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<最終章:己が世界を支配せよ>
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「やぁ待ちかねたよ、と言っても筋書としては勇者が来てくれるというものだったんだがね」
黒いマントを被った死神のような女は、大きな鎌を肌身離さずに握りしめてそう快活に言った。声がこの広い空間に響き渡る。地下10階ほどフロアを降りたところで階段は床となり、そこから続く通路を進んできた場所が、この白いドーム状の空間だった。ドームの高さからして、地下のフロアはここだけなのだろうと思われる。
そんな空間で、やっとのことで磔にされた魔王を視認することに成功した。今度はバーチャル背景ではない、本当に磔にされていた。杭を打ち付けられての磔ではなく、木材に縛り付けられているといった感じだった。
こいつが、確かカナタの妹。確かによく見ると、鼻のところにほくろがある。ちょっと大きめの。
「勇者じゃなくて悪かったな、だがもうこの世には勇者はいないぜ。あいつは世界から役割を押し付けられるのは止めて、自分の意思で友を守ると決めたらしいからよ」
「らしいね、それは聞いているよ。直接本人から」
「直接、本人?」
あいつが勇者から足を洗ったのは、ここ数日のことだ。ならばこいつはその動向さえも監視していたというのか? ますます、得体が知れない。
いや、得体については検討がついているのだった。あの見習いクリエイター、バスで出会ったカナタという女の子。勇者の超冒険という作品の世の中への影響力に目を付けて、物語の影響力で行方不明となった妹を探していると言っていた。そして、その目当ての妹が。
「お前は、その、カナタの妹、なのか?」
「カナタ? 妹? ああ、そうか」
得心がいったように、烏合の執行人は、ハルカは顔をほころばせた。
「そうだよ、カナタの妹だ。しかしその話ができるほど時間がない。要点だけ説明させてくれたまえ」
急いでいる? 確かに時間が経過すると、魔王の処刑のための魔力が溜まってしまうという事情を俺は抱えているけれど、それは俺の事情であって、こいつの事情ではないはずだ。時間稼ぎこそすれ、急ぐ必要があるとは思えない。
何か、引っかかる。
「なぁ、これだけは確認させてくれ、お前は何者で、お前は、誰なんだ?」
烏合の執行人にして、カナタの妹は少しの間を開けずに答えて見せた。聞かれると分かっていたから予めセリフを準備しておいたような。
「私はミナだよ。しかし今ミナを操っているのは、カナタの妹のハルカ、つまり私だ」
え、ちょっとこんがらがった。
ミナを操っているのが、ハルカ?
「まぁ混乱するのも無理はない、ミナというのは世を忍ぶ仮の姿みたいなものだったんだ。ほら、真名に対する仮名みたいなものだよ。勇者に真名を教えたとしても『え、ハルカって誰?』ってなるだろうから、あのチョッタカ山ではミナという名前で通させてもらったのさ」
「だが、ミナはチョッタカ山にいるはずだろ? そんな直ぐに降りられるとは思えない……まさか」
ユウの一章に及ぶ長々とした思い出を想起して思い至る。そういえば、ミナは言っていた。リモートワークをしていると。
「そう、私はこの体をミナとして操ることで、世界の異変を遅らせるためにリモートワークをしていたのさ。だから一応今の私は味方だよ」
「だが、作者の家にやってきたのは解せないな、味方ならアブさんをボロボロにせずに済んだんじゃないのか?」
「ああ、確かにね、私もあれは計算外だった。体をワープさせることには成功し、君たちに作者はいないことを伝えようとしたんだけれど、そこで一時的にコントロールを奪われてしまったんだ」
コントロールを奪われた? それは体の話だろう。しかし、ハルカが動かす、この死神のような姿のコントロールを奪うって、いったいどういう意図が?
「ミナだよ。それが事の元凶にして、私の傑作ならぬ失敗作さ。魔術知能、MI、ミナ。それが倒すべき敵だ」
ミナ。
魔術知能。
MI。
そうだ、それも確か聞いた覚えがある。プープルでペタブヨウについて検索した時、魔術知能を開発したとかどうとか。
「魔術知能とは、魔術によって作られたシステムが、一人でに考える力を獲得した技術のことさ。私はそれで、もっと動画を視聴する人に見てもらいやすい動画をレコメンドするための魔術知能を開発した。その結果、皆が凝り固まった同じ考えを抱くようにレコメンドしてしまってね。それが暴走してしまったのさ」
「なるほど、何となく理解はできる」
俺の世界のAIみたいなものなのだろう。AIは飽くまでも、人間が求めるモノを効率よくオススメしているに過ぎない。
しかしそれは自分の考えを放棄しているに過ぎない、それでは新たなる世界は広がらないし、安心という殻に閉じこもって広い世界を知ることができない。
異世界に行くなんてなおさらだ。
ハルカはそこで苦しそうに頭を押さえ、ノイズ混じりの言葉で言った。
「そう、そしてMI、ミナは自力で、レコメンドに、抵抗す、る者達を排除しようと、している」
「おい、大丈夫なのかよ! それに魔王は無事なのか!?」
「時間、ない、これだけ、言う」
もう声は砂嵐に呑まれて聞こえなくなった。しかし、彼女のその言葉だけは辛うじて聞き受けることができた。
「ミナを、止めてくれ」
そこでがっくりと顔が前に倒れ、猫背のような姿勢で停止する。外の音、景色が全く響かない地下10階、まるで世界はこれだけだと言われたら信じてしまいそうな、そんな隔絶された空間で。ハルカは、否、ミナは言った。
