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<第五.五章:生きて下山せよ>
魔王の剣を預かりし者
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二人分の足音が響く、いや微かに隣からもう一組の足音も聞こえていた。二人も頑張っていると思うと、俺もやる気が湧くというものだ。いや、モモは飽くまでも自分の使命のために俺達を誘導しているだけであって、決して真に俺達の仲間でもなければ友達でもない。
ん? いや、これも違う。確かに魔物ではあるけれど、魔物だったとしても、人間でなかろうとも、人種は違えど、それだけで一線を引くのは間違っているんじゃないだろうか? 殺されそうになったとか、そういう害を被ったわけでも。
あ、被ってた。あいつが居なければ俺達はそもそもチョッタカ山で遭難することすらなかったのだから。うん、やっぱり敵だな。
そうこう考えを巡らせて走っていると、少し違和感があった。なんだろう、この感じ。火山エリアに足を踏み入れた時に若干似ている。この空気感が変わった感じ。
その時、サナが走りながら、その足を遅らせて苦しそうに言った。
「ゆう、勇者待って」
「おう、どうした?」
俺も足を遅らせてペースをサナに合わせた。だがそれでも目線がサナに合うことはなかった。サナが更に足を遅らせた。
いや、遅らせたのでもなく、止まった。それどころか膝をつき、その場に伏した。
「おいサナ! しっかりしろ!」
あまり声を上げると、多分いるかもしれない奥のデビルベアに気づかれるのでボリュームを抑えてしゃがんだ。サナは胸に手を当てて苦しそうにしている。
「この先、ヤバイ、魔王と同じような魔力が……」
「魔王と、同じ!?」
魔法使いであるサナは、魔法に関する感度が人一倍鋭い。そのため俺が気づけなかった魔力を感知しすぎて倒れてしまったのだろう。
あのいけ好かない魔王の物真似野郎が、俺達をこのチョッタカ山に飛ばした癖にこの場に足を踏み入れるとは思えない、距離的に無理だ。それに先代魔王は、先代の勇者によって打倒されたと聞いている。だから考えうる可能性は、一つしかない。
この先に、魔王が落としたと言われる剣がある。
「サナ、大手柄だ。後は俺に任せろ。先に分岐点に戻っているんだ。俺は絶対に死なないからさ」
「ごめんね、頼んだ」
サナが苦しそうにしつつもトボトボ引き返したのを見送って、再び前を向く。魔王の剣、絶対モノにして見せる!
意気込みで体を奮い立たせて、サナに合わせる必要がなくなったペースを全快にして走る。走って走ってドンドンと前へ。すると。
急に足が重くなった!
「く、何だよこれ!」
足が重くなったと、思わされた。決して足が重くなったのではない、この高濃度の魔力に足がすくんでしまったのだ。それだけではない、空気もさっきと違って変な匂いがした。それに心なしか、空気も熱くなってきているように思われる。ピッカラ薬によって体温を上昇させているので、体感程の気温ではないのだろうが。それでも、人間の五感にまで影響を及ぼす魔力の根源がこの先にあることを、明瞭に物語っていた。
「進むぞ、絶対に俺はデビルベアを倒し、皆で帰るんだ」
仲間という、勇者としての役割ではない。
一緒に旅をした、大切な友として、命を預かりたいのだ。
その気持ちだけで、まるで水中で歩いているような抵抗に抗って歩んでいると、明かりが見えた。ほのかな明かり。それはボウっと橙色に周囲を照らし、どす黒い魔力とは裏腹に温かな雰囲気を感じさせる。
俺は目を凝らし、その先を、見た。
じゅ~~~。
じゅう~~~。
「はふはふ! ほふほふ!」
見た。
俺は、こたつの上に魔王の剣を鉄板として、デスカルゴを焼く、一人の女を見た。
* * *
「あり? 勇者?」
女は俺に気づくと、口の中で咀嚼していた熱々のデスカルゴを「うわっちちち!」とこぼした。汚い。ぼっさぼさな長い黒髪もさることながら、暖かそうな上着(確かどこかの国では半纏というんだったか?)もツギハギでどことなく貧乏くささがあった。女は外れかけた眼鏡をかけ直し、俺を見直す。
「何でここに? ……ってあぁ、そういや飛ばされたんだっけ?」
あっけらかんとする、雪山ではおおよそ見られない情景を目の当たりにして毒気が抜かれていたが、しかし、少し喉に突っかかる物を感じた。しかしそれよりも色々と疑問が溢れていた。
「ええと、貴女はどなたですか?」
一応年上年下等しく、初対面の女性には敬意を表しておく。女は首を傾げた。
「私? あれ、メアリーちゃんから聞いてない? まぁ彼女自分本位なところあるからなぁ、でもいい出会いもあったことだし、それもまた次なるトレンドになることだろう。うんうん。んで、私だったかな? 本当に分からない?」
メアリーの事もどうやら知っているようで、いやこの世界で彼女を知らない方が少数派か。トッププリーストッカーにして勇者パーティーの神官。俺達も画面の向こう側も等しく癒す。しかしそんなメアリーを「彼女」と呼称し、あまつさえ結構知ったような口をしたことが気になった。知り合いの探りを入れているようで気分は良くはないが、それでも聞かずにはいられなかった。
「えっと、はい、分からないです、メアリーの親戚か何かですか?」
「んー、まぁお姉さんと言うには特に接点はないんだけどね、彼女の礎を作ってやった身としては、身内ではなく恩人でありたいところかな。恩着せがましいかな? あはは」
