は薄い鉄の箱に入っていた。それも表面が黒くなるように、酸化皮膜でコーティングしておいた。これにより、影の暗さに紛れることもできる。そしてその箱の中で体育座りしていた。隠れる場所がないならば作ればいい、創造すればいい、その箱を。
だが結局逃げられないことには変わりない。このままやり過ごすしかないだろう。
ガンガン!と蹴る音が聞こえた。俺の箱が蹴られた訳じゃなかった。良かった。
いや良くなかった。誰かが飼育員の子の入る檻を蹴っているのだ。なんて乱暴な。
「ほら起きろ!ちゃんと喋れるだろうが!さっさと起きろ!」
激しく鈍い鉄の音と、小物の怒号だけが響く。だが何の反応もないらしい。
「なあ、こいつ本当は死んでるんじゃないだろうな?見たところ泥だらけだしよぉ」
「いや、待ってくれよ!今これで痛めつければ起きるはず」
鉄のシャリンという、擦れた音が聞こえた。刃物を取り出したのかもしれない。
まあ仕方がない。俺は悪くない。このままやり過ごすとしよう。傷つくかもしれないが、それはあの飼育員の子の運命。俺の不幸も特に関与した覚えはないはず。
(あれはお前が雇った奴らが昨日捕まったから)
偉そうな奴の、そんなセリフを思い出した。
雇った奴らが捕まることがなければ、飼育員の子はこうして捕まる理由がなくなったはずだ。そして雇った奴らが捕まっていなければ、代わりの転移者が偉そうな奴に売られていたわけだ。
あれ、俺って、誘拐されかけていたような。俺って、その奴らをカレンと無力化して捕まえていたような...。
あれ、俺のせいじゃね?
あの嫌な予感はそういう事か。自分のせいで誰かが傷つく運命を聞かせて、自分がこいつらに捕まるかもしれない、このシチュエーションに立ち会わせるという「不幸」だったのか。
何にしても、自分の不幸によって誰かが傷つくとなれば、これは見過ごすことはできない。だってこれは俺のせいなのだから。
鉄の箱を、勢いよく持ち上げて姿を出す。そして喉を大きく震わせた!
「見ーつけたぁ!金持ちの裏事情!!人身売買をしているぞ!誰か来てくれ!」
「はぁ!?お前いつから──」
「いいから逃げるぞ!人が来る!」
小物を引っ張って、偉そうな男はそそくさと檻を後にした。逃げ足がとても速い。
その姿を遠くで見ていると、その二人を誰かが魔法で捕らえるのが見えた。そいつを鎖で引きずって、その魔法使いが近づいてくる。
「サツキ、まだ帰ってなかったのね。それで、さっきのは本当なの?」
カレン、マジかっけぇっす。
カレンがむす~っと唇を尖らせている。空は橙色に染まり、ディネクスの全てが陽光を浴び、真っ黒な影を伸ばしていた。俺たち二人の影も、舗装された道に伸びている。
「そこまでへそ曲げなくても、ほら、まぐれだってまぐれ」
「そうよまぐれよ!磁石を使って風船を割るなんて考えないし、その磁石が私の作った鉄の杖にくっつくなんて思わないでしょ普通!」
おためごかし通用せず。
まぁその「作った鉄の杖」という、不幸なシチュエーションそのものを読んだから、俺は磁石の攻撃によって不幸回避への布石を打っていたのだが、それを説明しても信じてはくれないだろう。
「で、何させる気よ」
下卑た目で、いつぞやのイヴのように体をきゅっと縮こまらせてこちらを睨む。
「賭けの話か?始める前にも言ったけど、俺はバツゲームとか嫌いなんだよ、だから...んー、保留にしよう、勿体ないし」
「そこは適当なお願いで権利を敢えて捨ててくれたりしないのね」
カレンが呆れてため息をついている。そういう男らしさを俺に求めるのはよくないぞ?カレンさん。
「また思いついたらお願いするよ」
ゴーンゴーン。と、腹の中まで響く鐘の音。これは時刻が午後6時を指し示しているらしく、時間の概念も前の世界から踏襲されており、この鐘は言うなれば「ゆーやけこーやーけーでひがくれてー」と公園で流れる時報を思わせる。
「あぁ!そうだ、私少し用事があったんだった」
「何の?」
「ちょっとね、先帰ってて!」
有無を言わせず、カレンは人間の脚力とは思えない力で地面を蹴り、一瞬で消えていった。砂煙が小さな竜巻のように立っているのを見ると、どうやら風魔法で蹴る力をブーストさせたようだ。石礫を風魔法で発射するロックショットの応用編と言ったところか。マジで多彩だなこいつ。
