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<四章:人間の国を調査せよ>

烏合の執行人

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 まず、部屋が真っ暗になる。停電かと思ったが、明らかに原因と思しき振動が家中を揺らし、本棚が倒れそうになる。それをなんとか押さえて「お前ら早く出ろ!」と指示した。どうやら本棚の下敷きになる人はいなくなったであろうところで、俺も続けて外に出る。

 暗くてよく見えない。ここは小高い丘なため、遠くのお祭りの提灯が僅かに光るのが見えた。そしてその光を遮る者が、二人。
 いや、たった今一人になった。ズシンという、重たいものが地面を鳴らす。若干目が慣れたところで、その倒れ伏す者を視認した。

「アブさん!」

 魔王が真っ先に側に歩く。うううう、という、ストローで残りのドリンクをすすったようなうめき声が聞こえた。

「……にげ、ろ」

 そう言うと、その巨体は暗い夜の中動かなくなった。風の音が目立つ。いや、音なら耳立つ。
 そして僅かに総毛立った。

「お前、誰だ?」

 暗闇に話しかける。何もない、だが光を遮る闇へ。
 その闇が音を発する。その声色は明るかった。

「私の名前なんてどうでもいいでしょ、私の力は皆の力。皆の意思は私の意思なのだから」

 皆。そのたった一言に線が繋がった思いだった。女は続ける。

「強いて言えば、烏合の執行人ってところかな。皆の意思を代理して私が動く、それだけだ。契約を破るようなセキュリティなんて信用に値しないからね。そういう違反は認めない」

 世界は、皆は認めない。
 当たり前のことを言っているような、これは社会の常識だと言っているような。こいつは心置きなくそう言うんだろう。世界の代弁者だから。

「そうかい!」

 見下ろしてくる闇に突っ込む。地面を踏み込んで、ワンステップで真っすぐに飛び出す。しかし衣擦れの音が右に動き、俺の体当たりをかわした。先ほどのアブさんとの対面で地面をほぐしてしまったせいか、踏み込みが若干弱かった。

「貴方早いね、流石だよ」

 右隣では、余裕綽々と楽しそうに笑う。女子の笑い声ならばコロコロと表現したいところだが、ゲラゲラという嘲笑のような表現が相応しいように思った。
 だが。
 俺は数多のスポーツを経験し、こうやって直角にかわされようとも切り返すことができる。地面を横に蹴った。この地面は凹んではいないので、しっかりと踏み込むことができる。

「待てよ」

 伸ばした右手は、声が聞こえる方向を狙い定めた。夜の目に慣れてきたのか、暗い肌色が闇の隙間から覗かれる。狙いはここだ。

「惜しいね」

 伸びる手が弾かれた。アブさんからの攻撃のダメージが蓄積されているのか、手が軽くはたきおとされる。このままスピードに乗っていけば地面にゴロゴロと転がってしまうだろう。
 なので転がった。
 正しくは、日本全国の中高生が習うであろう、前回り受け身の体勢に入った。伸ばした腕を地面に這わせ一回転。そのまま左手で地面を叩き、跳ね上がる!

「まだだ!」

 皆。烏合の執行人。こいつは逃してはいけない。自分からそう名乗ったのは自信があるからだ。安心感があるからだ。
 だから安心して、安らかに、弱ったアブさんをなぶり倒した。ボロボロで弱っていようとも、契約に反したセキュリティ会社なんて信用に値しないから、なら石を投げてもいいじゃないか、と。

「しつこいなぁ、もう仕事が済んだから私は帰るよ」

 呆れを混じらせて闇へと消えようとしているようだった。さながらワープのように。「じゃあな、次出会ったら殺し合いだ」とでも言わんばかりに。

 逃がすと思ったか。

 腕を曲げて、――――――――――――糸を引っ張る。オペで縫合するための糸を。

「はえ!?」

 間抜けな声がぽっと出る。ニヤッと思わず笑みがこぼれた。糸に繋がった奴を引っ張り近づける。漸く顔が見えた。

「ちょ、これ何!? なんか引っかかってる!? これから最後の敵としてちょっとだけ顔出ししただけなんだけど?」

「一本釣りだ。釣ったら活き締めしなくっちゃあなぁ!」

 魚を釣ると、肉体が暴れて疲労しないように、脳の部分にダメージを与えて即死させる必要があるという。さらに血を流させることで、鮮度を保たせるのだとか。美味しんぼで学んだ。
 だが悲しきかな、相手は一応人の形をしているらしい。なので首根っこを掴み。
 殴る。殴る。殴る。

「がは、」

 殴る。

「やめ、」

 殴ろうと拳を振りかざした時。か細く、枯れた喉で叫んだ。

「助けて……ミナ様……」

 そう言って意識が失われた。おっと、情報を聞き出そうとしたのに。起きるまで時間が経過してしまうじゃないか。だがそれは杞憂だった。首根っこ掴んでいたと思ったら、突如黒い煙に変わった。逃げられたか、いやこれができるならば最初からやっているだろうから、緊急の脱出魔法とかだろうか。

「ミナ様、ね」

 煙だった空を強く握りしめる。そんな俺を後ろから話しかけたのは、神官の女子だった。

「急に飛び出すからびっくりしたわよ、誰だったの?」

 誰だった、か。答えづらい質問を投げてくるものだ。しかし強いて答えなければいけないとするならば。

「有象無象だよ」

 寄り添い傷をなめ合い、弱った者に石を投げる。そんな奴。
 それが敵だ。倒すべき相手だ。
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