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四章 冒険者ギルドへの報告と王城への帰還

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「ただいま帰りましたよ!」
 冒険者ギルドに顔を出すなり、私は大声で言った。
「お早いお帰りですね。……って、その狼はなんですかっ!?」
 受付嬢のクリスさんが驚いた顔でそう言う。
「私の相棒のリルです! もふもふライフの第一歩を踏み出しました!!」
「わう!」
「えぇ……」
 彼女の顔が引きつった。
「も、もしかするとそれが依頼対象の狼型の魔物では……? 魔力反応も大きいですし……。Bランクといったところですか……」
 彼女が魔力を計測する魔道具を持ってそう言う。
「そういえば、そんな依頼もあったね。確か、討伐か調査だったっけ?」
「は、はい。しかし、まさか連れてくるとは……。というか、なぜ門番に止められていないのですかっ!?」
「うーん。何か言っていたような気もするけど、よく覚えていないなあ……」
 リルの移動を止められるような人たちじゃなかったし。
 素通りしたようなものだ。
「ま、いいじゃない。討伐か調査だけど、連れて帰ってきても依頼達成でいいでしょ?」
「は、はい。それは問題ありませんが……。くれぐれも、街の中で騒ぎを起こしたりしないでくださいね……」
「わかってるってばー」
 私は適当に返事をする。
 こうして、冒険者としての私の初任務は成功で終わったのだった。
「あ、そういえば……」
「まだ何か?」
「森の中でゴブリンキングを見かけたよ」
「……は?」
 クリスさんは固まった。
 そして、しばらくした後、再起動して叫んだ。
「ゴブリンキングですって!? それはマズイですよ……。一刻も早く討伐隊を編成しませんと……」
「あ、それなら大丈夫だよ」
 私はリルの頭を撫でながら言う。
「……え?」
「私が倒したから」
「…………はああぁーーーーーー!!?」
 彼女が絶叫した。
「な、何を言っているんですかあなたはっ!! Bランクのゴブリンキングを一人で倒すなんて不可能でしょう!?」
「本当だってば。ねぇ、リル?」
「わうっ!」
 私の言葉を聞いて、リルが鳴く。
「ほらね」
「ほらねって、そんな馬鹿な……」
 クリスさんが絶句する。
「本当に……倒したのですか?」
「うん。これが証拠」
 私はアイテムボックスからゴブリンキングの魔石を取り出して、カウンターの上に置いた。
「今のは希少な空間魔法!? それにこの魔石はっ!? た、確かに本物みたいです……!」
 彼女が混乱気味にそう言う。
「一体どうやって?」
「えっと、剣でこうスパパッと。リルも手伝ってくれたしね」
 私はゴブリンキングを倒した時のことを思い出しながら、説明した。
「そんなことが可能なのですか……? いえ、実際に魔石を提出されてしまった以上信じるしかないのですが……」
 クリスさんはまだ信じられない様子だ。
「それで、どうなるの? もしかして、ランクアップとかある?」
「ありますとも! EランクからDランク……いえ、Cランクまで上げておきましょう!」
「やったー!!」
 Cランクになれば一人前の冒険者と言ってもいいだろう。
 モフモフに関する情報も多く集まってくるはず。
 私のもふもふライフは、ようやくスタートラインに立ったのだ。
「でも、そんなにいきなり上げてもいいの?」
「Dランクまでは受付嬢の判断に一任されておりますので、まったく問題ありません。Cランクへの昇格も、やや例外的ですが権限逸脱というほどのものでもありません。有望な新人が現れて早急なランクアップが必要と判断した場合などに対して、柔軟に対応する権限がありますので」
「なるほど~」
 冒険者ギルドというのは、私が思っていた以上に柔軟な組織らしい。
「それに、今朝彼らを一蹴したときからノアさんの強さは認めていました」
 受付嬢がそう言って、横に視線を向ける。
「彼ら?」
 私もつられてそちらを見た。
「……何やってんの?」
 そこにはまだ氷漬け状態の冒険者がいた。
 今朝私に絡んできた奴らのリーダー格だ。
 確か、名前はダストンだったかな?
 周りには、彼の仲間もいる。
 こちらは氷漬け状態から解放されている。
「あ、兄貴ぃ! あと少しで完全に溶けやすぜ!」
「は、早くしろ……! もう限界だ……!!」
 彼の仲間たちが火魔法を発動したり、氷をこすったりしている。
 ダストンの氷を少しでも早く溶かそうとしているようだ。
「限界って? 私の氷結牢獄は、体に害はないはずだけど……」
 私はそう話しかける。
 そういうコンセプトで創った魔法だ。
 体が凍傷になったりはしない。
「ひっ! で、出たあ!!」
 彼らが悲鳴を上げる。
 まるでバケモノを見るような目つきでこちらを見ている。
 失礼な連中だ。
「ダストンさんの氷だけ、溶けるのが遅いみたいで……」
 クリスさんがそう言う。
「へぇー」
 私は興味深げにその様子を見つめる。
 適切に魔法の出力を調整したはずだけど、一人だけ溶けるのが遅いなんて。
「もしかしたら、直前に肉体へダメージを負わせていた影響かなあ」
 ダストンにだけは、私のパンチを食らわせた後で魔法を放った。
 それ以外の者へは、初手がこの氷結牢獄だ。
 ダストンの魔法抵抗力は、一時的に減衰していた可能性がある。
「私の魔法制御もまだまだ甘いなあ……」
 もふもふライフのためにも、もっと上を目指さないと。
「そ、そんなことはいい! 早く解除してくれえぇ!」
 リーダー格がそう叫ぶ。
「ええー。放っておいてもそのうち溶けると思うけど……。人体に害はないでしょ?」
「…………なんだ」
「え?」
「漏れそうなんだよおおぉっ!!!」
 ダストンが絶叫した。
「ああ、そっか」
 凍傷は防いでも、尿意までは抑えられない。
 そこへの配慮もまだまだだね。
 仕方ない。
「氷結牢獄解除」
 私は彼にかけていた魔法を解除した。
「はあっ……! た、助かった……! 急いでトイレに……っ!?」
 彼は水から上がった人のように息を吐き、そして、そのまま漏らした。
 安堵のあまり油断してしまったのだろう。
「ぎゃああぁっ!! 見るなあっ! 見ないでくれえぇっ!!!」
 彼の絶叫が冒険者ギルド内に響いた。
 オッサンのお漏らしシーンなんて、誰得だよ……。