さて、先に帰っててと言われたものの、この三日間は魔法の訓練ばかりだった。異世界に来たにも関わらずである。いや、魔法の訓練というのは異世界っぽさが結構強いのだけれど、異世界の文化とか世界観とか、そういうほのぼのとした部分に接したいのだ。
海外出張に来たのに海外文化に触れることなく、持ち込んだ日本のカップラーメンをすすって仕事するようなものだ。ま、イメージだけど。
折角異世界に来ているならば、異世界ならではの文化、グルメに触れておきたい。となるとカレンに付いていけば良かったか。
...いや、今日は疲れた。全身に虚脱感が襲う。夕暮れは歩く度にノスタルジーな気分を増進させていった。
しばらく一人で異世界の街を歩く。日暮れにはまだすこし遅い。このままこの時が永遠に続くのではないか。そんな錯覚さえ覚えてしまう。
ギルドの宿舎へはもうしばらくかかるだろう。しばしこの時を楽しもうじゃないか。
「ワンワン!」
「ん?」
ボーッとしていたせいか、足元にすり寄って来ていた小型犬に気づかなかった。その犬のモフモフとした体毛は、茶色とか黒とかのくすんだ色々な色がごちゃ混ぜになったような、泥水から這い上がってきたような、そんな小汚ない色をしていた。
その犬はズボンをガシガシ噛んで引っ張ってくる。
「どうしたよお前、これは飯じゃありません!」
それでもズボンを噛んで引っ張ってくる。
「何だよったくもぉ、」
多分、俺の表情はとてもだらしなかったと思う。ふにゃふにゃのへにゃへにゃ。だって犬大好きなんだもん!大犬好きだもん!
俺はしゃがんでその犬を引っ張ろうとする。すると、犬は俺の胸に飛び込んできた。小汚なくはあるけれど、なんだよ人懐っこくてかわいいじゃないか。モフモフしていると、犬の顔が耳元まで近づく。毛が耳たぶを擽るように触れた。
「(早く来いっつぅてんだろうが、それと何気安く触ってんだあぁ?)」
耳元では、ヤクザ顔負けの漢らしい声が囁いた。表情が一気に凍る。ビックリして犬から飛び退いた。
「のぉわぁっ!!喋った!?」
「ワンワン!」
だが依然としてワンワン言っているだけだ。......気のせいだったのかな?もう一度耳元に顔を近づけてみることにした。
「ぐるるる(早く来い、いいなクソガキ)」
────────────────
怖い。怖い。大人の人より怖い。前に一番怖いのは人間だと断言したが、また前言を撤回しよう。怖いのヤクザだ。やっぱり人間じゃねーか。
そのヤクザ犬は走っては止まり、走っては止まりと、俺がちゃんとついてきているのかを監視しながら先導している。それに続いて行くしかなかった。怖かったから。耳を噛み千切られなかっただけましか。
そうこうしていると、大きな豪邸が見えた。おー、おっきーなー。くらいしか感じなかった。お貴族様が在住されていそうな、大きな家だ。庭とかがない辺りを見ると、リッチな中でもリーズナブルな部類なのかもしれない。といっても庶民生活しか送ったことがないので、その存在感から畏怖を感じさせる。しかし、大きな存在というのは、それ相応の影を作っているものだ。
その建物の影のなかに、何か、いる。奥は見えない。だが、布は見えた。何か、そう、四角い大きなモノを被せているような、布が見えた。
その隣には荷車も見える。となると、あれは荷物か?荷物だろうな。荷物に違いない。
「ガウガウ」
と犬は顎で荷物を指し示している。人を顎で使う犬なんて聞いたことがない。トボトボと気配を殺し、影のなかに入り、その四角いモノを被せる布を見た。布の端は全てを覆うことができておらず、鉄の角が覗いている。
決してそんなことはしたことないけれど、例えるなら、寝ている女の子のスカートを、起こさずに捲るように、布の角を小さくつまみ、ゆっくりと捲りあげた。決してそんなことはしたことないけれど。
俺は目を凝らす。檻の中には人が眠っていた。人は人でも、飼育員のような恰好をした女子がすうすうと寝息を立てていた。
一体なんでこの子はこんなところで檻に入って寝ているんだ?もしかして何か悪いことをして捕まったのだろうか?それならば因果応報というものだが、このディネクスに来た時にカレンが行っていたように、城壁近くの牢屋に収監されるはずである。
なら現在その運んでいる途中?とも思えない。
となれば...。これは事情を聞いた方が良さそうだ。あの犬はもしかしたら、この子を助けさせるために俺を呼んだのかも知れない。
──ゾワッ!
