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<一章:勇者を撃退せよ>

追い詰められた魔王

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 真夜中の森で、四人は小さな足跡を追いかけていた。その体躯からは予想だにしない脚力は、しかし体力と共に、それでもだんだんと歩幅が狭まっていく。

 しばらく走ると、息も絶え絶えに四人はようやく足を止めた。そこは今まで真っ暗な森の中だったことが嘘のような、月明りに照らされる湖だった。そこで少女が疲れ果て、泉を囲う芝生に身体を預け力尽きようとしている。

 しかし相手が弱っていても、否、これ幸いと、四人はそれぞれ構えた。一人は鎧をカシャリと鳴らしながら大きな剣を、一人は清き白い斎服を揺らし厳かな聖杖を、一人は美しき漆黒のマントをはためかせ魔法の杖を。
 そして、一人は人類を代表する象徴たる、魔を切り裂く最強の剣を。

 一人の少女に向けて構えた。

 小刻みに体を震わせる幼女だったが、湖を見て、あることを思いつく。この湖は、幼女の先代たちの思いが込められていると言われており、その力を利用できないかと考えたのだ。それは閃きとは言えない苦肉の策。しかしせずとも彼らに滅ぼされるくらいならと、少女は体を縮こまらせて、力を振り絞った。
 魂を、振り絞った。自身の全てを絞り出し、この湖周辺に漂う空間の歪みをさらに歪める。その時空の歪みはさらに増し、湖の波紋がいびつな形を作り出す。

 それを見て嫌な予感をしたのか、先頭の男が駆けだした。聖なる剣を振りかざし、空間の歪みごと少女の首元目掛けて切っ先を下ろす。

 が、空間の歪みは時空の穴を生み出し、男はそこから放出されるエネルギーによって弾き飛ばされた。それを踏ん張りのある鎧の男が受け止める。

 時空の穴はエネルギーを放出したと思ったら、今度は湖の水を飲み込み、森の木々を揺らし、世界を捻じ曲げていく。その状況に、四人は動けなかった。何が起こるのか分からない。最後に死なばもろとも爆発をする気だろうか? いずれにしても、近づくことが憚られるほど、凄まじいエネルギーを放っていた。
 
 そんな疑心暗鬼を意に返さず、空間の詮を抜いたような現象は静かに終わる。そこには、搾りかすのようにやつれた、倒れ伏す一人の少女。

 しかし、四人とも油断はできなかった。むしろ先ほどよりも警戒態勢で臨む他なかった。

 例えその者が魔力を一切有していなかったとしても。
 例え一切の装備を身に着けず布を身にまとっているだけだったとしても。
 
 あの魔王が、自身の力を絞りつくして召喚した男を前に、誰が気を緩められようか。

 * * *

「あれ、うわ眩しっ!?」

 目を閉じているにも関わらず、月明りがギラっと眩しく輝いているのが感じられた。いや、眩しすぎる、こんなに眩しかったら睡眠できないじゃないか。寝る前の光は睡眠の質を著しく下げるということを知ってからというものの、いつも寝る1時間前に電気を消灯して暗い中筋トレをしていたというのに。運動後って眠たくなるので。

 目覚ましの光が誤作動でも起こしたのだろうか? とも考えたところで、手に何か乗っている感触に気が付いた。ダンベルにしてはふにゃっと柔らかく、弱々しく、今にも死んでしまいそうな感触。視線を落とすと、角の生えた少女が、息も絶え絶えで俺の手に抱かれていた。

「うおっ! なんだこれ!?」

 ギリギリで投げ飛ばすことを止めることに成功した。が、本当になんだこれは? 角? ハロウィーンか何かのイベント? 俺んちのお菓子たかりに来てたの? 微かに呼吸のリズムや心臓の鼓動が感じられるので死体ではないものの(そこまで再現できたならば、仮装したこの子を火葬しなければならなかったぜ)、それでもAEDを周囲に求めることに迷いはなかった。視線を上げて周囲を見る。

「――あの誰か! ……!?」

 しかし、周囲は木が生い茂り、背後には大きな湖があるばかりで、AEDどころか電波1つ届かないんじゃないかってくらいの自然の豊かさだった。いや、そもそも俺の踏みしめていた地面も芝生だったような。流石に床をドッグランにした覚えはない。
 明らかに、何かがおかしい。

 これじゃ助けなんて求められないぜ。とはならなかった。何故ならば、周囲には幸運にも人がいたからだ。しかも四人も。おいおい、三人寄るだけで文殊の知恵になる人の数が、俺を入れて五人だと? こんなのスーパーコンピューターとタメ張れるんじゃないの? そう安堵したのもつかの間。

「〇×◆▲!?」

 一人の、かっちょええ真剣を構えたリーダーっぽい人が、真剣なまなざしでこちらに叫んだ。え、何語? 後ろの三人もそれに続いて「▲◆!」「〇◎!」「×▽!」などと言っている。

 ふむ、何語なのか分からない。マジで。俺が何語なのか分からないということは、結構のっぴきならない状況であることは確からしい。しかし言語というのが存在するならばと、俺は小さな少女にできるだけ衝撃が加わらないように地面に置き(芝生で良かった)、体を大きく動かして声を張った。

「あのー! 俺の言葉わかりますかー!」

「……◎▽?」

 分からないらしい。なるほどね。そういうこと。いや薄々は気づいていたけれど。そして確かなことは、彼らは俺を敵と思っているらしいということだ。でないなら武器は構えるまい。ならこの状況かなりまずいように思われる。四人の武装集団に囲まれて、小さな女の子を抱えてこの場を逃げることはできるだろうか。いや絶対に無理。変態仮装行列でも無理。

 どうやってこの場を切り抜ければいいのかを考えていると、男2人の後ろ、いやリーダーの後ろに位置しているであろう白い神官のような恰好をした女子が、リーダーの右腕に上目遣いで抱きついた。

「◎♡、×▽」

 それに鼻を伸ばした顔をして「♡〇〇」と返すリーダー。それを見て黒いマントを着た、いかにもな魔法使い的な人が「××! ▽▽!」と叫んで神官ちゃんを引きはがした。ははーん、なるほど。そういう関係性で。

 そういう言語ね。

 しかし流石に取り入れた言葉が多少過ぎて専門用語とかは分からないけれど、ある程度の文法は分かった。文章というのは法則があり、それを伝える時には意思が宿る。多分さっきのはこんな感じだ。

「ねぇねぇ、これ終わったらデート行こうよぉ」
「え、えへへへ、良いど、ぐへへ」
「ばっか! い、今は戦闘中なんだから真面目にしなさい! たっくあんたもヘらへらして!」

 ってな感じ。つまりあいつらは三角関係にあるわけだ。男の翻訳が雑なのはご愛敬ということで。
 その様子を眺めていると、鎧の男が鎧をカシャカシャと鳴らしながらにらみ合う二人をなだめる。だが二人から睨まれてしょぼんとしていた。そしてリーダーから「◎◎」嘲笑するような顔で励まされていた。ふむ、こいつもなかなか。

 しかし彼らの敵意は変わらないようで、気を取り直したようにこちらに向き直ると再び武器を構えた。剣を構える男子二人は前衛で、女子二人は後衛って感じか。しかし、それでもさっきの険悪ムードはそのままなようで、どこかぎこちない雰囲気。

 よし、分かった。腹を決めよう。

「じっとしてろよ」

 手元の幼女にできるだけ優しく言って原っぱに置き、俺は四人に向き直った。
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