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<最終章:己が世界を支配せよ>

同調圧力にメスを入れよう

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 円卓はないけれど、焚火を囲むようにして俺達は向かい合う。ユウ、ナイツ、サナ、マサト、クスノ、そして、俺。

 まずは状況を整理する。色んな視点から物事が進行すると、何がなんだか分からなくなってしまうから、こういうときは状況を整理するに限る。物事を俯瞰して見るというやつだ。大事だぜ俯瞰は、人間は、自分が思っているよりも簡単に目的迷子になるからな。自分を見失うからな。

「ってことで、現状を整理するぞ」

 ジメット密林の木々が騒めく中、皆がごくりと唾を飲み込む。興味がこちらに引いてあることを確認して切り出した。

「まず、最終目標から。俺達が成すべきことは、魔王の奪還だ」

 魔王が狙われていた。それは誘拐するためだろう。では何故誘拐されなければならなかったのか。それはメアリーやあのそうでしょう兄さんが言っていた。

 バズり。もとい承認。皆の注目を集めること。

「メアリーの口ぶり的にそうだろうな、それに生配信で今も映し出されているしよ」

 ユウが杖から表示した映像には、右上に『LIVE』と書かれており、まるでキリストがそうされているように、木製の十字に張りつけられていた。その画面のど真ん中に、でかでかとカウントダウンのような白地の円グラフが、今も赤い面積を広げている。

「なるほど、この世界の住人がこの生配信を皆で見ることで、今もその同接数を伸ばしていて、同時に同質の魔力の割合も多くなっていると、それを放置したら、ミナって人曰く、世界が終わっちゃうってことなんだね」

 ナイツが指を立てて言った。というか、自分の考えが正しいかどうかを確かめるためにここで表明したと言った方が正確か。俺の世界にもいたなぁ、そういう不安症な人。

「ま、加速度的に地球温暖化が進行しているみたいなもんだな、どれくらいの割合になったら地球がヤバくなるのかは分からないが、急ぐ必要はあるだろう。少なくとも、俺が生身でいるとあの場で膝をついてしまうほどの圧力が、あの場――ハーモニーメドウとその周囲に常時かかっていると見ていいだろう」

 地球温暖化なら、チョッタカ山の氷も解けて、もっと早くユウたちが帰ってきていたのかもしれないが、今回温度は関係ないらしい。俺がつい漏らした例えに、サナが反応した。

「地球温暖化って、何?」

「あー、俺の世界でそういう現象があってな、簡単に言うと、牛乳にコーヒー淹れ続けたらどんどん苦くなっていくだろ? これからそのコーヒーを止めに行くんだよ」

 例えの解説のために別の例えを使ってしまうことになるとは。

「ではまず、魔王様が今どこに囚われているのかを知る必要がございましょうな、早く向かいたいところですな」

 クスノが話を進めにかかる。話の僅かな脱線をも戻してくれるとは、流石は、伊達に年輪を巻いてないぜ、伊達巻じゃないぜ。行間を読ませる意味深な言葉を使わずに端的なコミュニケーションに変えている辺り、今回が深刻であることも理解しているようだ。

「それは直ぐ分かるんじゃないでしょうか? 生放送をしているほどですから、より目立って、より分かりやすいところに居そうな気がしますが」

 分からなくはない、感情を扇動して人を操った経験があるマサトならではの意見だった。

「だな、まぁそれはハーモニーメドウに行ったら分かるだろ」

「けど、魔王を助けただけで、まだ彼らの同調はそのまんまなのよね、それはどうするの?」

 サナが包帯の巻かれた手を顎に当てて思案気に問う。それについては考えがある。というかこれしかない。

「魔王の剣と、勇者の剣の力を使う」

 愚鈍なる自我を見出させる力を持つ、魔王の剣、ドレッドレッドソード。これ見よがしに皆の前に出して問いかけた。

「今奴等は自分自身に自信を見出すことができない状態なんだ。だから徒党を組みたがるし、群れたがる。そして傷をなめ合っている。そんなところに、嫌でも自分のことを意識してしまう力を持つ、この剣の力が働けばどうなるだろうな?」

「なるほど、見て見ぬふりをしてきた自分を意識することで、同調圧力を崩そうってことか」

 赤信号、皆で渡れば怖くない。しかし渡った時に自分が死ぬであろうことを意識させれば、皆が居ようとも怖くなる。今、自分は手を繋いで赤信号を渡ろうとしていなかったか? 今、自分は皆と共に崩壊しようとしていなかったか? と。メタ認知とも言うが。

「そういうことだ、まぁ魔力を介して人の意識に直接介入できる、この世界限定の裏技だがな。とんでもねーよこの剣。つっても、まずは俺達はここからハーモニーメドウに向かわねーといけないんだが」

 ちらりとある者を見つつ、意味深長な言い方をした。行間を読み切れていないのか、ユウがここで首を傾げた。

「ん? ああ、そうだな、そりゃそうだ」

「どう行けばいいだろうな」

「どう? そりゃ、また竜に乗せてもらって行くんじゃダメなのか?」

「俺はダメとは言っていない。――俺はな!」

 俺はその手に持つ魔王の剣を、ある者に投げて突き刺した。円を作る皆がその行動に目を見開く。そしてその中で1人が、いや一本の木が、パリパリ表面を枯らしていく。

「……な、何故……」

 クスノの表情は、信じられないと言わんばかりの忌々し気な、そして悲し気な顔をしていた。
 その背後には、人型の分身と同じく歪んだ表情を幹の表面に形作る大きな木と、それに突き刺さる闇色に光る魔王の剣。

「おい! いきなり何しやがる! 仲間なんだろ!?」

 ユウの勇者らしい主人公なセリフを無視して、魔王の剣を引き抜きに向かった。柄を握りしめ、できるだけ切っ先が抉らないように真っすぐに引き抜く。
 ゴゴゴゴゴ、と大きな木は顔を出し、低い声を響かせた。その木からは、先ほどからクスノに感じられた違和感はなさそうに思われた。同調の魔力が、魔王の剣によって取り払われたから。

「よ、気分はどうだクスノ」

「不甲斐ないですな、いつの間にか私が術中にはまってしまっていたとは」

「恐らく、魔力を含んだ水でも飲まされたんだろうな、気にすんなよ、お前の減らず口のお陰で気づけたんだ」

 人の罪悪感を平気でくすぐって来るような奴が、今回に限って俺にあのハゲ部分を意識させず過ごしていたんだ。そりゃ違和感があるだろう。それに普通ならお忘れになってしまうかもしれないが、こいつは魔王の事を魔王様とは呼ばない。『若頭』と言う。

「おい説明しろ、何がどうなっている?」

「それはあいつに説明させた方がいいだろうな」

「出て来いよ!」と周囲に、大きめに叫ぶ。魔王曰く未来を見ることができるらしいが、この誘いに乗ってきてくれるかどうかは半信半疑だったが、思いのほかあっさりと姿を現した。
 まるで、これも想定通りの、見た未来通りと言わんばかりに。

「いやはや、これほど一瞬でバレるとは思いませんでしたよ。魔王様が見込んだだけはありますねぇ」

 魔王軍四天王が一人。
 純白の魔法使い、ミクルは不敵に笑って見せた。
 
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