やばい。「嫌な予感」だ。これ以上ここにいるのはまずいと告げている。飼育員の子を助けること。飼育員の子に語り掛けることさえも、すべきではないと告げいてるようだった。見なかったことにしよう。すまねぇ犬。回れ右をすると、犬はどこにも居なかった。
なんだよあの犬一人でどっか行きやがって!
文句を叫んでやろうかと思った時、豪邸の裏口から、人の声が聞こえた。
「で、何の用だよ。こんな暗がりに呼び出して」
威圧する語気だった。マウントを取る人間に良く見る特徴を思わせる。
「い、いやぁ、あの借金の話だよ借金」
こっちはえらく腰が低い印象で声が通常よりも高い気がする。電話で人と話すときに自然と声が高くなるのは、相手に警戒してほしくないと聞いたことがあるけれど、こいつはその典型な気がした。
「借金?あれはお前が雇った奴らが昨日捕まったから無しになったんだろ?だからこの家売って返すって言ってたじゃねーか」
「いや!その必要が無くなったんだ!丁度いいところに転移者が転がっててよ」
「転移者?記憶持ちなのか?」
「それは...でも受け答えはできる!つまり記憶はあるんだよ!記憶持ちだ...間違いない!」
「歯切れが悪いな、ちょっとその転移者見せてみろ」
やば!俺は檻にかなり近いし、路地裏の檻までの道は一本道だ。このままでは見られる!
近づく彼らから離れないといけないが、俺の移動した足音でこの場に誰かがいたことを悟られることそのものがマズイ。一体どうすれば...どこかに隠れられるモノがあれば...いやある!
ざっざっと近づく足音が、俺がいた道に歩み出た!
「なるほど、これが例の転移者ね...気持ちよく寝てやがる」
男は違和感なくそういうと、はぁ、と音を立てずにため息をついた。
「どうします?起こしますか?」
小物な声がにやにやしたようにつぶやくのが、周囲の壁から反響して聞こえる。
こちらサツキ、以上なし。尾行を続行する。
俺は薄い鉄の箱に入っていた。それも表面が黒くなるように、酸化皮膜でコーティングしておいた。これにより、影の暗さに紛れることもできる。そしてその箱の中で体育座りしていた。隠れる場所がないならば作ればいい、創造すればいい、その箱を。
だが結局逃げられないことには変わりない。このままやり過ごすしかないだろう。
ガンガン!と蹴る音が聞こえた。俺の箱が蹴られた訳じゃなかった。良かった。
いや良くなかった。誰かが飼育員の子の入る檻を蹴っているのだ。なんて乱暴な。
「ほら起きろ!ちゃんと喋れるだろうが!さっさと起きろ!」
激しく鈍い鉄の音と、小物の怒号だけが響く。だが何の反応もないらしい。
「なあ、こいつ本当は死んでるんじゃないだろうな?見たところ泥だらけだしよぉ」
「いや、待ってくれよ!今これで痛めつければ起きるはず」
鉄のシャリンという、擦れた音が聞こえた。刃物を取り出したのかもしれない。
まあ仕方がない。俺は悪くない。このままやり過ごすとしよう。傷つくかもしれないが、それはあの飼育員の子の運命。俺の不幸も特に関与した覚えはないはず。
(あれはお前が雇った奴らが昨日捕まったから)
偉そうな奴の、そんなセリフを思い出した。
雇った奴らが捕まることがなければ、飼育員の子はこうして捕まる理由がなくなったはずだ。そして雇った奴らが捕まっていなければ、代わりの転移者が偉そうな奴に売られていたわけだ。
あれ、俺って、誘拐されかけていたような。俺って、その奴らをカレンと無力化して捕まえていたような...。
あれ、俺のせいじゃね?
あの嫌な予感はそういう事か。自分のせいで誰かが傷つく運命を聞かせて、自分がこいつらに捕まるかもしれない、このシチュエーションに立ち会わせるという「不幸」だったのか。
何にしても、自分の不幸によって誰かが傷つくとなれば、これは見過ごすことはできない。だってこれは俺のせいなのだから。
鉄の箱を、勢いよく持ち上げて姿を出す。そして喉を大きく震わせた!
「見ーつけたぁ!金持ちの裏事情!!人身売買をしているぞ!誰か来てくれ!」
「はぁ!?お前いつから──」
「いいから逃げるぞ!人が来る!」
小物を引っ張って、偉そうな男はそそくさと檻を後にした。逃げ足がとても速い。
その姿を遠くで見ていると、その二人を誰かが魔法で捕らえるのが見えた。そいつを鎖で引きずって、その魔法使いが近づいてくる。
「サツキ、まだ帰ってなかったのね。それで、さっきのは本当なの?」
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