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34話 レオナードの危機

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「そーれっ! そーれっ!」

「やったナ! お返しダっ!」

 シンヤとミレアは水を掛け合う。
 そのたびにミレアの胸が揺れる。

「くぅ~、楽しいナ」

「だな。こういう遊びも悪くない」

 二人は無邪気に遊んでいた。
 全裸のままで。

「……ったく。なんなんだよあの二人は」

 レオナードは二人を遠目に見てため息をつく。
 彼は一人、湖畔に立っていた。
 シンヤとミレアは見ての通り二人で水遊びをしているし、彼の本来のパーティメンバー達は少しでも働くために周囲の警戒をしている。

「オレだけ暇じゃねぇかよぉ……」

 そんなことをぼやきながら、レオナードは周囲に目を向ける。

「……はあ。オレも水浴びをしておくか。レッドボアとの戦いで、服が汚れちまったからな」

 レオナードは服を脱ぎ始める。
 引き締まった上半身があらわになる。
 シンヤからも一定の評価を得られた、なかなかの体だ。
 だが、彼が脱ぎ始めている間に、シンヤとミレアの姿は見えなくなっていた。

「……あれ? もっと奥に行ったのか? ……まあいい。好都合だ」

 レオナードは下半身の服も脱ぐ。
 こちらはシンヤにも見せていない、大切な体だ。
 彼は服を丁寧に畳み、湖へと入って行く。

「……冷たくて気持ち良いぜ」

 彼はしばらく湖の中に静かに浸かっていたが、そのうち飽きてきたのだろう。
 ゆっくりと泳ぎ始めた。

「……」

 レオナードの目が泳ぐ魚達を追う。
 透明な湖を自由に泳ぐ姿は、彼には眩しく思えた。
 夢中になって魚を追いかけていたレオナードだったが、急に動きを止める。

「おっと。ここが端っこだったのか。これ以上は泳げねぇな……」

 残念そうな顔をしたレオナード。

「お前たちも、オレと同じなのかもしれねえな。自由に見えても、どこかで誰かに制限されて……。でも、それでも、この世界では生きていかなくちゃいけないんだろうな……」

 彼はそう呟いて、浅瀬に上がる。
 そして、ボーッと水面を眺めた。
 彼はしばらくの間、そうしていた。
 不意に、その水面に影が映った。

「……ッ!?」

 レオナードは慌てて視線を上げる。
 そこには、赤いイノシシが佇んでいた。

「レッドボアだとっ!? こんな時にっ!」

 レオナードは急いで戦闘態勢を整える。
 今の彼は全裸だ。
 万全の状態でレッドボアを何とか倒した彼にとって、この状況はかなり厳しいものである。
 とはいえ、魔力を使えば多少は戦えるし、異変に気づいたシンヤやミレア達が駆けつけてくるはずだ。

 そう考えて、レオナードは落ち着いて魔物と対峙する。
 だが、レオナードはすぐに思い知ることになる。
 こいつの強さがどれほどのものかを……。

「ブモオオオォォ!!」

 レッドボアが雄叫びを上げた。
 そして、レオナードに向けて突進してくる。

「なにっ!?」

 速い!
 そう思った時には、すでにレオナードは空高く弾き飛ばされていた。
 レッドボアの突き上げをモロに受けてしまったのだ。

「うわぁぁぁ!」

 悲鳴を上げながら、必死に手を伸ばす。
 掴むものなど何もない。
 ただ、空を掴むだけだ。
 そのまま、彼は頭から水面に落下する。

「ガハッ!」

 衝撃がレオナードを襲う。
 全身を強く打ち付けてしまい、意識が飛びそうになるほどの痛みを感じる。
 しかし、気絶している場合ではない。
 レオナードの目の前には、巨大な牙が迫ってきていたのだから。

「う、動けぇ!」

 レオナードは無理やり体を動かし、横に飛ぶ。
 ギリギリのところで回避に成功したものの、彼の体はもう限界を迎えようとしていた。

「くそぉ……。もう体が動かねぇ……」

 全身を強打してしまったのだ。
 立ち上がるどころか、指一本動かすことさえ難しい状況である。

「……オレの人生って、ここで終わりなのかよ。せっかくシンヤ兄貴と出会って強くなったっていうのに。こんなのあんまりじゃねえか」

 そうして、レオナードは目を瞑った。
 死を受け入れるかのように。

 その時であった。
 バシャァン!!
 大きな水飛沫が上がった。

「大丈夫かっ! レオナード!」

「シンヤ兄貴……」

 レオナードを助けたのは、シンヤだった。
 彼は異変に気づき、魔力で身体能力を強化して急行してきたのである。

「レオナード、立てるか?」

「無理だ……」

「分かった。俺が背負っていく。しっかり捕まっていろ」

 シンヤはレオナードを背負って動き出す。

「すまない……。こんなオレのために……。オレは駄目な人間だ……。一度倒したはずのレッドボアに圧倒されて……」

「それは違うさ」

「え……?」

「よく見てみろ。こいつはレッドボアなんかじゃない」

「何だって……? ……こ、こいつは……」

 レオナードは改めて魔物を見る。
 その魔物は、確かにレッドボアではなかった。
 なぜなら、その魔物はより禍々しい魔力を放っていたからだ。

「どうやら、レッドボアの上位種みたいだな。確か、クリムゾンボアとか言ったか」

 シンヤがこの世界に転移してきた日に戦った魔物である。

「上位種……クリムゾンボアだと? そんなバカなことがあってたまるか!」

「いや、これは事実だ。なあ? ミレア」

「そうだネ。あたしもこいつには見覚えがあるヨ」

 いつの間にか駆けつけてきていたミレアがそう答える。

「俺はレオナードを背負っている。ミレア、時間を稼げるか?」

「時間を稼ぐ? それは無理ダ」

「そうか……」

 かつてのミレアは、クリムゾンボアに手も足も出ずに蹂躙された。
 その時の恐怖感が残っているのかもしれない。
 シンヤの見立てでは、今のミレアならば問題なく勝てる相手だと思う。
 だが、彼女にとってトラウマになっているのなら、仕方がないとも思う。

「なぜなら、あたしが倒してしまうからダ。シンヤは安心してレオナードを守ればいいサ」

 そう言うと、ミレアは大きく息を吸い込む。
 そして、大声で叫んだ。

「グルオオオォォ!!」

 ビリビリとした空気が肌を刺激する。
 獣人特有の技、【ハウリング】だ。
 魔力を込めて大声を出すことにより、敵を威圧することができる。
 さしものクリムゾンボアも、若干の怯みを見せた。

「行くゾ!」

 ミレアは走り出した。
 彼女とクリムゾンボアの戦いが始まろうとしていた。
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