と、答えずにはぐらかして笑う女。だがちゃんと答えてくれるようで、おほんと咳払いした。そして自身たっぷりに自己を紹介する。まるで己に後ろ暗いことが何もないと言わんばかりに。
「私はミナ。プリーストックの産みの親だよ」
ん? いや、これも違う。確かに魔物ではあるけれど、魔物だったとしても、人間でなかろうとも、人種は違えど、それだけで一線を引くのは間違っているんじゃないだろうか? 殺されそうになったとか、そういう害を被ったわけでも。
あ、被ってた。あいつが居なければ俺達はそもそもチョッタカ山で遭難することすらなかったのだから。うん、やっぱり敵だな。
そうこう考えを巡らせて走っていると、少し違和感があった。なんだろう、この感じ。火山エリアに足を踏み入れた時に若干似ている。この空気感が変わった感じ。
その時、サナが走りながら、その足を遅らせて苦しそうに言った。
「ゆう、勇者待って」
「おう、どうした?」
俺も足を遅らせてペースをサナに合わせた。だがそれでも目線がサナに合うことはなかった。サナが更に足を遅らせた。
いや、遅らせたのでもなく、止まった。それどころか膝をつき、その場に伏した。
「おいサナ! しっかりしろ!」
あまり声を上げると、多分いるかもしれない奥のデビルベアに気づかれるのでボリュームを抑えてしゃがんだ。サナは胸に手を当てて苦しそうにしている。
「この先、ヤバイ、魔王と同じような魔力が……」
「魔王と、同じ!?」
魔法使いであるサナは、魔法に関する感度が人一倍鋭い。そのため俺が気づけなかった魔力を感知しすぎて倒れてしまったのだろう。
あのいけ好かない魔王の物真似野郎が、俺達をこのチョッタカ山に飛ばした癖にこの場に足を踏み入れるとは思えない、距離的に無理だ。それに先代魔王は、先代の勇者によって打倒されたと聞いている。だから考えうる可能性は、一つしかない。
この先に、魔王が落としたと言われる剣がある。
「サナ、大手柄だ。後は俺に任せろ。先に分岐点に戻っているんだ。俺は絶対に死なないからさ」
「ごめんね、頼んだ」
サナが苦しそうにしつつもトボトボ引き返したのを見送って、再び前を向く。魔王の剣、絶対モノにして見せる!
意気込みで体を奮い立たせて、サナに合わせる必要がなくなったペースを全快にして走る。走って走ってドンドンと前へ。すると。
急に足が重くなった!
「く、何だよこれ!」
足が重くなったと、思わされた。決して足が重くなったのではない、この高濃度の魔力に足がすくんでしまったのだ。それだけではない、空気もさっきと違って変な匂いがした。それに心なしか、空気も熱くなってきているように思われる。ピッカラ薬によって体温を上昇させているので、体感程の気温ではないのだろうが。それでも、人間の五感にまで影響を及ぼす魔力の根源がこの先にあることを、明瞭に物語っていた。
「進むぞ、絶対に俺はデビルベアを倒し、皆で帰るんだ」
仲間という、勇者としての役割ではない。
一緒に旅をした、大切な友として、命を預かりたいのだ。
その気持ちだけで、まるで水中で歩いているような抵抗に抗って歩んでいると、明かりが見えた。ほのかな明かり。それはボウっと橙色に周囲を照らし、どす黒い魔力とは裏腹に温かな雰囲気を感じさせる。
俺は目を凝らし、その先を、見た。
じゅ~~~。
じゅう~~~。
「はふはふ! ほふほふ!」
見た。
俺は、こたつの上に魔王の剣を鉄板として、デスカルゴを焼く、一人の女を見た。
* * *
「あり? 勇者?」
女は俺に気づくと、口の中で咀嚼していた熱々のデスカルゴを「うわっちちち!」とこぼした。汚い。ぼっさぼさな長い黒髪もさることながら、暖かそうな上着(確かどこかの国では半纏というんだったか?)もツギハギでどことなく貧乏くささがあった。女は外れかけた眼鏡をかけ直し、俺を見直す。
「何でここに? ……ってあぁ、そういや飛ばされたんだっけ?」
あっけらかんとする、雪山ではおおよそ見られない情景を目の当たりにして毒気が抜かれていたが、しかし、少し喉に突っかかる物を感じた。しかしそれよりも色々と疑問が溢れていた。
「ええと、貴女はどなたですか?」
一応年上年下等しく、初対面の女性には敬意を表しておく。女は首を傾げた。
「私? あれ、メアリーちゃんから聞いてない? まぁ彼女自分本位なところあるからなぁ、でもいい出会いもあったことだし、それもまた次なるトレンドになることだろう。うんうん。んで、私だったかな? 本当に分からない?」
メアリーの事もどうやら知っているようで、いやこの世界で彼女を知らない方が少数派か。トッププリーストッカーにして勇者パーティーの神官。俺達も画面の向こう側も等しく癒す。しかしそんなメアリーを「彼女」と呼称し、あまつさえ結構知ったような口をしたことが気になった。知り合いの探りを入れているようで気分は良くはないが、それでも聞かずにはいられなかった。
「えっと、はい、分からないです、メアリーの親戚か何かですか?」
「んー、まぁお姉さんと言うには特に接点はないんだけどね、彼女の礎を作ってやった身としては、身内ではなく恩人でありたいところかな。恩着せがましいかな? あはは」
と、答えずにはぐらかして笑う女。だがちゃんと答えてくれるようで、おほんと咳払いした。そして自身たっぷりに自己を紹介する。まるで己に後ろ暗いことが何もないと言わんばかりに。
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