******

「知ーらないっと」
 私はこっそりと冒険者ギルドから脱出し、王城へと向かう。
 クリスさんが何か言っていたが気にしない。
 こういう後始末の彼女の仕事だろう。
 たぶん。
 それに、これから私は忙しくなるのだ。
 リルに乗って、風のような速さで駆ける。
 すぐに王城に着いた。
「これはこれは。お帰りなさいませ。ノア様」
 門番の騎士が敬礼する。
「ただいま。父上はどこに?」
「執務室においでです」
「ありがとう!」
 私は騎士に挨拶して、城内へと入る。
 成人して初日の成果を、しっかりと父上にも報告しておかないとね。
「父上、戻りました。入ります」
「うむ」
 私は父上の返事を確認してから、扉を開ける。
 部屋の中に入ると、机に山積みになった書類を前に、父上がペンを走らせていた。
 傍らには母上もいる。
 仕事を手伝っているようだ。
「どうだった?」
 父上が顔を上げずに聞いてくる。
「はい! さっそく森でモフモフの子と仲良くなりました!」
「わふっ!」
 私の声に、リルが被せる。
「モフモフ? 相変わらず何をわけの分からないことを……。って、なんだそれはあああぁっ!?」
 ようやく視線を上げた父は、私の後ろにいたものを見て驚愕の表情を浮かべる。
「狼です」
「見れば分かる! 大きすぎるだろ! 魔力の反応も大きい! なぜそんなものを連れてきたんだっ!?」
「森の中で一匹でいたところを保護しました。迷い狼かもしれません」
「迷い狼なわけあるか! 魔物だろそれ! 危険だ!」
「いえ、ちゃんと意思疎通はできます。ほら、リル。『わん』って言ってみて?」
「わんっ!」
 リルは私の指示通り、元気よく吠えた。
「お、おお……! ま、まさか本当に言葉を理解しているのか?」
「はい。私とリルの絆は強いのです」
「……。そ、そうか。わかった。それが今日の成果か」
「そうですね。あと、ゴブリンキングを見かけたので倒しておきました。もちろん一人でです。あ、いや。リルと二人でですね」
「…………」
 私がそう言うと、父は再び沈黙した。
「ノアよ。お前が優秀であることはよく知っている。だが、もう少し常識というものを覚えてくれ……」
「え? でも、普通のことですよね? ゴブリンキングを倒すくらい」
「普通じゃない。ゴブリンキングといえば、国軍の小隊あるいは中隊で対処にあたるような魔物だぞ」
「そうなんですね」
「そうなんですね、ではない。はあ……。まあいい。害のある魔物を討伐できたのは、民のためにもなる。これ以上の小言はやめておこう」
 そう言いながら、父はため息をつく。
「ところで、兄や姉には会っていないのか?」
「ええっと……。今日は顔を見ていませんね」
 同じ城に住んでいるので、普段なら顔を合わせる機会はいくらでもある。
 しかし王族として多忙な日々を送っている兄や姉は、タイミング次第では数日間顔を見ないこともある。
「奴らはノアが成人する日を待っておったぞ。明日以降でいいから、一度顔を見せてやれ」
「はいっ! 分かりました!」
 モフモフに繋がる情報を持っているかもしれない。
 期待したいな~。
「よおしっ! 明日に備えて休みますね! ではっ!」
 私は父上に一礼して部屋を出た。
「こらっ! 話はまだ……」
「うふふ。いいじゃないですか。ノアが楽しそうで何よりです」
 閉まる扉の向こうから、父上と母上のそんな声が聞こえた。
 私はウキウキしながら、王城の廊下をスキップで駆けていく。
 私のもふもふライフは、ついに始まったのだ。
 胸の高鳴りを抑えきれない。
「待っててね。まだ見ぬモフモフちゃんたち!」
「わふっ!」
 私はリルと共に、さらなるモフモフを求めて突き進んでいくことになる。
 私の戦いはまだまだ始まったばかりだ!!!
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