[異分子は排除します]
黒いマントを被った死神のような女は、大きな鎌を肌身離さずに握りしめてそう快活に言った。声がこの広い空間に響き渡る。地下10階ほどフロアを降りたところで階段は床となり、そこから続く通路を進んできた場所が、この白いドーム状の空間だった。ドームの高さからして、地下のフロアはここだけなのだろうと思われる。
そんな空間で、やっとのことで磔にされた魔王を視認することに成功した。今度はバーチャル背景ではない、本当に磔にされていた。杭を打ち付けられての磔ではなく、木材に縛り付けられているといった感じだった。
こいつが、確かカナタの妹。確かによく見ると、鼻のところにほくろがある。ちょっと大きめの。
「勇者じゃなくて悪かったな、だがもうこの世には勇者はいないぜ。あいつは世界から役割を押し付けられるのは止めて、自分の意思で友を守ると決めたらしいからよ」
「らしいね、それは聞いているよ。直接本人から」
「直接、本人?」
あいつが勇者から足を洗ったのは、ここ数日のことだ。ならばこいつはその動向さえも監視していたというのか? ますます、得体が知れない。
いや、得体については検討がついているのだった。あの見習いクリエイター、バスで出会ったカナタという女の子。勇者の超冒険という作品の世の中への影響力に目を付けて、物語の影響力で行方不明となった妹を探していると言っていた。そして、その目当ての妹が。
「お前は、その、カナタの妹、なのか?」
「カナタ? 妹? ああ、そうか」
得心がいったように、烏合の執行人は、ハルカは顔をほころばせた。
「そうだよ、カナタの妹だ。しかしその話ができるほど時間がない。要点だけ説明させてくれたまえ」
急いでいる? 確かに時間が経過すると、魔王の処刑のための魔力が溜まってしまうという事情を俺は抱えているけれど、それは俺の事情であって、こいつの事情ではないはずだ。時間稼ぎこそすれ、急ぐ必要があるとは思えない。
何か、引っかかる。
「なぁ、これだけは確認させてくれ、お前は何者で、お前は、誰なんだ?」
烏合の執行人にして、カナタの妹は少しの間を開けずに答えて見せた。聞かれると分かっていたから予めセリフを準備しておいたような。
「私はミナだよ。しかし今ミナを操っているのは、カナタの妹のハルカ、つまり私だ」
え、ちょっとこんがらがった。
ミナを操っているのが、ハルカ?
「まぁ混乱するのも無理はない、ミナというのは世を忍ぶ仮の姿みたいなものだったんだ。ほら、真名に対する仮名みたいなものだよ。勇者に真名を教えたとしても『え、ハルカって誰?』ってなるだろうから、あのチョッタカ山ではミナという名前で通させてもらったのさ」
「だが、ミナはチョッタカ山にいるはずだろ? そんな直ぐに降りられるとは思えない……まさか」
ユウの一章に及ぶ長々とした思い出を想起して思い至る。そういえば、ミナは言っていた。リモートワークをしていると。
「そう、私はこの体をミナとして操ることで、世界の異変を遅らせるためにリモートワークをしていたのさ。だから一応今の私は味方だよ」
「だが、作者の家にやってきたのは解せないな、味方ならアブさんをボロボロにせずに済んだんじゃないのか?」
「ああ、確かにね、私もあれは計算外だった。体をワープさせることには成功し、君たちに作者はいないことを伝えようとしたんだけれど、そこで一時的にコントロールを奪われてしまったんだ」
コントロールを奪われた? それは体の話だろう。しかし、ハルカが動かす、この死神のような姿のコントロールを奪うって、いったいどういう意図が?
「ミナだよ。それが事の元凶にして、私の傑作ならぬ失敗作さ。魔術知能、MI、ミナ。それが倒すべき敵だ」
ミナ。
魔術知能。
MI。
そうだ、それも確か聞いた覚えがある。プープルでペタブヨウについて検索した時、魔術知能を開発したとかどうとか。
「魔術知能とは、魔術によって作られたシステムが、一人でに考える力を獲得した技術のことさ。私はそれで、もっと動画を視聴する人に見てもらいやすい動画をレコメンドするための魔術知能を開発した。その結果、皆が凝り固まった同じ考えを抱くようにレコメンドしてしまってね。それが暴走してしまったのさ」
「なるほど、何となく理解はできる」
俺の世界のAIみたいなものなのだろう。AIは飽くまでも、人間が求めるモノを効率よくオススメしているに過ぎない。
しかしそれは自分の考えを放棄しているに過ぎない、それでは新たなる世界は広がらないし、安心という殻に閉じこもって広い世界を知ることができない。
異世界に行くなんてなおさらだ。
ハルカはそこで苦しそうに頭を押さえ、ノイズ混じりの言葉で言った。
「そう、そしてMI、ミナは自力で、レコメンドに、抵抗す、る者達を排除しようと、している」
「おい、大丈夫なのかよ! それに魔王は無事なのか!?」
「時間、ない、これだけ、言う」
もう声は砂嵐に呑まれて聞こえなくなった。しかし、彼女のその言葉だけは辛うじて聞き受けることができた。
「ミナを、止めてくれ」
そこでがっくりと顔が前に倒れ、猫背のような姿勢で停止する。外の音、景色が全く響かない地下10階、まるで世界はこれだけだと言われたら信じてしまいそうな、そんな隔絶された空間で。ハルカは、否、ミナは言った。
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