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<五章:信じよ>

逃飛行

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 高層ビル群よりもさらに高い位置で空中に立っている三人は、確かにビルを突き破る男を意図的に視認していた。

 一人は、眼鏡をかけた白い長髪の男。その肌も雪のように真っ白で、纏うローブというか、マントというか、それも白い。唯一持つ杖だけが黒かった。かつて魔王軍四天王として勤めていた男は、未来を見通すとも言われており、向かう攻撃全てを回避することができると言われている。

 名をミクルという。杖を持つ手とは逆の手で眼鏡をかけ直し、思わず笑みがこぼれる。

「ふふふ、だから言っただろう。カラオケボックスの有するビルの天井から出てくる確率が、52の仮説の中で一番高かったと! 分析通りさ、思い通りに事が進むというのはとてもいい。そうは思わないかね?」

 一人は、竜のような羽を背に生やした女。体こそ人間の女性のような骨格をしているが、手足は漆黒の鋭い竜の爪や鱗で覆われている。かつて魔王軍四天王として勤めていた女は人と竜との配合成功例で、人の知力と竜の強靭な力を併せ持つ。

 名をリュウコという。首元まで侵蝕された鱗はそれでも顔までには達しておらず、両手で後頭部を抑えて、その顔が柔和に綻ぶ。

「そりゃ52も仮説出せば一つや二つ当たるだろうね、分析分析って言うけど、確率なんてガチャみたいなもんだよ。高い確率当ててもつまらないじゃないか。私的には宇宙から降ってくる説を推してたんだけどねぇ」


「そして真ん中にいる黒いマントが、この前アブさんに泣きっ面に蜂とばかりにボコボコにした女、烏合の執行人か。お出迎えに三人もよこすとは、俺たちは相当歓迎されているらしいな」


 そういえばあの夜、俺の攻撃を避けた時もスーット飛んでいたことを思い出す。なら空に良ければいいのにと考えたりするが。空飛ぶの慣れてなかったり?
 脇に抱える魔王の解説を聞いたところで、どうすればいいかを考える。どうすればいいか?

「逃げるしかないだろうな、流石に状況的にも分が悪すぎる」

 魔王の言っていた一色の魔力も、常人の俺でさえも感じられるくらいになってきていた。ここいらが退き時だろう。
 しかしまず喫緊に解決すべき課題が1つあった。

「ちょっと高すぎるんですけど!? 飛びすぎじゃない!? こんなの死ぬって死んじゃうって! お嫁にいけないってば!」

 あ、楽屋裏のオフモードが解除された。流石に「大空から紐無しバンジーしてみた」という動画は上げていないらしい。まぁ女子のメイク動画中心だったしね。だとしても今暴れられると困る。魔王を掴む反対側の脇を強くした。

「暴れるなよな、まだ死んでないだろ?」

「これから死ぬみたいに言わないで! 怖いってば!」

 わなわなする反対の方を見て、魔王に「アイテムボックスからあれ出してくれ、飛べそうなやつ」と言った。何も考えずに力任せに跳んだわけではないのだ。俺が使うこの魔法の力について多少の理解が出来てきたので、それを利用するためのアイテムを、ありがたくアイテムボックスにため込んでおいたのである。それが今、この自由落下で地面に叩き落とされるかもしれないという窮地から脱させてくれる。

 魔王は俺のポケットにあるアイテムボックスを漁り、紙飛行機を取り出した。俺お手製の、はみ出しゼロの完全なる紙飛行機である。

「あれって……これか? こんなんで何をするというんじゃ?」

 両手が塞がっているので、その紙飛行機を口で咥える。魔王の疑問は行動で答え合わせするとしよう。


「ほほほんひふあ、はへをうへへおおほらをはははふふははほはふ(その本質は、風を受けて大空を羽ばたく翼となる)」


 特別武具スペシャライズウェポン

「ハングライダー!」

 小さな紙飛行機は大きな三角形の羽となり、人間が持つための棒をガシりと掴む。そしてそのまま上昇気流を羽で受けて緩やかに地面までの距離を縮めていく。

 多分俺のこの力。それに魔力とは、人のメンタリティの影響をかなり受けるらしい。こもった心が魔力に反映されて、様々な力となる。
 俺の場合、それは物質の本質を理解し、強化するというものだった。
 最初に骸骨が自分の骨を用いて作り出した剣。あれは構造こそただの骨だったが、俺がそれを「剣」であると理解することで、剣の本質である「モノを斬る」ことに特化した物質に変化させたのだ。それが「エクスカリバー」だった。

 それが意味することは、物質の構成要素は関係ないということだ。さっき口に加えていた紙飛行機が、年度だろうが蠟だろうがドロだろうが、風を受けて空を飛ぶ飛行機である思いを込めることができれば、それは俺の力によって、本当に風を受けて飛ぶことのできる翼となる。

 それが、特別武具スペシャライズウェポンの正体。魔力の特性。

「この棒に掴まれ!」

 作り出したハングライダーの持ち手に二人は手を伸ばし掴む。

「なんか怪盗ギットみたいじゃな!」

「何だその油ギッシュな泥棒は。……まぁそれくらいの元気があればまだいいか。このまま逃げるぞ」

 捕まらせて、そして中心のビルとは逆の方向に舵を切る。ビル街で助かった、ビル風を受けてスムーズに逃げられそうだ。

 が。魔王の声が、遠くなる。

「ちょ、何すん――」

「え、おい!」

 魔王の足を掴む、メアリーと共に、地面へと。
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